生存報告
慌てて取り落としたパーソフォンを床に落とさない様に、反射的にもう片方の手でキャッチするも上手く行かない。しばらく両手でお手玉しつつ、どうにか掴み直した。
その間に何度か画面にタッチしてしまったらしく、改めて画面を見るとアルベルトからのメッセージの本文はとっくに開かれてしまっていた。
……
From:アルベルト
件名:生存報告
まずは、お久し振りです。前回のメッセージから何の連絡もせずに、すみませんでした。
しばらく、身の回りで起きていた奇妙な騒動から身を隠すために、ネットに繋がる時間も無かった物ですから。
……ガリンペイロ。今回メッセージを送ったのは、まさにその“奇妙な騒動”に関してです。もし、貴方が無事にこのメッセージを読んでいるのなら、おそらく貴方の周囲でも何らかの奇妙な……率直に言えば“クトゥルフ神話絡みの”事件が起きている……あるいは直に巻き込まれたのでは無いでしょうか?
先週、九玄太さんがBANされた翌日、ガリンペイロに送ったメッセージと同じ物をサキトにも送ったのですが、未だに返事がありません。確か、彼はあのゲームの序盤のみを少しプレイしただけで中断していた筈です。
恐らく、残念ながら今頃は……
おそらく、あのゲームを一回でもプレイした者は“プレイを放棄する”“長期に渡ってプレイを中断する”“ゲーム内で死に過ぎる”“ゲーム内の恐怖演出に怯えすぎる”と、あのゲームの呪いに取り込まれてしまう様です。
そして、それに耐えてプレイを続けても、身の回りに合理的な説明が付かない怪異が起こる……。このゲームの呪縛から逃れる唯一の手法は、クリアすることのみ……
君はこの話を只の冗談や妄想と笑い飛ばせるでしょうか? おそらく君の周りでも(君がまだ無事なら)、君の周囲でも不可解な出来事が起きていると思っています。
あれから、国内外のゲーム系のアングラサイトや掲示板を中心に自分なりに調べてみましたが、あまり有益な情報は得られませんでした。ただ、それでも、一部の掲示板では“クトゥルフの呪いに掛かるVRゲーム”の存在が、僅かに言及されていました。上記の情報は自らの体験と、それらのサイトからの情報をまとめた物です。
ですがその僅かな書き込みも、ゲームの著作権やら何やらの規制に触れたから、との名目でサイトごとお取り潰しにされてしまいました。この件には、私が当初思っていたよりも大きな力が関わってる様な気がしてなりません。
……実は、私はこのメッセージを送る少し前に、このゲームをクリアしました。
ですが、私の周りを取り巻く一種の名状しがたい妖気の様な感覚が、私の元を去った気がしないのです。同じく海外のクリア経験者と連絡を取ろうとしているのですが、こちらも難航しています。
ですからガリンペイロ。貴方にも、このゲームをクリアして、この忌々しい呪縛を共に解いて欲しいのです。それが、我々が唯一助かる手段であり、サキトや他の犠牲者の復讐になると思うのです。
このメッセージに添付したファイルに、私がこれまで調べた限りで恐らく最も正確な、攻略フローチャートを添付しました。貴方の気性から言えば、こうしたヒントは邪道に感じるかと思います。
ですが、事は急を要します。私の勝手な想像ですが、このゲームは恐らくクリアしてからが本番なのだと思います。
ですから、貴方にも一刻も早く無事にこのゲームをクリアして欲しいのです。
私は、身の回りで起きる怪異から再び身を隠します。ですから、このメッセージへの返信は無用です。もし、貴方もこのゲームをクリア出来たら、その時にメッセージを下さい。追って、今後の対策を話会いましょう。
どうかご無事で。幸運を祈ります。
追記:忘れる所でした。教授には気を付けて下さい。彼はこの一連の怪異の中心部に近い人物と思われます。彼にこのゲームについて、あまり話さない方が得策でしょう。
……
……とりあえず、濡れて冷えきった身体をシャワーで暖め、暖かい食事(と言ってもカップメンだが)を摂って、吸引噐で直接ピンクロータスのアロマを吸い込むと、どうにかさっきまでの一連の事件の記憶と恐怖が薄らいできた。
そして今、俺はアルベルトからのメッセージを……何十回になるだろうか……読み直している。
もしも、このメッセージを何も知らない者が読んだら、只の冗談かヤバめの妄想だと思って相手にもしないだろう。だが今の俺には、これを冗談と切り捨てることは完全に不可能だった。
あの魚人の群れ……
交番で見た血に濡れた凶器……
そして、俺はついさっき、あの魚人に囲まれて……
獣の唸り……悲鳴……怒号…………血と生臭い臭い……嵐の音…………虐殺……あの翼の音…………そして、血と粘液にまみれた砕けたパーソフォン…………ああ。
だが、救いはある。少なくともこのゲームをクリアすれば、まだ解決はしない物の、すぐには死なない……と言う事だ。俺は早速、メッセージに添付されてた文書ファイルを開いて、アルベルトが送ってくれた攻略フローチャートを入念に読み込んだ。
……ふむ。これは俺がアルベルトと最期に話した部分……具体的には、チャプター2の最後から、最終章に当たるチャプター5までの、恐らく最短の攻略ルートが書かれている。
少なくとも、夕べ俺がたどり着いたチャプター4のラストまでは、おおむね俺の辿ったルートと一致している。なら、これに従って行けばクリアは間違いなしだな。ただ、あちこちに過大なアクションを要求する箇所があって、そこは自分の脳力を頼りにするしかなさそうだ。
やはり、ただ攻略ルートだけを暗記すれば良いと言う訳では無さそうだ。ならば、こっちも入念に準備を整えよう。
俺は、昨夜と同じようにアロマを炊き、吸引する。ログインを少し待って、集中力が上がって来た所で、例の攻略ルートを頭に叩き込み、それから漸くVR空間にダイブした。
……頼む。こんどこそ、今度こそ終わってくれ。