コズミック・ラビリンス(Thank You for Playing!)
暗黒の深淵から飛来してきた怪物は、大きな羽ばたきと共に俺の前に舞い降りた。
その姿は何とも表現しがたいが、確かにカラスや土竜やハゲ鷹や蟻や腐乱死体等では無い。形すら定かでない有翼の異形の生物……コイツはまさに、真のビヤーキーだ。
襲ってこないかと、恐る恐る近づいてみたが、ビヤーキーは俺の前でうずくまったまま動かない。やはり、これは乗れと言っているのか? まあ、この状況では他には考えられないが、この怪物の背中に乗るのか……うーむ……
あの短編では、主人公がコイツに乗るのを躊躇ったお陰で、結果的に現実世界に戻って来れた訳だが、この場合は一体何処に連れて行かれるんだ? 恐らくは、このゲームの真のエンディングへ……だとは思うのだが、全くのノーヒントか。
そうしてグズグズ迷っていると、ビヤーキーは焦れた様な唸りを上げた。おっと悪い。まあそうだよな。他に選択肢は無さそうだし、折角呼んだんだ。俺は覚悟を決めてビヤーキーの背中に跨がった。体毛で覆われた背中の感触は結構滑らかで、思ったよりも乗り心地は良い。
しかし、どうやって操ればいいんだ? とりあえず、飛べ、と念じてみると、ビヤーキーは勢い良く羽ばたいて宙に浮かんだ。成る程、こりゃ便利だ。要領が解った俺は、ビヤーキーに暗黒の中へ飛ぶように頭の中で念じると、怪物はそのまま断崖を飛び越え、高速で炎の海を抜けると虚空に浮かぶ暗黒へと突入した。
たちまち何も見えなくなる。顔に当たる風圧からすると結構な速度で飛んでいると思うのだが、風景が見えないので、その辺は全く解らない。そうしてしばらくの間、漆黒の虚空を飛んでいると、遠くからビヤーキーの羽ばたきに混ざって、複数の羽ばたきが聞こえて来た。
光源など何も無い。だが、俺の目は確かにこっちへ向かって飛来してくる無数の夜鬼を捉えていた。俺の脳力は、いよいよ人間の限界を越えて高まっているのかも知れない。
だが、今の俺は完全に無防備な状態だ。もし奴等に捕まったら、散々弄ばれた揚げ句に深淵の底に投げ落とされるだろう。俺はビヤーキーにもっと速く、もっと高くと指示を出す。大半の夜鬼はビヤーキーに着いて来れなかったが、それでも追ってくる一部の個体は古の印や斧で、どうにか追い払った。
そうして夜鬼の群れをどうにか振り切り、再び暗黒の虚無の中を不安に苛まれながら当てども無く飛行しているうちに、遥か彼方に金色の光が一瞬だけ閃いた。きっと、あれが目的地に違いない。俺は身を乗り出してビヤーキーに指示を出す。
飛べ! もっと速く! もっと高く! もっと! もっと! もっとだ!
飛翔するうちに、光はどんどんと大きくなって周囲の暗黒の空間を照らし出すまでになってきた。その時になって金色の光に照らされて、途方もなく巨大な物体……いや、異形の怪物が無数に漂ってるのに気がついた。
絶えず沸騰する粘液とタコと蛆虫の塊の様な奴。
毒々しい燐光を帯びた果てしなく長大な身体を持つウミウシの様なヤスデの様な奴。
針状の金属と巨大な眼球が増殖と消滅を繰り返す集合体。
絶えず何かの形を取ろうと渦巻いている青白く輝くガス雲……等など、一つとして同じ姿の物はいなかった。
これは恐らく未だに名前の付けられていない未知の神か、その幼体だろう。何らかの感覚器官を備えた個体は既にこっちの存在を捉えて、長大な触手や腕を伸ばしながら俺を捕らえようと、見た目よりも速い動きでこちらに向かってきた。
これは恐らく、斧や古の印ではどうにもならない。俺は必死にビヤーキーを操って、巨大な異形から逃れつつも輝きに向かっていたが、ついにビヤーキーがトゲだらけの巨大な触手にかすってしまい、たったそれだけの攻撃でビヤーキーの頭部は完全に磨り潰されてしまった。
頭を失ったビヤーキーは、成す術もなく墜落し、俺は死んだビヤーキーの胴体に必死にしがみつく事しか出来なかった。
これで終わりなのか? いやだ! あの光はきっと待ち望んだ黄金郷だ! それを眼前にして、ここまで来て墜死だって? いやだ! 死にたくない! たどり着け! 黄金郷だ! 飛べ! 飛べ! 今の俺なら飛べる!
