コズミック・ラビリンス(CHAPTER4:7)
……それにしても、思った以上のロータスの効果よ。直接吸引したとは言え、たったの一回でここまでの効果なんて、今時こんな強いサプリを無規制で市販してても良いモノなんかね、実際?
まあエナドリなんかも、海外なんかじゃ、日本では許可されない様なヤバイ成分が結構入ってるって言うし。でも健康被害の報告が大量に無いって事は、大丈夫って事なんだろう……きっと。
さて、落とし仔の追撃から逃れて、改めて周囲を観察する。ここはさっき少し見えた通り広大な地下通路で、誰が用意したのか、両側の壁に等間隔に穿たれた小さな窪みに土器で出来たランプが灯されていて、ランタンや懐中電灯が必要無い程度の明るさが保たれていた。
バッテリーを節約する為に懐中電灯を消して、未知の明かりの中に我が身を晒してみる。……大丈夫だ。今の所は、新たな敵の気配を感じない。
ランプに明かりが灯されている……と言う事は、恐らく明かりを灯した何者かが、この近く潜んでいると言う事になるが、落とし仔クラスの大きな敵を撃退~逃避出来た直後は、すぐには敵の襲来が無い事は今までのパターンから推測できる。
今や俺は、どの分岐やギミックが罠かどうかや、隠されたヒントや敵の襲撃のタイミングなんかは、ここまでの体験でそれなりに上達した脳力とロータスで増幅した知覚で、なんとなくでは有るが制作者の“クセ”みたいなのを見抜いて、ある程度は事前に関知出来る様になっていた。
そして、このゲームの制作者は、アクション色の強いホラーADVとしか言えないこのゲームを、“VR脳力開発型ホラーRPG”などと銘打っているが、その意図が少しだけ判って来た。
RPGとは、本来は“役割を、演じる、遊戯”の事を言い、その期限は二十世紀半ばに作られた、紙とペンとサイコロで行われるTRPGにまで遡る。
これは、ゲームルールの管理とシナリオの作成を兼ねるゲームマスター(クトゥルフ神話を扱ったゲームでは、キーパーと言う)と、複数のプレイヤーの間で行われる対話型のアナログゲームで、ゲームマスターの役割をプログラムやAIに任せたのが、今の一般的なRPGと言って良いだろう。
このTRPGがデジタル式のRPGや、同じアナログゲームでもボードゲームやカードゲームと違う点は“必ずしも厳密なルールに乗っ取ってゲームが進行するとは限らない”と言う点にある。
ある種のマスターは、自分の準備したシナリオを最後まで見て欲しい為に、あえて戦闘や突破が困難なイベントに対しての手心を加える事がある。これは純粋な勝敗を競うゲームの視点からすれば、アンフェアな行為と言えるし、実際にそう避難される事も多い。
だが、TRPGがあくまでシナリオを攻略させまいとするマスターと、それに挑むマスターの純粋な勝負だとしたら、ゲームの構造上、マスターが一方的に有利になる様に出来ているのだ。
例えば、まだゴブリンやオークと戦うのが精一杯のプレーヤーに、いきなりドラゴンを差し向けるのも、目的地が破壊不能な壁で覆われたダンジョンを作るのも自由自在。極端な話がゲーム開始直後に、いきなりプレイヤーの預かり知らぬ所で世界の終わりを迎えてゲームオーバーにするのも、全てがマスターの裁量一つと言う訳だ。
その反面で、あと一撃でラスボスを倒して感動のエンディングを迎えると言う時に、命中やダメージを決定するダイス(サイコロ)の出目が悪くてプレイヤーが全滅しそうな時に、あえてダイスの出目を(マスタースクリーン”と言う衝立の向こうで操作して)プレイヤー達を予定されたエンディングに導く事もある。
俺の見解を言うならば、これは程度にも寄るが、完全な不正には当たらないと思っている。
もちろん、厳密にルールが決められているボードゲームやカードゲームやスポーツについての、プレイヤー同士が戦うゲームに関してはそうでは無い。だが、制作者側に、プレイヤーの生殺与奪が与えられるタイプのゲームに限っては、その限りでは無い。
要するに、通常弾でもボムでも破壊不可能なボスキャラが出るSTGや、指定されたタイムでは辿り着けない場所にゴールのあるレースゲームを作る事は充分に可能なのだ。
だからRPGに限らず、ほとんどのゲームは教授が迷宮について言及していた様に“解かれる事を前提とした”構造になっているのだ。もちろん誰にでも……と言う訳では無いから、それなりの難易度は設置しているのだが。
そして、このゲームがRPGだと思う理由がもう一つ。これは恐らくこのゲームの制作者サイドの意図に限られると思うが、さっきも言った様にこのゲームが解かれる事を前提としている構造にある。
多分、制作者……いや、教授は俺みたいな、このゲームのエンディングに至るまで悪あがきを続けるプレイヤーを、ちょうど“迷宮”の攻略に挑む“英雄”の“役割”に当てはめて“楽しみたい”んだろう。
それなら、それで良い。俺はこのゲームの深層に挑む為に、あえて制作者の挑発に乗ったんだ。必ず、この迷宮の最深部まで辿り着いて、仲間たち(九玄太はどうでも良いが)の仇を討ってやる。
そんな感じで一人で大見得を切っていた俺の耳に、俺を喚ぶかの様な声が微かに聞こえた。
いつの間にか通路の突き当たりまで来ていたらしい。ここで通路が三つに別れていたが、例の声は真ん中の通路から聞こえて来る。
ふん。早くも新たな妨害役のご登場ってワケか。今知る限りでは、先の情報がノーヒントであるし、即死性のイベントでは無いと思う。他のルートを示す手がかりも無いし、これは恐らく“乗っても大丈夫”なイベントだろう。
もちろん不安が無いでも無いが、まあ良いさ。他に選択肢も無さそうだし、ここは敢えて制作者の意図に乗ってやるよ。
通路の先は、さっきよりも細くなっているが、これまで同様にランプで照らされているので明かりは必要無い。歩いている内に、緩やかではあるが下り坂になっているのが感じられた。
さっきの声はもう聞こえない。だが、前の落とし仔の部屋で少し感じたあの独特の臭いは、通路を進む度に強くなって行く。
間違いない。これは……海水の臭いだ。