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エルドラド

 気がつくと、俺は濡れたアスファルトの上に倒れていた。


 ……頭が重い。ゆっくりと起き上がると、強い風が俺の顔を撫でた。ここはどこだ? ゆっくりと周囲を見回す。


 ここは、鳥小屋団地の入り口の路上か。昨夜、魚人どもに襲われた辺りだ。周囲はまだ暗いが、それでも建物や自分の姿を確認出来る程度には薄明かるくなっている。夜明け前ってところか。


 もう一度強い風が吹き付けた。雨はもう降っていない。どうやら、台風は無事に通過してくれた様だ。


 俺は、助かったのか? それとも、ここも仮想空間の中か?


「ステータス・オープン」


 声に出して呟いたが、目の前にはウィンドウも何も現れなかった。近くのカーブミラーに自分の姿を写すと、VR空間でのアバター姿ではなく、リアルの俺自身の冴えない姿が写っている。どうやら、ここは現実世界らしい。俺はどうにか逃げ切れた様だ。


「よう、探したぜガリンペイロ。一体今まで何処にいたんだ?」


 不意に誰も居なかったハズの背後から声が聞こえた。驚いて振り返ると、そこにはサキトが立っていた。VR空間と同じアバター姿のままで。いや、よく見てみると、まるでホログラム映像の様に向こう側が透けて見える。


「なんだ……どうなんてんだ?」


「そりゃ、こっちのセリフだぜ。まさかあの状況から強制ログアウト出来るなんてな。やっぱりお前ってスゴかったんだな。お陰でまた捕まえるのに骨が折れたぜ」


「捕まえる……じゃあ、あのログアウトしてからの迷宮はお前らが」


「左様。これこそが、当社独自の脳力開発メソッドによる成果だよ。もはや、君の脳はある種の電波や情報を受信するのにヘッドセットやパーソフォンと言ったデバイスを必要とはしない。ここまで五感に影響する程の疑似体感情報を受信してくれるとは。いやはや、全く予想以上の完成度だ」


 また背後から聞こえた声に再び振り返ると、今度はセバスチャンが立っていた。ただし、顔だけはバトラーのままだ。その姿はやはり向こう側が透けて見える。


「実際には、君がコズミック・ラビリンスのエンドマークを見て、サキト君が接触した辺りから、君は正常のVRデータでは無く、我々がボストンから飛ばしていたリアルタイム情報を受信していたんだ」


 なら、こいつらの姿は俺が脳で受信してる幻覚みたいなモノか? しかし、どうしたらそんな事が出来るんだ? 戸惑う俺の反応を見て、サキトが笑いながら俺の疑問に答えてくれた。


「理屈としてはテレパシーに近いかな? こいつに慣れて来れば、情報どころか生物の精神体そのものを電波に乗せて、時空を越えて送受信出来るんだ。“偉大なる種族”の技術を、可能な限り盗んで再現してみた装置なんだが、今んとこ俺達の技術じゃ、空間を越えて情報を直接脳に送るだけで精一杯だ。それも、受信する側の脳が未熟だとまったく繋がらないと来た」


 なんとなく話が見えて来たぞ。俺はサキトの説明を遮る形で答えを口にした。


「それで、脳力開発か」


「察しが良くて助かるぜ。あのゲームには確かにVR世界に順応出来る為の、脳の特定の部位をトレーニングするメソッドを含んでる。そこを鍛えると、同時に精神が現実と非現実の間を、シームレスに知覚出来るようになるんだ」


 サキトの話をバトラーが引き継ぐ。


「他にも、ゲームの背景や環境音には、暗示やオカルト的な手法によって、プレイヤーの精神を変容させる仕掛けが施してある。更に、サキト君オススメのロータスやサプリの複数に渡る服用によって、脳はより暗示による変容を受け入れて行く。そして、クトゥルフ神話的なホラー世界の恐怖を身を持って体験する事で、真実の世界への順応を促す……と言った次第だ。君の脳は、実に我々の理想的な状態に仕上がってくれたよ。後は、仕上げを残すのみだ」


