コズミック・ラビリンス(CHAPTER4:3)
……いや実際どうする?
どちらの入り口からも何も聞こえてこないし、ランタンでも懐中電灯でも暗闇の先を見通す事が出来ない。ピルグリム博士の手記からすると、すぐにでも重傷を負ったと思われる彼を追うべきとは思うんだが、未踏査だと言う反対の通路も気になる。うーん……
……あれこれ悩んだ末に、結局教授の後を追う事にした。よくよく手記を読み返してみると、反対の通路に入ったマーシュ君は、何か大きな物に襲われて死んだ様な事が書いてあったからだ。まあ、教授がこの先で無事でいるとも思えないが、危険度の低さと優先順位の高さから言えば、多分こっちだろう。
ランタンを手に入り口をくぐる。やはり天井が少し低い。じっとりと濡れた石組みの通路が、ゆるやかに下りながら延びている。滑らない様に気をつけながら、十数メートルくらい進んだところで、背後から低い唸り声と獣じみた悪臭が漂って来た。
……もう来たか。
拳銃を手に、入り口を振り返る。そこには何も見えないが、気配で分かる。デジタルが支配するVR空間内で気配と言うのも妙な表現だが、それでも魔犬がそこにいる事が、何故か分かる。
奇襲が失敗して戸惑ってるのか、ヤツはこの通路に入ってこない。だが、入り口を塞ぐみたいにして、そこから動く事もしない。まるで、この通路を選んだ選択を変更させない為に居座っているみたいだ。
拳銃が効く相手とも思えない。なら、古の印ならどうだ? そう思って、印の入っているポケットに手を伸ばすと、ヤツはハッキリと聞こえる敵意に満ちた唸り声を上げた。
警告か? ポケットから手を引っ込めて、二、三歩後ずさると、ヤツは唸るのを止めて、その場にうずくまるのが分かった。ヤツは印が効かない設定の敵性NPCかもしれない。死ぬのを承知で試してみるのも手だが、正直な話、今の俺はこのゲームの中で死ぬことが怖くなっていた。
このゲームの中で見た九玄太やアルベルトの幻。教授から聞かされた、呪いのVRゲームが実現可能だと言う話。勿論、その実在を裏付ける根拠も証拠も無い。だが今の俺には、どうしてもそれを完全に否定する事が出来ないのだ。
慎重にヤツから距離を取るが、通路に入ってくる気配は無い。遠ざかるにつれ気配が薄れて行く。どうやら、今のヤツの役割は出口を塞ぐ事なのだろう。そう割りきって、足早く通路を進んだ。
……結構歩いたと思うが、ここまでに怪物の襲撃も罠の類いも無く順調に進んでこれた。少々、拍子抜けだが、こっちも古の印や拳銃等で武装している。数にもよるが、今さら人面ネズミや喰屍鬼の類いが出てきても、撃退は容易だ。その程度の襲撃なら、かえってゲームのテンポを損なうだけと考えたのかも。
そんな事を考えてると、天井に頭をぶつけてしまった。また天井が低くなってきている。バックパックを背負ったまま、これ以上腰を屈めて歩くのはしんどい。やむを得ず、四つん這いに近い姿勢になって通路を進むと、行く手がY字に分岐しているのが見えた。
右側の通路の方が、僅かに狭い。左側の通路をランタンで照らすと、床に赤茶けた塗料……おそらく血で“P↑”と書かれてるのが判った。チャプター1で見たのと同じ目印だ。おそらく博士は左に進んだのだろう。
だが、反対の通路も気になる。背後からは何かが追ってくる音や気配は感じられない。博士の事も心配ではあったが、結局好奇心に負けて右側の通路に入る。
通路はさらに狭くなり、天井も背中のバックパックが時々つっかえる様になってきた。もし、ここで何かに襲われたら、ロクに身動きもとれずに殺されるかも……そんな事を考えてると、急に六畳間程度の小部屋に出た。
道はここで行き止まり。天井はやや高く、中腰で歩ける程度。入り口の対面に棚の様な窪みがあり、その上に小さな陶器の壺が置いてあった。壺の蓋は蝋か何かで厳重に密閉されている。形や大きさは、茶道に使う茶入れとか言うのを一回り大きくした感じか。
表面には、楔型文字が刻まれている。よく目をこらして見ると、文字の上に日本語で字幕が浮き上がった。ああそうか。プレイヤーは考古学者って設定だったっけ。で、なになに?
“見えないものを見よ”
これは……まさか! 俺は慌てて壺を手に取った。その瞬間、背後の入り口に石の落とし戸が降りて、大きな音と共に天井がゆっくりと下がって来た。
ちょ! 罠か!? このチャプターに入ってから遭遇して無かったんで油断した! 抜け道は無いのか? ダメだ! 探す時間が無い! どうしよう、どうすればいい?
そうだ!
苦し紛れに壺を元の窪みに戻すと、天井が停止して、再び上に戻っていく。同時に入り口の落とし戸も上がっていった。よく見ると、壺の置いてあった窪みの底面に仕掛けが施されてるのが判った。おそらく、重さを関知して、壺が持ち去られたら罠が発動するのだろう。
なら、どうする? 壺を取って、罠が発動する前にダッシュで部屋を出る? いや、落とし戸の速度は結構早かった。多分間に合わない。ならどうすれば?
……あ、そうか。簡単な事じゃ無いか。
しばらくして、俺は例の壺を持って無事に部屋を出る事ができた。それにしても、即死性の罠で無くて助かった。いわゆる“初見殺し”をしないのが、このゲームの良心だな。
そう思いつつ、俺は壁の窪みに壺に代わって水筒が鎮座する事になった部屋を一瞥して、悠々と元の分岐に戻っていった。




