コズミック・ラビリンス(CHAPTER4:6)
一日ぶりにセーブポイントのある部屋に戻ってくるなり、俺は昨日までの自分とは全然違ったコンディションを獲得した事を、全身で感じた。
全身を覆う活力と爽快感、そして全神経を駆け抜ける鋭敏な感覚に、思わず夢精しそうな快感を覚える。
まず、昨日まで星の精と戦った体感的な、主に疲労感や倦怠感として感じられていたダメージがウソの様に抜けていた。それどころか、信じられない位に軽くなった身体から、新たな活力がフツフツと沸き上がって来るのを感じる。
なるほど、これがサキトがリストに書いていた“ヘヴンズゲート”の効果か。これもスゴいが、吸引器で直接接種した“チャクラ・ブースター”で増幅された感覚体験が、俺を更に圧倒する。
……スゴい……としか俺の貧相なボキャブラリーでは表現出来ない。
だが、あえて視覚だけでも表現するなら、周囲に見える石壁の質感一つとっても、作り物臭さを微塵も感じさせないリアルそのものの量感と質感を見せているし、数メートル離れてるその壁の表面を伝う水滴の粒の一つ一つや、薄れて消えかかった蛸みたいな竜や、半魚人を象ったレリーフの細部に至るまでが、ワザワザ間近に寄らずともハッキリと見て取れるのだ。
これは、本来の視力よりも度の強い眼鏡を掛けた時に、遠くに見える看板に書かれている細かい文字やイラストまでもが、やたらクリアに読み取れる……あんな感覚に似ている。
……だから、この部屋を進んだ先の迷路も、自分の感覚に従うとウソみたいに簡単に進む事が出来た。更に湿度が増してジメジメした通路は床に幾つもの水溜まりを作っていて、もうピルグリム博士の血痕を残してはいない。
その上、進む度に分岐点や行き止まり、そして思い出したかの様な感覚でワナが仕掛けられていたが、俺はその悉くを余裕で潜り抜けた。
例えば、こんな具合に。
……背後から転がって追ってくる巨石と、踏むと壁から槍が飛び出す仕掛けの混合トラップを潜り抜けた先は、円形のホールだった。ここは地下墓地であるらしく、周囲の壁は獣人……おそらく喰屍鬼の骨で一杯の窪みが、不規則に天井近くまで並んでいる。
他には通路も階段も見当たらない。どうやらここで行き止まりの様だ。さっきの分岐を間違えたかな? いや、そんなハズは無い。あの片方の分岐からは、例の大きな触手の蠢く音が微かにだが聞こえた。あのまま進めば、マーシュ助手の二の舞だったろう。
どの道、背後の通路は例の巨石が塞いでしまった。このゲームの兆候としては、間違った選択肢を取ると、すぐにゲームオーバーになるように設計されている。あのトラップから結構進んでるが、未だに生きているのを考えれば、恐らくこのルートで合っているのだろう。
では、どこかに隠し通路があるのだろう。改めて、届く範囲で壁の窪みをチェック。ふむふむ? この床スレスレの窪みだけ骨が新しいな。骨の隙間からわずかに風が漏れているのを肌で感じる。
なら、これが通路? いや、わずかに例の触手が這いずる音が聞こえる。それに、ピルグリム博士がここを通ったのなら、骨が取り除かれているハズだ。だからきっと、これはトラップだろう。ダメダメ。
……お、天井際の窪みには骨が無いな。ランタンの明かりからギリギリ外れてるのが嫌らしいな。懐中電灯と併用しなければ、なかなか見つからなかっただろうね。
ランタンを消して……そろそろ油も僅かだ。節約しないと……懐中電灯を口にくわえて、他の窪みを足掛かりに例の窪みまで壁を上る。中々にコツの要る動作だったが、何とか例の窪みに顔を近づけてみれば、ここからも僅かだが空気が流れているのを感じる。異音も異臭も無し。