 そういや、バトラーはゲームのグラフィックやサウンドにも一部関わってるんだっけか? このゲームさえクリアすれば助かると思い込んでて、実際には既に洗脳に掛けられていたってか。


 しかし、仕上げとは? 俺の疑問に構わず、今度はサキトが話している。


「なのに、いきなりお前がムリヤリ強制ログアウトするもんだから、迷宮のVRデータを飛ばして捕まえようとしたんだがな。いきなりお前の精神体の座標が掴めなくなってよ。つい今まで必死に探してたんだぜ。お前、どっか遠い異次元にでも飛んでたのか?」


 遠い異次元……俺は、猫に導かれて入った帳と柱時計の部屋を思い出したが口にしなかった。別に教えてやる必要もない。代わりに俺は別の問いで返してやる。一番答えを知りたい最後の質問だ。


「さあな。……で、そこまで手間隙かけて、俺の脳ミソをいじくって、こんな目にまで逢わせて、一体何が目的なんだ? 俺はまだ、そこを聞いてないぞ」


「それを最後に話す前にお前が先に逃げたんだから、しょうがないだろ」


 大袈裟に肩をすくめるサキトに変わって、バトラーが質問に答えた。


「早い話が、我々のやってることは“上層部”への貢献であり、ビジネスだよ。さっきも言ったが、新世紀はこれまでとは全く違った世界になって行くだろう。我々の上層部……もう、解りやすく上位種族と呼ぼうか。とにかく、彼等への貢献は、自分の属する陣営の勝利と繁栄の為に繋がる」


「それが俺の脳と何の関係が?」


「大いにあるんだ。君もラヴクラフトや多くの同士達の著作は多く読んで来ただろう。そこに出てくる登場人物は、地球上の様々な秘境を冒険してきた。無名都市、狂気山脈、クン・ヤン等々……だが、もっと困難な場所に至る為の手段……それを容易にするのが我々の目的だった。それが何処か判るかね?」


 もっと困難な場所と手段? また話が見えなくなって来た。答えが解らずに沈黙していると、バトラーは笑いながら答えを明かした。


精神世界(アストラル・プレーン)だよ。そして、そこへ向かう手段。アストラル・トラベル、アストラル投射、スピリット・ウォーキングに体外離脱……まあ、好きに呼べば良い。様は、人間の精神が肉体の枷を外れて、時空を越えた場所に飛んだり、上位の存在に接触したり……そんな小説に覚えがあるだろう?」


 時間からの影、眠りの壁の彼方、銀の鍵の門を越えて、ティンダロスの猟犬、……その他にもまだまだタイトルが浮かんでくる。幻夢境カダスを求めて等の“ドリームランド物”も此処に加えるべきだろうか?


「これからの戦争は、次第に時空を越えて拡大していく。だから人類は上位種族との連携や、その妨害が必要になってくる。だが、例えばユゴス達は距離と環境の問題から殆ど地球にはいられないし、偉大なる種族なら、時空の壁が問題で精神交換で僅かな数しか来られない。ユゴスの技術力は、例の金属筒で脳ミソを持ち運べはするが、数が限られるし、連中も俺達の送り迎えの為に一々飛んできちゃくれない。結局は我々の手でやるしかないのだ」


 バトラーの解説はまだ続いている。どうする? 逃げるか?


