三羽烏(砂金採りとディレッタントと勇者による)
振り返ると、そこにいつの間に現れたのか、Stormラウンジでの数少ない友人である、アルベルトとサキトの二人が立っていた。
「ブエナス・ノーチェス、ガリンペイロ。今来たばかりですか?」
今声をかけてきたアルベルトが、微笑を浮かべて挨拶する。俺のアバターが「気難しい文学青年崩れ風」なら、奴のは「ディレッタントの優男風」と言った感じだ。整った柔和な顔に、僅かにウェーブした栗色の髪。黒いタキシード姿と言うのも、このラウンジの風景とマッチしている。
「ああ、そうだ。今日はサキトも一緒か」
「おう、久しぶりだな」
今度はサキトが笑いながら返した。こいつは俺達と違って、大袈裟なリベットや肩パッドでデコレーションされた黒いレザージャケットに、何とも表現し難いド金髪のツンツン頭に、シルバーのピアスとアクセに……まあ早い話が「二十一世紀前半に流行ったJRPGの主人公風」の格好をしている。さっきのゲームに出てきたデッカイ剣を背負えば、さぞかし似合う事だろう。
「で、このゲームがクソだって何で判るんだ?」
俺の問いに、サキトが軽く顔をしかめながら一気にまくしたてた。
「そりゃ、さっきまでオレがやってたからだよ! ヒデーぞ! デモ動画と中身は完全に別物でよ。背景はアセットを並べただけの手抜きも良いところでさ。最悪なのが動画に出てきたドラゴンどころかゴブリン一匹すら出てこないわ、イベントもエンディングも作られて無いわで、クソゲーの域にも達して無い、只の未完成品の詐欺ゲーだったんだ! 速攻で運営に通報したったわ」
「アッハハハハ! そりゃツイて無かったな。まあ、機嫌直しにラウンジで一杯やろうや」
「ここの酒じゃ憂さ晴らしにもならんが、まあ付き合うか。アルベルトも来いよ」
「それじゃご一緒しましょうか。僕は飲め無いクチだから、ここの酒の方が嬉しいですけどね」
そう言いながら、三人でラウンジの席へと向かう。数年前に俺がこのサイトで、VRゲーム漁りを開始したばかりの頃に知り合ったこの二人とは、ゲームの趣味と性格……それに恐らく生活レベルと知的レベルが合うのか、たちまち意気投合し、今ではこのラウンジの一角で、はぐれ者の三羽烏として仲良くつるんでいた。おあつらえ向きに、三人とも黒い格好ってのがまた烏らしい。
三人とも、今時どのSNSサイトにも加入していないどころか、メアドすら交わしていない。完全にこのラウンジだけの付き合いなので、お互いの素性は勿論、本名すらも全く知らなかった。別に興味もない。
ソファに腰掛けると、早速アルベルトがボーイ姿のオートマトンを呼び出し、マティーニを注文したので、自分達も同じものを頼んだ。まあ、ここではマティーニだろうが、コーヒーだろうが、処女の生き血だろうが、何の意味も持たないのだが……
注文してすぐにテーブルの上に、発光エフェクトと共に三杯のマティーニが現れた。待ち時間が無いのが、VR空間の良いところだが……とりあえず、数日ぶりの再開に簡単に乾杯して、中身の液体を一口舐めると、グラスをテーブルに置いた。これで充分だ。何せ、このマティーニと言う体裁で出てきたシロモノには、一切味や香りが付けられていないのだから。
まあ、これはVRメディアへの大規制よりも前に、殆どの娯楽メディアに掛けられたフードポルノ規制のせいだ。こいつのせいで、VRメディアからピザ屋のチラシまでが、人間の五感に訴えかける、あらゆる“過剰な食欲を喚起させる表現”を制限されているのだ。
いくら食べても太る訳じゃ無し、VR空間の中くらい別に良いじゃないか……とも思うのだが、この規制は、肥満防止と成人病予防の大義の元に、ありとあらゆるメディアに徹底して行使されている。大昔に流行ったグルメ番組や、ただ飯を作ったり食ったりするだけの他愛の無い漫画なんかも、今では存在自体がタブーと言う訳だ。
