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老教授の昔語り

 セバスチャンは、ソファに腰かけるとオートマトンに紅茶を注文した。程無くテーブルに現れたカップを持ち上げた彼は、それが、さも本物の紅茶であるかの様に香りを楽しむと、無味無臭の筈の赤い液体を、さも美味そうに一口すすった。


 それを見ていた俺の鼻先に、不意に、一瞬だが確かに紅茶の芳醇な香りが漂った。それはアルベルト達も同じだったらしく、思わず顔を見合わせた俺達を見て、セバスチャンは愉快そうに笑う。


「これこそが脳力の賜物だよ。確かに、この紅茶の体を装ったVRオブジェクトには、味も香りも無い。しかし、脳力を鍛える事で自分の記憶や体験から、紅茶の味や香りを脳から引き出して、それをVR体験に付与する事が出来るのだ」


 彼はもう一口紅茶を飲んで、俺達にとってはお馴染みとなった、いつもの講釈を続ける。


「そして今まさに諸君は、私が紅茶を本物であるかの様に飲むのを見て、自分の脳内からその香りを引き出した、と言う訳だ。レモンを見れば唾液が出る。誰にでもある生理機能の延長にある能力だ。本来、VR空間でその感覚を自由に引き出すには、若干の経験と訓練を必要とするのだが、今の反応を見るに、君達はかなり脳力が向上した様だね」


 セバスチャンの言葉に、アルベルトとサキトは照れ隠しに軽く笑ってみせた。一昨年位だったか、ちょうど今夜みたいに、現在のVR体験の物足りなさを語り合っていた俺達の前に不意に現れて、VR空間適応脳力を鍛える事を勧めてくれたのが、他でもない彼だったのだ。


 そのアドバイスに従って、アルベルト達は色んな脳力開発ゲームや、サプリメントを試してるみたいだが、俺は、脳力開発はオカルトだと半ば決めてかかっていたので、そうした鍛練を一切してこなかった。


 ……でも、確かに俺は、彼のカップから紅茶の香りを感じた。単なる気のせいで片付けられなくも無いが……


 俺達の反応を見て、満足そうに微笑んだセバスチャンは、顔を上げてラウンジを一瞥した。結構な広さを持つラウンジには、俺達の他には、遠くの席で雑談に興じているフリをしながら、こっちをチラ見してる常連連中がわずかに見えるだけだった。閑散としたラウンジの有り様を見た彼は、一転して、少し寂しそうに語りだした。


「週末の夜だと言うのに、ここも静かになったモノだ。昔のStormは、VRMMOやFPSの紹介所としての機能が強く、内装も今みたいなカジノ風では無くて、いわゆる“冒険者ギルド”を思わせる作りをしていてね。深夜や明け方でも新しいゲームへの出会いや情報を求めて、大勢のユーザーで賑わっていたモノだ」


「それは例の大規制前の話ですよね? そんなに凄かったのですか?」


 俺の問いにセバスチャンは頷いた。


「凄いなんてモノでは無かった。今まで企業や大学の研究室レベルに留められ、我々が体験することの出来なかった、五感に訴えかけるリアルな擬似情報を電気信号化して直接脳に送り込むタイプの……それまではライトノベルの中での存在でしかなかった、真の体感型のVRゲームが、ついに我々の目の前に現れたのだ」


「それは、本当に素晴らしい体験だったのでしょうね」


 アルベルトの問いに、彼は更に大きく頷いてみせた。


「そんな言葉では言い表せない体験だったよ、君。どこまでも続く未知なる幻想の世界。実際の戦場を上回るかの様な修羅場。いかなる現実の美女も敵わない、色気と情感に満ちたオートマトンのヒロイン達……“ブレードアーツMMO”、“フェイタル・ファンタシー・オンライン”、“クロス・カオス”、“ストライク・フリート・ガールズ・オルタナティブ”、“ドリームランド・コンクエスト”、“戦場活動”……まさにVRゲームの栄光の時代だった」


「聞いた事があります! どれも今では伝説級のタイトルばかりだ!」


 サキトの興奮気味の追従(ついしょう)に、俺もうなずく。


 確かに今、セバスチャンが挙げたタイトルは、大規制前のVR黄金時代を代表する、伝説級の神ゲーばかりだ。……しかし、それらは別の意味で伝説になったタイトルでもある。そして、それこそが今までに彼に質問したくて、今まで出来なかった疑問でもあるのだ。


 コレは、貴重な当事者……それも、内部事情に詳しいと思われる大物に、直接質問出来るまたと無いチャンスだ! 俺は僅かな勇気を振り絞り、今のサキトの台詞に便乗する形で、教授に長年の疑問をぶつけてみた。


「セバスチャン。貴方が今挙げたタイトルは、どれも名作として今でも伝わってるタイトルです。でも、それらは多くのプレーヤーが、ログアウト不可能となる事態を引き起こし、結果としてゲーム内で大量の死者や脳死者を出す事で負の伝説にもなり、今に至る大規制の原因となったゲームでもあります」


「おい、ガリンペイロ……」


 俺が明らかに、デリケートな話題に踏み込んだ事を察したサキトが、小声で俺をたしなめる。アルベルトは、我関せず……と言った感じでアルカイックな笑みを浮かべてるが、何処と無くソワソワとした雰囲気を感じ取れた。これも俺に秘められた脳力の賜物って奴だろうか?


 だが、一度言葉にしてしまった疑問だ。ここまで来て後には引けない。俺は友人の不安をあえて介さずに、話を続けた。


「俺は、子供の頃から憧れてた、VRMMOに参加出来る歳になった瞬間に、大規制を喰らった世代です。あまりに悔しくて、当時何が起こったのか、自分なりにアレコレと調べてみましたが、様々な立場から発せられる情報が多すぎて、調べれば調べるほど混乱するばかりです」


 渦巻き模様の丸眼鏡と髭に被われた、セバスチャンの表情は全く読めない。聞いてくれているのか、それとも無視しているのか……


「恐らく貴方は、黄金時代の当事者で有るだけでなく、その時代に業界に居た……それも高位の人物だと俺は睨んでいます! 教えて下さい! その時、何が起こったのかを!」


 ……しばしの沈黙。


 今や、明らかに動揺の色を出している、アルベルトとサキトを余所に、俺はセバスチャンの丸眼鏡……そしてその向こうにある、“中の人”の“眼”を、自分が持てる脳力を振り絞って見つめた。……そんなモノが実在するのなら。


 (しば)しの……、永劫にも思える沈黙。セバスチャンは紅茶をもう一口舐めてから、おもむろに笑い出した。相変わらずの、おどけた仕草と共に……。眼鏡と髭に覆われた彼の顔は、本当に笑っているのだろうか?


「アッハハハハハハ。成る程、今夜の君はレビュアーでは無く、インタビュアーと言う訳だ。アッハハハハハハハハハハハハ……」


 またも沈黙。今、聞こえた固唾を飲む音は、誰から出たモノだ? それとも、この音も俺の脳内から勝手に出てきたモノか? 俺の疑問を余所に、セバスチャンは語り部めいた重苦しい口調で、先を続けた。


「……よろしい、教えよう。あの時、VRゲーム界と、それを取り巻く現実(リアルワールド)に何が起きたのかを……」

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