コズミック・ラビリンス(CHAPTER4:8)
壁のランプの一つに顔を近づけて観察してみる。 案の定、大きく口を開けた魚とも蛙ともつかない形状の、“例の半魚人”の頭部を象っている。どれも煤で真っ黒で、この土器の本来の色がどんなかだったかも判らない位だ。
その大口の中に油で満たされた土器の小碗があり、そこに挿された芯から灯火と共に、わずかな生臭い臭いと、目に見える程の大量の煤を含んだ煙が漂っている。きっと魚油の類いだろう。
なら、この先に待ち受けてるであろう敵の種類は、ある程度想像できるが……。マジかよ、おかしいだろ。ここは西アジアの砂漠のド真ん中って設定じゃ無かったか? 何でいきなり海際に出るんだよ。
……ああ、そうか。ピルグリム博士はこの迷宮は様々な空間に繋がってるかもしれないって言ってたっけ。にしても、ちょっと極端すぎやしませんかねぇ。
まあ、愚痴ってても仕方がない。ここはあくまで連中の作ったゲームの中だ。通路の先がいきなり宇宙だかブラックホールだかに繋がって、一発でゲームオーバーなんてゲームも昔にはあったらしい。それに比べりゃ、先に待ち受ける存在の予兆を知らせる演出があるだけ良心的か。
それにずっと同じ迷宮の中にいるんだし、同じ様な内装が続けば飽きも来るわな。そう考えると、この磯臭い通路も含めて、制作者連中が、一応これまでのチャプターも内装や演出にはかなり気を使っているのが解る。
さて、その通路だが、ランプが灯ってるのはこの幅の広い通路だけで、ときおり出てくる分岐の通路には灯りが無い。この通路を進めば進む程に潮の臭いが強まって来るから、他に手がかりも無いので、恐らく灯火に導かれるままに進むのが正解なんだろうけど……。
ほら、あった。
通路に飛び出した大きな岩の陰。決して平坦な通路じゃないから、地形の一つとして見逃してしまいそうになるが、肝心なのは岩そのものじゃ無くてそいつが作り出す大きな影。そこを懐中電灯で照らしてみると……そこには下に降りる階段が!
やっぱりな。そろそろ何かあると思ってた。奴等が用意したランプの灯りだけを頼りに進んでたら、これに気付くのは難しいだろうな。だが、アロマで強化された感覚に加えて、このゲームのクセを掴んだ俺にとっては、この程度の仕掛けを見破るのは容易い事だ。さて、この階段の先には何が在るのかな?
……岩を削って造られた階段の先は、同じ様な造りの、何もない殺風景な小部屋だった。
本当に何もない。壁画もレリーフも、スイッチやレバーの類いの仕掛けも、一切の手がかりが存在しない。単なる引っ掛けが目的の行き止まりか? いや、ひょっとしたら……
思い付きで、イブン=グハジの粉を周囲に少しづつ撒いてみる。果たして、入り口からみて右側の壁面に、古の印に刻まれてるのと同じ形の光る星形の記章が浮かび上がった。
なるほど。この粉には、こう言う使い方もあるのか。だが、これで壺の半分以上の量を使ってしまった。節約しないとな。
んで、この星形の記章は……他に考え付かないし、やっぱこれだろ。古の印を記章に近づけてみると、何の前触れも無しに壁に人が一人通れる程度の細い通路が現れた。ほらね。
通路の先は同じような小部屋で、入り口の対面に小さな石造りの台座があるだけだ。そして、その台座の上には大きめの青銅の小箱が乗ってて、台座の周囲には砕けた古い人骨の破片が散らばっている。
これは上手く箱を取り出さないと、周囲の人骨と同じ運命を辿るって事か。台座の上をよく見ると、イブン=グハジの粉を手に入れた壁の窪みと似たような仕掛けが見えた。ならば同じ位の重さのアイテムがあれば……
