VRゲーム配信サイト“Storm”
宇宙空間に浮かぶ、広告を垂れ流す大型モニターだらけの古びた高層ビル。それがこの、会員制VRゲーム配信サイト「Storm」の外観だ。
暴力表現や戦闘描写を必要としない、非ゲームVR空間は大規制の適応外なので、背景とアバターに限り、リアルなCG表現が可能になっている。お陰で建物の細部や、外観を取り巻く色とりどりのモニターまでもが、クリアかつナチュラルに見える。さっきまでやってたゲームとは大違いだ。
VRMMOの全盛期には、ゲーム内でも、この程度のリアリティは普通に得られてたらしいのだが……。
まあいい。ロクに体験もしていない、過ぎ去りし栄光の時代を惜しんでる時間も勿体ない。俺は会員情報確認ウィンドウを呼び出して、アバター確認画面から、自分のVR上の姿をチェックした。
二十代後半の性格俳優っぽい、気難しそうな風貌の黒髪の細身の男。喪服を思わせる黒いスーツを、若干だらしなく着崩した姿。……何もかもが自分の実体とは正反対だ。
神経質そうな、文学青年崩れのハミ出し者……これは、俺が中学生の頃に憧れた姿の一つだ。俺は、アバターを過剰に飾る趣味は無いのだが、何一つ思い通りにならないこの御時世。せめてVR空間の中で位は、自分のなりたかった存在のコスプレをするくらいは許して欲しい。
それに他の会員との付き合い上、ここに登録すればデフォルトで配付される、Stormのロゴ入りのTシャツ姿のまんまと言うのも、やっぱり決まりが悪いしね。
とりあえず、アバターにおかしな所が無いのを確認してから、建物の外観を彩るモニター群を軽く一瞥する。
「ウィードシミュレータ、大規模アップデート!」
「バスティファンタジア、新規会員には願望石を十万個プレゼント!」
「VR漬けで身心がお疲れの貴方に、セイカン製薬のミードゴールド! 合法的な神経活性化成分に加え、一食分の必須栄養素、さらに希少ミネラルと、天然ハチミツ抽出成分を配合! VR体験と共に、貴方の心を星の果てまで……」
「大規制後のショボいVR体験にウンザリ? 大脳インプラントで、大規制前の美しきVR世界を取り戻そう! 日帰り手術も可(要予約)! 詳細はウェスト・ブレインクリニックまで、このモニターにアクセス!」
「三国戦国ハーレム学園大戦、アーリーアクセス百万件突破! 今ユーザー登録すれば何と! チーレムストーン百万個に加え、お好きなヒロインを無条件で十人までゲット! まずは、ココにアクセスしよう!」
「旧き良き時代の興奮と感動を貴方に……。ドラゴンテイルファンタジア」
ついさっきまでプレイしてたゲームの、いささか誇大じみた広告を見つけてしまった俺は、しかめっ面を作りながら、過剰なまでにアール・デコ様式で装飾された玄関へ向かう。扉の前に立っている、ドアボーイ姿のAI人形が俺を確認すると、恭しくお辞儀をしながら挨拶した。
「お帰りなさいませ、ガリンペイロ様。先日購入された“ドラゴンテイルファンタジー”は如何でした?」
ふん、メーカー側のビッグデータ目当てのアンケートか。まあいい、これも斜陽産業の涙ぐましい企業努力だ。協力してやるか。
「全然物足りない。今業界が模索するべきは、数少ないユーザーから小遣いを搾り取るDLCを考える事じゃなくて、規制撤廃への努力だ! もっと真面目にやれ! ……と伝えておいてくれ。どうせ聞いては貰えないだろうがね」
「承りました。……ガリンペイロ様へのお勧めゲームリストは、ダウンロード用カウンターに御用意しております。それでは、楽しい一時を」
そう言って、オートマトンがもう一度深々とお辞儀をすると、玄関の巨大な扉が重々しい音を立てて、独りでに開いた。
玄関を潜った俺の眼前には、広大なカジノが広がっていた。ここでは、ゲーム等の有料コンテンツを購入する事で得られる、Stormポイントを消費して、様々なカジノゲームを楽しめる。そうして賭けで勝って、さらに得られたポイントは、有料コンテンツを購入する際に現金の代わりになったり、アバターを飾る外観や服等を購入するのに用いられる。……無論、カネに余裕のあるユーザーは課金で済ませるのだが。