 奴等がここに実体化していないなら、余裕で逃げられるだろう。だが、逃げてもまた迷宮に閉じ込められるか、怪物を送られるのがオチだろうか? 俺の迷いを他所に、バトラーの話は続く。


「そして、現実とVR空間をこうして同時に知覚出来る君の脳と精神は、現実と非現実の境界を越えて、既にそうした異次元や上位存在との接触にも、適応できる位にほぐれているんだ。そしてある程度はクトゥルフ的な恐怖にも耐性が出来ている」


 いつのまにか、二人は俺の間近に近づいていた。


「例えば、“ティンダロスの猟犬”の“遼丹”みたいな薬物や、“彼方より”みたいな機械的な手段で、人間の精神をただ時空を越えて移動させたり、異次元の存在に接触するだけなら、簡単に出来るさ。だが、それが一々移動したり接触する度に、相手を見て発狂したり、猟犬に捕まったりする様なトロい奴に、大事な仕事は任せられないんだよ」


 バトラーの説明がようやく終わった。長い説明のお陰で、俺にも俺が何をさせられるのかが、やっと理解出来た。


「要するに……俺はお前らの使いっ走りをやらされるって訳か?」


 俺の出した答えにサキトが返した。


「バカお前、これは重要な仕事だぞ。誰にでも出来るこっちゃ無いんだ。今のお前は世界で唯一に近い、貴重な異次元とのコンタクティになったんだから、もっと自慢しても良いんだぜ」


「そんな事を聞かされて、俺が協力するとでも思ってんのか?」


「するとも。もうすぐ、君はこの世界の真実を見る。そうすれば我々に協力することが、どんなに素晴らしい行為であるかを文字通り(さと)る事になるだろう。前にも言っただろう? いずれ世界が変革する“しるし”が現れると。君は幸運にも、今から現れるその最初の徴を自分の眼で、そして脳で知覚する事が出来るのだ」


 答えたのはバトラーだった。彼の顔が仄かな金色の光に照らされて、すこしだけ明瞭に見えた。夜明けが来たらしい。話終えた彼は、無言で遠くを指差した。その先は、ビルの谷間の向こうに広がる空だった。ちょうど台風が完全に過ぎて、雲一つ無い空に金色の朝日が昇りはじめて……


 いや、違う。あの金色の光は、未だに空を覆い尽くしている黒い雲を突き抜けて差して来ている。それに、この光は東から差していない! 天頂から差しているのか!? あれは、あれは太陽なんかじゃない! なら……この金色の光は……雲の向こうにいるのは……太陽じゃ無いなら、一体なんなんだ!?


 たちまち光は空一面を覆い、次いで辺りの風景も金色に輝き始める。何が起こってるんだ?


「言っただろう? あとは仕上げだけだと。今回の徴は、旧支配者の目覚め(アセンション)と言える程の規模では無いが、君の最終的な進化を促すには充分だろう。さあ、顔を上げて空を見たまえ。そして、世界の真実の姿を知りたまえ!」


「いやだ! 見たくない! ……見たくない!」


「おいおい、今更何だよ。お前が散々見たがった黄金郷(エルドラド)だぜ? まあいいさ。眼を閉じてても同じこったろうからな」


 頭上のプレッシャーが耐えがたいほど強まる。眼を閉じていても、脳に直接黄金の光を感じる。限界だった。ついに俺は眼を開けて……空を見た。


 その瞬間、俺は再びコズミック・ラビリンスのラストシーンそのままの黄金の輝きに包まれた。フルートの音が祝福するかの様に、何処かから聞こえてくる。恍惚感に包まれた俺は、その輝きの中心部にいる者を、一瞬だけだが、確かに見た。


 俺の頭の中で、人類がこれまで虚構で塗り固めた仮想現実が粉々に吹き飛ぶのを感じ、虚構と現実が入れ替わり、そして一つに溶け合うのを感じた。


 真の世界が黄金の輝きと共に脳内に広がって行く。俺は……たどり着いたのだ。


 ……迷宮の最果て。


 …………ヴェールの向こう側。


 ………………真なる宇宙。


 ……………………新たな世界。


 …………………………エルドラド。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームだったら永続的に正気度ゼロになってキーパー管理キャラになっちゃうシーンだ…。(・・;
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