飛べええええええええええぇぇぇぇぇぇ!
気が付くと、俺は翼を得て、再び黄金の輝き目指して虚空を飛翔していた。事態が飲み込めなかった俺は、ステータスウィンドウを呼び出して、自身の姿を確認してみた。
それまでは、代わり映えしなかった探検服姿の自分しか表示してこなかったウィンドウは、半分人間、半分怪物と言った姿に変わり果てていた。
人間の名残を留めるのは頭と胸部くらいで、それ以外の部分はビヤーキーの様な外皮と体毛に覆われ、手足の先端は鉤爪を備えた恐竜のそれの様な形状に変化している。
そして背中からは皮膜で出来た一対の翼が生えており、これが空間に満ちるエーテルを切りながら力強く羽ばたいていた。
予想を越えた展開と、変わり果てた自分の姿にしばらく絶句していたが、そうする内に恐怖よりも笑いが混み上げて、俺は飛翔しながら大きく笑った。
何だこれは!? 俺がやったのか? 俺の意思が……脳力が? こんな事まで出来るなんて、俺の脳は一体どうなちまったんだ?
まあ、そんな事はどうでもいい。これで俺はまた飛べる。今の俺は、未知なる黄金の輝きに向かって翔ぶ、異形のイカロスだ!
それに、この翼は蝋細工のチャチな代物じゃ無い。ビヤーキーの残骸を俺の意思と脳力で融合した俺自身の翼だ。今度はビヤーキーに指示を伝えるタイムラグも無く、未知なる神々の攻撃を易々とすり抜けて、ついに俺は黄金の輝きにの中に達した。
一面が黄金の輝きで満たされる。
どこからか、妙なるフルートの音が祝福の様に響いてくる。
頭の中に、様々な輝くシンボルが浮かんでは消え、再び浮かび上がって互いに繋がり合い、それは脳内に黄金に輝く広大な曼陀羅を描いた。
歓喜、法悦、快楽、至福……なんか、そんな感じの感情が脳内を満たし、気持ち良さの余りに両目から涙が溢れて止まらなくなる。
そして、脳内の曼陀羅は一つに融け合い、その光の塊から巨大な黄金の蓮が華開き……そして一瞬で散った。
その瞬間、黄金の輝きは消滅し、俺は暗黒の虚空に独り、取り残された。
何だ!? 何が起きた?
戸惑う俺の眼前に、白く輝くメッセージが浮かび上がった。
“COSMIC LABYRINTH:ALL CLEAR”
“Thank You for Playing!”
え? ……これで終わり?
いや、ちょ……ちょっと待て。ちょっとこれは、投げっぱなしエンドにも程があるだろ? プレイヤーは……俺はどうなったんだ? もう少し、こう具体的な説明とか、納得の行くエンディングとか、もっと手の混んだ演出とか、何かあるだろ? それとも……本当にこれだけなのか?
「もちろん続きはあるさ。ちょっと待っててくれ、いま明かりを点けるから」
え? 今の声は?
声の主を確かめる間も無く、視界は真っ白な光で満たされ、一瞬、俺は眩しさで目を閉じた。そして、目を開けると、俺はこれまでの迷宮の中とは全く異なる新しい空間に居た。