そう考えると、ますます憂鬱な気分になり、思わず二人に愚痴をこぼしてしまった。
「まったく、今のVRゲームと来たら大手からインディーズまで、このマティーニ同様、見せかけだけの紛い物だらけだ。いや、ただの紛い物ならともかく、その域にも達していないクソだらけだ!」
その愚痴を受けて、アルベルトが苦笑まじりに返してきた。
「まあ大規制前に比べて、専門知識に乏しくても簡単にVRゲームを組めるゲームエンジンや、ツールソフトが大分普及しましたからね。量が増えた分、質が落ちるのは仕方ない事ですよ」
「それにしても限度があらぁな。大手のゲームは大規制を気にしすぎてヌルゲーばっか量産しててよ。かと行って弱小メーカーやインディーズは、開発力が無いから更にチャチなクソゲーか、さっきみたいな詐欺ゲーだらけで! 現実がクソなのに、VRゲーまでクソまみれじゃ退屈で死んじまうよ!」
アルベルトの台詞に、サキトが鼻息も荒く同調して、それから暫く三人でVRゲームの現状に対する、何時もの不満の応酬が続いた。
「まあ結局、どんなにリアルを越えるVR体験をしたとしても、それを同時に分かち合う仲間がいない……プレイヤーの同時接続が出来ないクローズドゲームしか無いと言うのが、今のVRゲームの問題の一つなんですよね」
「それなんだよなぁ。あらかじめ決められた反応しか帰って来ない、オートマトンのNPCに囲まれてのVR体験って、味気ないって言うか……なんか虚しいんだよなぁ……」
「こればっかりは、昔の奴等が羨ましいよ。VRMMOが盛んな時代には、同じゲームに沢山の人間がログイン出来て、今なんか比べ物にならないレベルのリアルな表現で、何でも出来た訳だからな。俺達にはもう体験出来ない、失われた黄金郷……羨ましいね」
「どうした諸君? 楽しくて然るべき土曜の夜に、随分と不景気な顔をしているね?」
不意に聞こえた四人目の声に、俺達三人がそっちを振り向くと、やはりこのラウンジの大先輩であるセバスチャン教授が、今にもタップダンスでも踊り出しそうな、おどけた仕草で立っていた。
俺は、あまり自分のアバターを過剰に飾る趣味は無いってのは、前にも言った。だが、セバスチャン教授のアバターは、その正反対と言えるだろう。
何せ、彼の姿と来たら、紅白のチェック柄の燕尾服に、孔雀の羽をあしらった同じ柄のシルクハットと言う奇抜な姿で、その顔も、渦巻き模様が浮き出た分厚いレンズの丸眼鏡に、堂々たるカイゼル髭と顎髭に覆われており、その素顔は判別もつかない。
「あ、教授。お久しぶりです」
俺達は思わずソファーから立ち上がって、彼に挨拶した。これは、何も俺達に限った事で無く、普段は、不運なTシャツ君達を捕まえて、偉ッそうな説教や手前勝手なゲーム論を垂れる、ここの常連連中でも同じ反応を返した事だろう。
彼は、このフザけた風体とは裏腹に、Stormの最古参ユーザーの一人であるだけでなく、VRゲームの黎明期から今日に至るまでの、膨大かつ詳細な知識を持っており、さらに、かなり具体的な将来のゲーム業界の展望や予想を語る事から……そして、その的中率の高さが、彼がVRゲーム業界の、それもかなり上層部の関係者では無いか、との憶測の根拠となっており、そうした噂が、彼をこの曲者揃いのラウンジにあっても、一際立った存在感を漂わせていたのである。
「おいおい、セバスチャンと呼んでくれ、と言ったじゃないか? ところで、何やら懐かしい話をしていた様だね。私も混ぜてもらって良いかな?」
返事を聞かずに、教授……セバスチャンは空いていたソファに腰かけたので、俺たちもそれに倣った。ちょうど良い。彼には一度、聞いてみたい事があったのだ。滅多に会うことすら出来ない教授が、俺たちと同じ席に着いてくれたのは、願っても無いチャンスと言えるだろう。