よし。俺はチャプター3で拾った空の拳銃と引き換えに、青銅の箱を入手した。で、これの開け方だが……。少し悩んだが、結局手斧で箱を粉砕した。中身は久しぶりの粘土板の欠片か。よし、これでパーツは残り一個って所か。しかしこれ、今のところ全くのノーヒントなんだが本当に何なんだろうな? まあ、全部揃えば解るんじゃないかな? 多分。
さて、他には何も無かったので、元の通路に戻って先を急ぐ。しばらく進むと、唐突に今までの広間とは比較にならない程の大きな空間に出た。ここから先にはランプの灯りが無く、漆黒の闇が待ち受けているのみだ。
懐中電灯と、どっちにするか迷ったが、広範囲が照らせる事と、とっさに武器になる事からランタンを灯す事にした。マッチで灯りと点けて前方を照らすと、暗闇の中に人の顔が一つ、白く浮かび上がった。
「うぉっ!?」
思わず後ずさると、ぼんやりとした表情を浮かべてたその顔は、俺に気づいたのか眼に妖しい光を宿して、俺に英語で話しかけてきた。俺の視界の下部に、翻訳モードによる字幕が浮かび上がる。
“やあ博士、しばらくぶりですね。僕ですよ。マーシュ助手です”
あ、ああ。ピルグリム博士と一緒に最後まで付いてきた助手か。てっきり死んだと思ってたが、生きてたのか。
“ピルグリム博士は、きっと貴方がここまで辿り着くだろうと言っていましたが、まさか、そのままの姿でここまで辿り着くとは思いませんでした”
ん? 何か違和感を感じる。マーシュの英語のセリフが、空洞内に反響して木霊を作っているが、その中に日本語の呟きの様な別の声が僅かに混ざっている。どうせ英語は判らないし、一応ゲームの本筋を見失わない様に、日本語の声と字幕に同時に集中する。ロータスのもたらす集中力と今の俺の能力が有れば、容易い事だ。
“ピルグリム博士ですか? 彼は迷宮の更なる深淵へ向かいました”
周囲から、濡れたような、あるいは粘りつく様な音が聞こえて来る。
“博士に私、そして、貴方。我々はこの迷宮に招かれるべくして招かれたんです”
この声は何だ? 良く見ると、マーシュの顔に見たこともない人間の顔が、ノイズと共に一瞬だけ覆い被さる。九玄太がラウンジから消失した時に見せたアレに似ている。
“僕や博士には、隠していた忌まわしいルーツがあった。だから、ここまで来れた。だが正直、貴方がここまで来れた理由が判らない。”
触手の音に混ざって、ビチャビチャ言う無数の足音が聞こえてきた。右手に構えるのは、拳銃か古の印か、どっちだ?
“ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うが=なぐる ふたぐん!”
ランタンの灯りの輪に、例の魚人……深きものどもが入り込んできた。多いな。二、三十匹……いや、もっとか? 奴等が唱えるクトゥルフ神話をかじった者にはお馴染みの、旧支配者を称える呪文の唱和に混ざって、日本語や他の言語の呪詛や哀願が聞こえる。
人間よりも大きな、蛙とも深海魚ともつかないグロテスクな顔が間近に見えた。その大きく間隔の開いた両目の間に、時おりノイズ混じりに苦悶に満ちた人間の顔が浮かぶ。これは……多分ゲームの演出なんかじゃ無い、マジなヤツだろう。
“まあ、いいでしょう”
マーシュの顔が一歩前に出てくる。灯りに照らされたその首から下は……夥しい触手……おそらくチャプター3のラストから出てきた例の大きな触手……見覚えがある……と融合していて、その人間であった首は……一本の触手の先端に……
“もう、人間としての記憶も薄れてきたし、もはや自分の役割も判らなくなってきました。なら、せめて貴方を……偉大なる旧支配者の供物として捧げよう!”
言うなり、そいつはマーシュの首のついた触手を眼前に繰り出して来た。