ならきっと、これが正解だろう。力付くで窪みによじ登り懐中電灯で先を照らすと、果たして窪みの先は、ずっと先まで続く直進の通路になっていた。大きさから言っても、バックパックを担ぎながら這って進めそうだ。俺はそのまま窪みの通路に入ると、見よう見まねの匍匐全身でゆっくりと通路を進んで行った。
……そんな訳で、俺は今、この大広間にたどり着いた。
ランタンに明かりを灯して周囲を照らすと、ここは前に星の精と戦った広間と変わらない広さを持っているみたいだ。床のマンホール状の上げ蓋から出てきた俺は、ちょうど広間の真ん中に出た形になる。
広間の壁面には、時計の文字盤みたいに十一の門が規則正しく並んでいて、十二時に当たる場所には巨大な石棺が鎮座している。何だろう? と、確かめようと石棺に近寄った途端、その数人掛かりでもビクともしなさそうな重い石の蓋が独りでに持ち上がった。
そして、前に嗅いだ事のあるヘドロの様な悪臭と、粘液めいた湿った音が棺の中から漂って来た。
……“落とし仔”か。チャプター2以来だな。あれだ、初期ステージのボスが後半の雑魚キャラとして再登場する、あんな感じか?
とは言え、コイツは雑魚扱いして良い怪物じゃ無い。ここは他の門に逃げるのが良策だろうが、どこだ?
……落とし仔の異臭の中から、ほのかに匂った別の臭いを頼りに、俺は棺の蓋が開くよりも早く本能的に十一時の方角の門を潜り、後も見ないでダッシュした。
暫くしてから、背後から落とし仔が……不定形の身体を回転させて……高速で追ってくる音が聞こえた。俺は追い付かれそうになる都度、古の印で威嚇して距離を稼いで逃げ続けたが、それでも次第に距離が詰まってくる。このままじゃジリ貧だ。
新しい打開策が必要だと感じた瞬間に、急に通路が石組みから天然の洞窟風に代わり、幅が十数メートルはある広大な通路に出た。通路の先まで明かりが届かない程の長さだが、ランタンが辛うじて照らす範囲の床に、十メートル近い裂け目と、朽ちかけた吊り橋が見えた。
橋は見るからにボロボロで、自分の体重を支える事が出来るかも怪しかったが、見た限りでは他に道は無い。覚悟を決めると、必死に今にも崩れそうなそれを一息で走り抜けた。
不安定な吊り橋を時に踏み抜きそうになりながらも、必死にバランスを取って、どうにか対岸の地面にたどり着く事が出来た。ロータスで強化された集中力とスピードが無ければ、こうまで早く橋を越える事は無理であっただろう。安堵の息を吐く間もなく、早くも落とし仔が追ってくる気配を感じて、背後を振り向いた。
ヤツはヘビみたいな形状に姿を変えて、ゆっくりではあるが確実に吊り橋を渡って来る。猶予は一分位か……まだ体力に余裕はあるから、また追い駆けっこを再開するのか? いや、そうじゃない。この位時間を稼げたなら……
俺はもう一回、古の印でヤツを怯ませて更に時間を稼ぐと、半ば朽ちている吊り橋のロープを急いで切り離しに掛かった。ヤツの自重のお陰もあって、二本目のロープを切断した時点で、吊り橋はあっけなく崩壊して、落とし仔ごと谷底の闇へと落下して行った。
……我ながら、ここまで上手く行くとは思わなかった。この調子なら、ノーミス行けるんじゃね? 俺は沸き上がる高揚感を抑え切れずに、思わず大声で哄笑を上げた。
何かに見つかるかも知れないが、構うもんか! この笑いは、このゲームに対する俺の挑戦だ!
今の俺は、その辺のモンスターになら負ける気がしない。俺はアロマの効果で素早く疲労を回復させると、まるでキンメリア人の勇者にでもなったかの様な気分でランタンを掲げながら、未知の地下空間を堂々と進んで行った。




