クリア特典
そこはまるで、洋館の応接室と言った感じの大きめの部屋だった。俺以外には誰も居ない。
状況が理解出来ずに思わず自分の手を見てみると、鉤爪では無く元の人間の手に戻っていた。慌ててステータス・ウィンドウで自分の姿を確かめてみたが、着衣もゲーム内の探検服じゃ無くて、Stormのラウンジで着ている黒いスーツ姿になっている。
……どうなってるんだ? 俺はあのゲームをクリアしたんだろ? そしたらあの声がして、俺はここにいて……そして、あの声は……聞き覚えのある、あの声は……
更に状況が解らなくなり、俺は改めて周囲を見回してみた。どこか不安を掻き立てる暗い緑色の壁紙。天井のシャンデリア型の電灯が、部屋中を照らし出している。その代わりに窓は無く、扉は一つだけ。
調度品や家具と言った物はほとんど無く、応接用のテーブルと一人掛けの革張りのソファが二つの殺風景な内装の中で唯一眼を引いたのは、やたらと細密に描かれてる、今にも飛び掛かってきそうなポーズを取った、喰屍鬼の大きな絵画が壁に飾られているのみだった。
それにしてもリアルに描かれている。まるで……
「生きてるみたいだろ? そいつは真作のピックマンを、筆遣いまで正確にスキャンした自慢のVRオブジェクトだぜ」
不意に背後からあの声がして驚いて振り向くと、閉め切られた扉の前に、いつの間にか一人の男……いや、見知った男が立っていた。
「おいおい。“次はお前かよ”みたいな顔すんなよ。もう少し驚いても良いんだぜ、ガリンペイロ」
そう言って、その男……サキトは皮肉気に笑って見せた。俺は精一杯の虚勢を張って言い返してやる。
「そりゃあな。ついさっきアルベルトの幽霊と一戦交えて来たばっかりだぜ。そこにお前が現れても二番煎じも良いところだ。俺に驚いて欲しけりゃ、もう少しサプライズが欲しい処だな」
サキトは動ずる事もなく、益々皮肉な表情になって言葉を返してきた。
「そりゃそうだ。じゃあ……こんなのはどうだ? “俺は幽霊なんかじゃ無い。お前と同じく、元気でピンピン生きている”ってのは?」
え?
サキトから帰ってきた文字通りのサプライズに、俺は思わず狼狽しながら聞き返した。
「ま、待て。お前、こないだラウンジで言ったよな? このゲームを序盤だけはプレイしたって。このゲームは少しでもプレイしたら呪いの効果でクリアしない限り……」
サキトが俺の言葉を遮って続ける。
「確かに死ぬんだけどな。……悪ぃ。実は俺、このゲームを全然プレイして無いんだわ」
「……え?」
「俺は、このゲームのシナリオ位は知る立場に居るからな。序盤だけプレイしてる様に、それっぽく話だけ合わせてたんだ。いわゆる“エアプ”ってヤツさ。……今までダマして悪かったな。まあ、ホラゲーが苦手だってのはマジなんだけどな」
そう言って笑うサキトに呆然としながら、どうにか俺は新たな疑問を口にした。
「エアプ? ……何でそんな事をする? いや、何でそんな事が出来るんだ?」
サキトは余裕な態度でソファの片方に腰掛け、俺に反対側のソファを勧めた。だが、俺は理解が追い付かずに立ち尽くすばかりだったので、奴は軽く笑って話を続けた。
「そりゃ、俺がSWE社側の人間だからさ。まあ、どっちかと言えばハケンみたいなモンだけどな。俺の仕事は、Stormラウンジでこのゲームに関心を持ち、なおかつ“見込み”の有りそうなヤツをゲームから逃がさずに、上手くここまで誘導する事に有ったんだ」
「な……」
絶句する俺を益々面白そうに眺めながら、サキトは話を続ける。
「案の定、お前が九玄太の亡霊にビビってゲームから離れようとしたんで、アルベルトが死んだのを期に、俺も連絡を断って死んだフリをした。ネットオンリーの付き合いで、死を演出するのは簡単さ。ただ、連絡を断てばいい。……そして、ここぞのタイミングで現実に“魔犬”をけしかける。言うのは簡単だが、結構手間が掛かってるんだぜ。まあ、その甲斐あって、お前は危機感を覚えてゲームに復帰して、ここまで来てくれたんだがな」
「じゃあ、俺のパーソフォンに入ってた“アルベルトは死んだ”ってメッセージは……」
「ああ、俺の捨て垢だ。何度も騙して悪かったが、さっきも言った様に、一度迷宮に足を踏み入れた探索者を逃がさずにゲームに集中させ、かつ適度な恐怖と緊張を与えるのが俺の仕事だからな」
俺の仕事? サキトは俺の表情から疑問を読み取ったのか、勝手に疑問に答えてくれた。
