この世で最低のクソゲーにして無理ゲー(レビュー)
水曜日
……おかしい。あのゲームを初めてから奇妙な出来事が続いているとは言え、いくら何でもこれは無い。有り得ない。
今日も職場の食堂は静かだ。季節外れの台風が近いらしく……と言っても、異常気象はもはや通常の出来事なんだが……時おり聞こえる風の音と、窓のサッシが揺れる音、そしてお馴染みのニュース番組の音声以外に食堂の静寂を乱す物は存在しない。
かと言って、この食堂が俺一人って訳じゃ無くって、むしろ食堂は移民達が居なくなる前くらいには人で一杯になっている。前に社員の人が言っていた新しい補充の人員が、食堂の席を埋め尽くしている為であるのだが。
問題は、その新人達だ。予想したはいたが、その全てがどこか様々な外国からの移民や出稼ぎ達だ。……ひょっとしたら日本人も混ざっているのか?
その判別を困難にするのが、彼らの顔なのだ。みんな一様に同じ……両目の間隔が開いてて、エラが張ってて、顔の造作はだらしなく垂れ下がり……ああ、もう無意味な仄めかしは沢山だ! 早い話が、新人達は一様に“インスマス面”をしているって事が言いたかったんだ!
午前中は、この不気味な新人達にラインでの作業を教える事で費やされた。連中は俺の教える事に無言で頷くだけで、時折お互いにボソボソと聞きなれない言葉で囁き合う事はあっても、決して自分から話しかけては来なかった。
で、昼休みの今も、連中同士で群れながら無言で飯を食いつつ(ご丁寧に、みんな同じ焼きサバが白身魚フライの定食ってのが少しだけ笑えた)うつつを抜かしたかの様に、モニタのニュースに釘付けになっている。
最後まで残ってた移民や出稼ぎ、それに元々数が少なかった日本人の職員は、全て姿を消していた。きっと今、この食堂で魚や蛙の顔をしていない人間は俺一人だけだろう。まるでインスマスに迷い混んだ他所者って気分だ。
それにしても、一体なんのニュースをそんなにも熱心に見てるんだ?
「……昨日歌舞伎座で起きた無差別テロによって、リハーサル中だったオペラ“黄の王”の監督と俳優、およびスタッフが多数死傷した事件で……一般人の巻き添えによる死傷者も多数…………上演は中止と発表……」
ああ、昨日そんなニュースもあったっけ? へえ、そんな事になってたんだ。
「犯人達はその場で確保され、現在取り調べを受けていますが、“カブトムシ様が未来から飛ばしてくる電波に命令された”あるいは“正しい時間の流れを守る為にやった”……等と、不規則な発言を繰り返しており……」
へ、へえ。カブトムシ様が未来から……ね。マジで言ってんのか、それ。
……少なくとも、魚人連中は真に受けたのか、何人かは不機嫌な唸りを上げたり、軽くテーブルを叩いたりしている。何だ? 見掛けに依らず、あのオペラの上演を楽しみにしていのか?
「次は、海外の話題です。ポンペイ島での無差別テロに続いて、北米にケニアや香港などで起きている一連のテロ事件は、宗派の異なる複数のカルト系テロ組織が、連携して起こしているとの見方が強まり……これは先日国連総会でアメリカが提唱した新たな同盟の結成に反対する、多数の国家や政治勢力との関与も指摘され……」
今度は連中から、陰湿な忍び笑いがいくつも漏れた。何人かはチラチラと俺の方を見ては、また不明な言語で囁きあっている。いたたまれなくなって、俺は昼休みの終わりを待たずに食堂を後にした。
……そして、この日の夕方、俺は数年勤めたこのバイト先の工場から、一方的な解雇の通告を受けた。
この時代では、俺たちみたいなバイトや、正社員でも肩書きの無い平社員なんかは昔よりも簡単にクビに出来る。それにしたって、普通はもう少し余裕をもって通告してくれるもんだが……。だが、クビになるのは俺だけじゃなく、他の部署にいた今までのバイト従業員や、最後まで残ってた出稼ぎたち、それに元々の正社員までが含まれていた。
まだそれほど顔が魚になってないスーツ姿のオッサン……が俺たちに言うには、この工場の経営が彼らに換わる事になり、従業員は自分達が連れてきたあの魚人共で賄うので、もう俺たちは不要になったとの事だった。
何人かは食い下がって抗議したが結局どうにもならず、俺たちは風雨の強まってきた夕暮れの路頭に、文字通りおっぽり出されてしまった。それでも諦めのつかない何人かは門前で抗議の声を上げていたが、俺はこうした事には慣れっこ……つまり、どうにもならない事を知っていたので、諦めて数年お世話になったバイト先を後にした。最後に社屋を振り返ると、いつの間にか看板が架け替わっていた。
