コズミック・ラビリンス(CHAPTER4:CLEAR)
唸りを上げて接近してくる触手を寸前でかわす。触手の先端のマーシュの顔が目の前をよぎった。
くそっ! “マーシュ”って名字で何と無く怪物になってる予感はあったが、ディープワンか精々がダゴンクラスの大型個体だろうと勝手に予想していた。
まさかこんな途方もない大きさの、凶暴な触手の塊になってるなんて思っても見なかった。一体なんだコイツは? オリジナルモンスターってか?
“逃げるな!”
字幕と謎の声が見事にハモって、次の触手が足元を狙ってきた。あぶな! 咄嗟にジャンプして回避。今のは脚を捕らえるつもりだったな。しかし、このままじゃジリ貧だ。これだけの大きな触手の束に加えてディープワンの群れだと、対抗するどころか逃げる事すら……
……ん?
マーシュの首付き触手は何かを呟きながらこっちを睨んでるが、一向に襲って来ない。ディープワン達も、俺を遠巻きに囲んではいるが近付いて来ない。一斉に掛かって来れば、一堪りも無い状況なのにどうして? 何かを待っているのか?
いや……そうか! 奴等は待っているんだ!
また別の触手が襲ってくる。今度も一本だけ、頭上から見え見えの軌道を描いて気持ちゆっくりと落ちてくる。意図さえ解れば怖くはない。落ち着いてこれも華麗に回避。
“逃げないで下さい。今さら死が怖いのですか?”
苛立たしげなマーシュの声が、大空洞一杯に反響する。その一方で触手は、いかにも恐ろしげにのた打つが、一向に襲って来ない。
思った通りだ! 今まで異常な事態が続いていたから忘れがちだったが、結局はこのゲームも市販のVRゲームだったって訳だ。
敵性のNPC……いわゆる敵キャラは……前にレビューしたゲームのラスボスなんかが正にそうだが……体感時間にして一分あたりの攻撃回数が、業界団体の自主規制によって厳密に決められている。これはゲーム内でプレイヤーの操作するキャラクターが死ぬ事で、大規制前の様な実際にプレイヤーが死ぬ様な事態を恐れての処置だろう。
このゲームに、どんな悪意や呪いが込められているにせよ、この規制をクリアしなければStormで販売することは不可能だ。“一見ただのホラーゲーム”を装うのなら尚更。
だから、見た目的には触手と半魚人に囲まれた絶体絶命の状況だが、実際に攻撃出来る回数はその十分の一いや、もっと低いか? ……に限られるのである。それで、奴等は挑発や威嚇を繰り返しながら、次の攻撃の機会を待っていたのだ。
結局このゲームでさえ、例のクソ規制からは逃れられないのかと腹立たしくなる一方で、その規制に救われた形になっている自分もいる訳で、何とも言えない複雑な心境になる。
まあいい。せっかくの攻撃の間隔を突いて、落ち着いて怪物共の包囲の向こうを見渡す。何か手がかりは無いか? ……お、ディープワンの群れの向こうに小さな灯りが見える。他には何も見えないし、多分あれを目指して行くのが正解だろう。
目の前の半魚人に向けて古の印を突きつけたが、予想に反してそれに怯まない。なるほどな。九玄太ネズミと同じで、“中の人”が入ってる敵キャラは印の影響を受けないってワケだ。
なら、コイツだな。ホルスターから拳銃を抜き取って、目の前の半魚人の眉間に一発お見舞いしてやる。すると、眉間の位置に額に穴を開けた誰かさんの顔面が現れて、そいつは糸の切れたマリオネットよろしく、呆気なく地面の潮溜まりの中に飛沫を上げて倒れた。
なるほど。“中身入り”は顔面が弱点ってワケか。俺は次の半魚人の攻撃を難なくかわして、同じように眉間に発砲する。この距離ならFPSが苦手な俺でも外しっこない。
俺が奴等弱点を見抜いたのを見抜いたのか、恐れたかの様に包囲が怯んだので、期待通りに灯りへの血路が開いた。残弾はあと四発。ここまで発砲する機会が無かっただけに、ここに来て弾を使わせて来るな。
まっすぐ灯りを目指してダッシュする。周囲の潮溜まりは、時おり深い構造になっているらしく、そこから水中に潜んでいた半魚人が奇襲を仕掛けてきたが、その都度拳銃で黙らせた。