「そうさ。俺の担当はアルベルトとお前だったんだ。俺だけじゃ無い。お互いに接触は無いが、Stormの日本版ラウンジには、俺のお仲間が何人も居るんだ。ラウンジの常連連中や、あと九玄太の取り巻きの中にも一人か二人は居たハズだぜ。お前とアルベルトと九玄太。あのラウンジで見込みの有りそうなのは、この三人位だったが……俺の予想通り、ここまで勝ち残ったのはお前だったな。ガリンペイロ」
数年前、Stormに登録したばかりの俺に声を掛けてきたのは、最初からこれが狙いだったのか。不意に怒りが込み上げて来たが、まだ一番肝心な事を聞いてない。サキトに掴み掛かるのは、その後でも良い。俺は感情を抑えて質問した。
「何が目的なんだ?」
俺の感情を知ってか知らずか、サキトは余裕を崩さずに笑って答えた。
「おいおいおい。Stormのオートマトンを通じてSWE社に粉を掛けて来たり、アルベルトの攻略法にすがったりしてまで、このゲームの真相を知りたがったのは他でもないお前だろう? だから、このゲームを無事クリア出来た事を讃えて、こっちからお望み通りコンタクトしたんだろうが。まあこれは“クリア特典”のQ&Aコーナーだと思ってくれ」
そう言って、サキトは改めてソファを勧めた。ゲームは終わったらしいが、どの道ここも敵地には違いない。だが、一応俺の疑問には答えてくれるらしい。なら、ここは奴の誘いに乗ってみよう。他に選択肢も無さそうだしな。
奴の対面に座ると、すぐに発光エフェクトと共に紅茶を満たしたカップが二つ現れた。少しキツ目の香りが鼻腔をくすぐる。どちらもカップに手を着けずに、しばらく無言で対面してたが、最初に口火を切ったのはサキトだった。
「で、どうだった? このゲーム」
まずはアンケートか? 仕事熱心な事だ。まあ、ここは正直に答えてやるか。
「悪くは無かったが……少しアクションが多すぎじゃ無いか? クトゥルフ物なら、もう少しこう……こんなダークな感じの、館の探索みたいなのが良かったんじゃ無いのか?」
俺の答えに苦笑しながら、サキトは更に答えを返す。
「まあ、俺もそう思ったんだが、それじゃ昔あったアローン……何だっけ……とにかく、そのゲームの単なるVR版になってしまうし、肝心の脳力開発に必要なアクションシーンを無理なくシナリオに入れるには、遺跡探索モノの方が良いってウチのボスがな」
「ボス?……ベアード・バトラーの事か? それとも“セバスチャン教授”と読んだ方が良いか?」
俺の問いに、サキトは目を丸くして答えた。
「へえ、そこまで気づいてたんだ。お前って思ってたよりも凄いんだな」
ようやく、サキトに驚愕の表情をさせた事に軽い満足を覚えたが、それを表に出さずに俺は先の質問を再びサキトにぶつけた。
「で、何が目的なんだ? ゲームだけじゃ無くリアルでまで俺を追い込んで、ゲームの脱落者を亡霊に変えてまで、何がしたかったんだ?」
「まず、亡霊に関しては、あれは……まあ“副産物”みたいなモンだ。こっちで結構コントロール出来るんで、演出に使ってたんだ。九玄太がラウンジまで脱走したのは、全くのイレギュラーな事態だったがな。で、このゲームの目的については……これはボスから直接聞いた方が早いだろうな」
「奴もここに居るのか?」
「ああ。彼もお前と話したがってる。セバスチャンとバトラーが同一人物だって判ってんなら、もう彼に対する前説は不要だな。じゃ、今から案内しよう」
そう言ってサキトが立ち上がったので、慌てて俺もそれに倣った。それと同時に周囲の背景がまた変化した。
青白い照明に照らし出された、白一色の広い部屋だ。やはり窓は無く、出入り口は金属製のエアロック状の扉が一つだけ。床にはダマスク柄の絨毯が敷かれていて、木製の本棚やキャビネットや高価そうな大きな机がある一方で、壁際には大きなモニタや、用途の解らない機械がいくつも設置されている。まるで書斎と何かの研究室が融合したかの様な内装だ。
だが、一際目を引くのは部屋の中央……ちょうど俺の目の前に鎮座している、白い機械だった。それは壁際の機械群と、複数のケーブルやパイプで繋がっていた。外見はのっぺりとした直方体で、上部の一面が蓋状になっているらしく、まるで飾り気の無い棺か……
そこまで考えた時、不意に機械の蓋が軽い排気音を立てながらゆっくりと開き始め、蓋と本体の隙間から青い光と共に白い煙が勢いよく吹き出し、それは瞬く間に俺の足元を覆い尽くした。
「ボストンはSWE社のCEOルームから、生中継でお届けしています」
俺の背後で、サキトがおどけた口調で言った。