すでに必要なアバターを完成させている俺は、ポイントを増やせるルーレットやバカラ。特定のゲームの限定アイテムや、装備等が獲得出来るスロットマシンに熱中しているTシャツ君達を尻目に、カジノを通過する。俺が目指すのは、その奥のラウンジだ。
ここでは、カウンターでゲームを購入したり、ラウンジで他のユーザーと交流する事が出来る。とりあえず、早くゲームがしたいので、足早くバーを模したカウンターへ向かう俺に、ラウンジでくつろいでる何人かの顔馴染みが声をかけてきた。ここにいる連中は皆常連ばかりで、Tシャツ姿のビギナーはおらず、冒険者にガンマンに忍者に軍服に……誰もが思い思いの格好をしている。
「おう、久しぶり」
「相変わらず元気だな。頭にインプラントでも埋め込んだか?」
「さっきのレビュー見たよ。私もあのゲームは気になってたんだが、人柱になってくれてサンクス」
「さっそく新ゲームか? また気合いの入ったレビュー、期待してるよ」
俺は彼等にそっけない返事をしてラウンジを通りすぎた。レビュアーとして顔を売りたいなら、このラウンジの常連連中とは、もう少し親密な御付き合いをした方が良いのだが、連中の複雑怪奇な人間関係に巻き込まれるのは御免だったし、色々と拗らせた重度のオタク共と話して、知識の浅さを見抜かれるヘマはしたくない。……とっくに見抜かれてるのかもしれんが。
それに、気難しいキャラを作ってる以上は、あんまり他人と馴れ合うのも格好悪い。……もっとも、他者とのコミュニケーションが苦手なのは、素の性格に拠るモノなのだが……
ともあれ、ここでは俺はミジメな暮らしやパッとしない本名を忘れて、つかの間の刺激や快楽を追求できる。今の俺は、有象無象のゲームの山から、砂金にも等しい神ゲーを発掘する黄金採掘者でいられるのだ。
そして名レビュアーとして名を上げて、あわよくばどこかのネット番組からデビューを……まあ、無理だろうがね。もっと上手い事が言えるレビュアーなんて、沢山いるし。やっとデビューにこぎ着けたネットタレントでも、食えてないヤツが大半だって聞くし。……まあいい。甘い夢の一つでも持っていないと、このクソゲーみたいな世界で生きてくなんて不可能だ。
頭を降って嫌な考えを振り落とすと、バーカウンターを模した、ダウンロード用のカウンターの前に立った。ここで様々なVRゲームの中から、好きなモノをダウンロードできる。こんな面倒な事をしなくとも、パーソフォンから簡単にダウンロード出来るのだが、VRゲームであるなら、こう言う購入のスタイルに拘りたい。
「お帰りなさいませ。ガリンペイロ様へのお勧めゲームリストで御座います」
女バーテンダー姿のオートマトンが、挨拶と共に目の前の空間にお勧めゲームリストを表示した。まあ、こいつらのオススメなんて、いつも人気ランキング上位の、代わり映えのしないタイトルばかりだ。業者乙! ……ってね。
それを無視して、新着一覧から目を引くゲームを物色する。タイトルと、デモ動画が表示されたウィンドウ、それにメーカーの売り文句を素早く一瞥しながら、どんどんリストを読み進める。まさに、泥の中から砂金を探す作業に等しい行為と言えよう。
ふむ……。俺好みのダークファンタジー的な背景をバックに、黒い甲冑の騎士がドラゴンと戦うド派手なデモ動画に惹かれて、一本のゲームを選択した。
タイトルはダークスピリットRPG。有料コンテンツで、価格は五百円。メーカーは……個人製作か。まあいい。ここんとこ量産型の大作ゲーばっかだったし、一つ目先を変えてみるか。
俺はオートマトンに、このゲームの購入を伝えようとしたが、いきなり背後から
「止した方が良いですよ、ガリンペイロ。そいつは黄金どころか只のクソです」
……と声を掛けられた。