例の灯りまで、残り百メートルちょい。拳銃は弾切れ。背後から追ってくる半魚人共の気配を感じるに、拳銃に弾を込め直す時間は無さそうだ。
再装填が可能な物陰を目線で探していると、そのスキを狙って別の岩陰から触手が数本延びてきて、俺の腰をガッチリを捕まえた。触手の太さは、これまで迷宮の構造その物を破壊してきた巨木の様なサイズに比べれば、ずっと細い。精々が、大蛇の胴体程度だろう。
でも、ニシキヘビでも三メートル程度の個体に巻き付かれたら、人間一人での力では振りほどけないと言われている。
今の俺が正にそうで、ちょっと太めのロープ程度の触手を振りほどく事も出来ずに、成す術も無く元のマーシュの本体のいた場所に引き戻されている。
クソッ! これで終わりなのか? 何か対抗手段は無いのか? 両手が自由なのだから、何か出来ることがあるだろう……出来る事が……。
……よし。思い付きだが、一先ずこれで行こう。
俺は敢えて触手に抵抗せずに、マーシュの所まで戻される。邪悪な期待に満ちたヤツの顔が目の前に来るのに会わせて、ここまで落とさなかったランタンをその眉間の誰かも解らない白人? の顔面に叩き込む。
炎上する炎のエフェクトの向こうに、苦悶の表情を浮かべる誰かさん……きっと、九玄太やサキトやアルベルトの様に、ゲームクリアまでの途半ばで朽ち果てた不運なプレイヤーの一人だろう……の顔が浮かび上がった。
すかさず腰に下げてたナイフを抜いて、そいつの眉間に突き立てた。
すると怪物は、広大な空洞を崩壊させかねない程の絶叫を上げると、俺を近くの潮溜まりの中に投げ出した。いきなり水中に投げ出されて溺れそうになりながらも、どうにか水上に這い上がる。
ランタンも失われた暗闇の中で、マーシュが苦痛の悲鳴を上げながら、出鱈目に巨大な触手を振り回す音と、その触手が空洞の天井に当たって、徐々に空洞が崩壊する音が聞こえて来る。
哀れな半魚人共は、あるいは崩落しつつある空洞の瓦礫に巻き込まれて、あるいは触手に押し潰されて、無惨な死を遂げているのが、その音や断末魔の悲鳴で伺える。
だが、俺は奴等と同じ様にこの迷宮に囚われる気は全く無かった。落ち着いてバックパックから懐中電灯を取り出して……海水に落ちたのに、よく無事だったな。ゲーム上の仕様ってヤツか……向こうに見える灯りまでの道を照らし出す。
弱点を破壊されたマーシュ……触手野郎は、今や出鱈目に触手を振り回して自ら空洞を破壊している。もう俺を捕捉してさえいないだろう。
目的地の灯りの源……ランプの灯りで満たされた、セーブポイントの石碑のある通路……に辿り着くのと、マーシュが崩落した瓦礫に押し潰されて、規制のボカシに包まれた体液や肉片を撒き散らして圧死するのがほぼ同時だった。
……
CHAPTER4:CLEAR!
セーブしますか? (YES/NO)
……
ロータスやミードゴールドで強化されているとは言え、さすがに心身に疲労を感じる。ゲームの長さや、伏線の回収具合から言っても、恐らく次が最後のチャプターだろう。
ならば、ここは万全の体勢を持って望みたい。きっと“あちら”も、それくらいの意思は汲んでくれるだろう。
俺は、そんな風な自分に都合の良い理屈をたてると、ゲームをセーブして速やかにログアウトした。
あとは、明日に備えて神経を回復させるピンクロータスのアロマリキッドを香炉に入れ換えて、お休みなさいだ。強いリラクゼーション作用を持つアロマのお陰で、変な夢を見る事も無く、俺は久しぶりの安眠を満喫出来た。
“ガリンペイロ……きづいて……たすけて……しねしねしねしねしねしね……したのに……でられない……くるしい……なかまになれ……たすけて……だして……”
それでも、わずかに呪詛や哀願の声を夢で聞いた。……知ってる声も幾つか混ざってる気もする。せめて寝てる時は勘弁してくれ。迷宮の謎はきっと解くから……