“マーシュ&ウェイト精工”
……シャレにもなってねぇよ。俺は水溜まりに唾を吐いて、今度こそ工場を後にした。
ますます強まってくる風雨に耐えかねて、またコンビニで新しく傘を買った。体が冷えているので何か温かい物でも食べたかったが、失業者になったばかりの身だし、昨日新しいアロマやらエナドリやらを買い込んだせいで出費も激しい。贅沢は避けて、家で備蓄のカップ麺でも食う事にしよう。
それにしても、これからどうしよう? ここの所、ゲームやそれに伴って起きる怪異にばかり気を取られていたので、まさか、こんな形で足元を掬われるなんて思っても見なかった。
このご時世、次のバイト先がすぐ見付かるかどうかも解らない。低所得者用に家賃・光熱費が安く設定されている鳥小屋でも、家賃を滞納させれば容赦無く退去させられるだろう。
それだけで無く万が一、再就職が長引けば、更に無職者用のシェアハウス……通称“収容所”への入居を強制される可能性が高い。
収容所の暮らしは過酷で、VRゲームどころでは無いと聞く。ならば、生活もVRゲームの呪いも“詰み”になってゲームオーバーだ。昨日までは、在るかどうかも解らない“VRゲームの呪い”なんぞにうつつを抜かしていられるだけの余裕があったが、たった一日でこの有り様だ。思わず自嘲的な笑みが浮かぶ。
……
タイトル:現実
メーカー:神か何か(とにかく糞以下の存在!)
ジャンル:この世で最低のクソゲーにして無理ゲー
レーディング:残酷表現 ホラー描写 R18(エロ表現は要課金、無課金はグロ表現のみ)
価格:基本無料(ただし、少しでも快適にプレイしたいなら、鬼のような課金が必要)
評価:☆(本当ならゼロかマイナスが欲しい所だ)
レビュー:とにかく最低にしてクソなゲーム。キャラメイク(生まれの環境)が全てを左右する。底辺から上に行けなくも無いが、どの道卓越した能力値やスキルが必要なので、俺たちみたいなモブには全く楽しめないどころか生きる事さえ困難な超ハードモードが仕様になっている。
何やら周囲では、テロや戦争や災害のニュースが相次いでいるが、むしろ望む所だ!
ここまで不平等なクソゲーに求められるのは、秩序の大崩壊からのグレート・リセットだ。それが更なる破滅をもたらすとしても、困るのは上級国民や既得権益者程度だろう。
現在の俺は呪いそのものと言っても良い、幾つかの個人的なトラブルに見舞われているが、もし運良くその呪いを解いたとしても、待ってるのはこのクソゲー世界でのモブキャラとしての惨めな暮らしだけだ。
今さら、既得権益でガッチリ護られた完全格差社会にモノ申す気にもならないが、せめてこのクソ人生の最期くらいは、気の効いた演出が欲しいモノである。
え? だったら課金しろ? ……はいはい。(投稿者:ガリンペイロ)
……
……ふう。自嘲ついでに帰宅の途上でパーソフォンから、Stormの自分のアカウントの自己紹介欄に愚痴に近いレビュー風の文章を書き込んでしまったが、これで少しは気が晴れた。さて、また雨も酷いし早く鳥小屋に……
おや? 潰れたハズの中華屋に灯りが点いている。もう新しいテナントが入ったのか? 何の店かは判らんが、せっかくだから覗いて見るか。
何と書いてあるか解らない看板を潜って店内に入った時、俺はこの選択を思いっきり後悔した。何故と言って、この店内に居たのは、客も店員も全員が例のインスマス面……それも、工場の連中よりも魚寄りの……をしていたからだ。
連中は、得体の知れない魚の煮込みか何かを喰いながら、何やらボソボソと話していたが、俺が入店するなりお喋りを止めて一斉にこっちを睨みつけた。……明らかに友好的な眼差しでは無い。
……おかしい。このゲームを初めてから奇妙な出来事が続いているとは言え、いくら何でもこれは無い。有り得ない。
魔犬に襲われた時にも言ったが、改めて言うぞ。
おかしいだろ! 魔犬だの深きものども何てのは、H・P・Lの創作の存在だろう! VRゲームの中ならともかく、何で現実世界にいるんだ!? 俺の疑問に構わず、連中は食事を止めて一斉に立ち上がる。その大きな眼は、一様に残酷な期待にヌラリと輝いていた。
これは、どうなってるんだ? おかしくなったのは、この世界なのか? それとも……この俺なのか?




