コズミック・ラビリンス(CHAPTER5:1)
さて、一日ぶりに前回のセーブポイントに復帰した訳だが……。この頃はリアルでも色々と起きすぎて、昨夜に前回のチャプターを終えたのが随分過去の事の様に感じる。
まあ、アルベルトのくれた“攻略法”によれば、このゲームもチャプター5で最後だ。ロータスも良く効いてはいるが、過信せずに気を引き締めて行こう。まずは、装備の点検から。バックパックから弾丸の入ったケースを取り出して、拳銃に込めて行く。これで、ケースに残ったのは一発だけか。この先、戦闘を避けられない箇所もあるらしいから、無駄弾は撃たない様にしないとな。
で、他の武器だが、ナイフをマーシュの顔面に刺したまま回収出来なかったのが痛手だな。手斧は少し重すぎるしなあ。古の印はポケットに入れて、もう片手は懐中電灯で良いか。なんか、アルベルトによると、この先は明かりが必要なくなるらしいからな。
さて後はコイツだ……。俺は入手以来、ずっと首からぶら下げてた魔犬の護符を手に取った。このアイテムの使い道は例の攻略法にも記してあるが、使うのはずっと先だ。邪魔になるしバックパックに仕舞っても良い……のだが、あの魔犬はリアルで俺の事を何度も脅かしたが、さっきインする前に魚人に襲われた時には(多分)助けてくれた。
一方、このゲーム内では直接襲われた訳でも無いし、アイツだけは何と無くだが単純な“敵キャラ”で片付けられない。……いいさ。攻略法には何も書かれて無いし、このままで行こう。
じゃあ、いよいよ最後の冒険へと出発だ。今夜中にこのゲームを解いてアルベルトと合流し、他にゲームを解いた人たちと連携して、S・W・E社やベアード(教授?)の陰謀に迫り、このクソな呪いを完全に解く!
道のりは遠いし上手く行くかも判らないが、先ずはこのゲームを解いてからだな。
改めて懐中電灯をこの石碑のある小空間の先へ照らす。この先は暫く洞窟状の小路が続くはずだ。一応足元に注意して先を急ぐ。相変わらずの潮溜まりの磯臭い匂いに、何か藻が腐ったような匂いまでが混ざってきて、思わずむせて咳き込んでしまう。
クソッ! いくら匂いの表現にまでは厳重な規制が無いとは言っても、これは少しやり過ぎじゃねーのか!
悪態を吐きながら坂上になった小路を登って行くと、行く手に明かりが見えてきた。アルベルトの言う通りだな。なら、この先に待ってるモノは……
不意に視界が開けて、これまでの広間が全く問題にならない程の広大な空間に出た。
暗緑色の藻と汚泥と粘液に覆われた、巨大な石碑と、列柱と、回廊と、偶像とが、有り得ない角度で複雑に組み合わさっている、広大な建築物……いや神殿? ……いや、やはりこれは迷宮だ。
それらは、しっかりと組み合わさってる様で、少し眼を離すと全く違う構造を覗かせる。こういった空間を表現するのに、よくエッシャーの絵が例えに用いられるが、絵は動かない。
全く、この狂人の悪夢さながらの光景を完全に再現出来るのは、VRメディアだけだと言うことを、俺は今、身を持って体験していた。恐らく、例の大規制を制定した矮小な創造力した持てなかった阿呆共は、VRメディアのこうした“人知を越えた”表現を想定すらして無かったのだろう。
……危ない!
眼前の光景に目眩を覚えて、一瞬身体のバランスを崩してしまった。あと少しで、左斜め上の方向に口を開けてた奈落の底に落下する所だった。
この歪みまくった空間では、並みの脳力では進むどころか自身の立ち位置を掴むことすら出来ずに、いきなり頭上に落下したり、思いがけない角度の隙間に落ちて呆気なく死んでしまうだろう。
落ち着け……俺にはこれまでに培ってきた脳力に加えて、ロータスの加護もある。眼を閉じて意識を集中しろ……。自分の存在と立ち位置をしっかり我が身に刻み込め。どんなに良く出来ていても、しょせんはVRゲームの中……疑似情報とCGで作られた、大規制程度も越えられない作り物の世界だ……自分を強く保て………よし。
自身が平衡感覚を取り戻したのを確信して、ゆっくりと眼を開ける。
……相変わらず不規則に風景が変わるが、自身の平衡感覚や重力の向きまでが変化する様子は感じなかった。それでも油断は禁物だが、少なくとも歩く事は出来そうだ。
さて、改めて上下左右斜めに入り組んだ回廊を観察すると、幾つかの角から灯りが漏れているのが判る。それらの明かりがこの空間の光源であり、別の場所へと繋ぐ出入り口であるそうだ。しかも、その大半は行く先に邪神や怪物の群れが待ち構えている、ゲームオーバー必至の“ハズレ”の通路で、“正解”の通路は、この混沌の中から自身で手がかりを探さないとならないと言うね……
マジでアルベルトと、先人達が作った攻略法に感謝だな。脳力強化とロータスのお陰で、この狂った空間でも移動は出来るが、このクソ入り組んだ迷宮の間で正解の通路を見つけるとなると、かなりの危険と手間を覚悟しなきゃいけないからな。
えーっと、先ずはこの迷宮の装飾に相応しくない“顔の無いファラオ”の彫像のある出入り口を見付けるんだったっけ。どこだ……?