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再戦と復讐

 どうにか鳥小屋の自分の棟にたどり着くと、整備不良のエレベーターを待たずに、自室の階まで全力で階段を駆け上がる。階下からは足音は聞こえてこない。ようやく諦めてくれたか……


 そんな俺の淡い願望を嘲笑うかの様に、踊り場の外から見える暗い夜空から、雨音を制して大きな羽ばたきの音が聞こえて来た。


「うわあああああああああああああっ!!」


 情けない悲鳴を上げながら、ようやく自室のドアにたどり着いた。あとは鍵を開けて中に逃げ込めば……相手は超常の存在だぞ? もしも扉や壁をすり抜けて襲って来たら……


 それに俺の予想が外れてて、もしも、あの“犬”が“猟犬”だったとしたら、どうする? おれの部屋には“(かど)”なんて山の様に在るぞ? もしそうだったら、たとえ部屋に逃げ込んでも……


 うるさい! 今は考えるな! とにかく今は部屋に逃げ込む事を考えろ!


 震える手でズボンのポケットから鍵を取り出したが、慌てるあまりに思わず取り落としてしまった。


「くそっ! くそくそくそくそっ!」


 悪態をつきながら、どうにか鍵を拾って、ドアノブの鍵穴に差し込もうとするが上手くいかない。鳥小屋を始めとしたローコストの住宅では、いまだに生体認証や電子ロック以前の、旧態依然としたアナログ鍵が、主流を占めている。


 これまでは、大して盗まれるモノも無かったので、鍵なんてモノに対して深刻に考えていなかったが、こうしてB級ホラーメディアさながらに、何かに追われながら必死で鍵を開けようとしている今となっては、自分のセキュリティ意識の低さを呪うより他は無かった。


 くそっ! 開け! 開け! 開け開け開け開け開け開け開け開け開け開けひらけひらけひらけひらけひらけひらけひらけひらけひらけひらけひらけ!


 お願い頼むから開いて! ひらいてええええええええええええええええええええええ!


 泣きそうになりながら、震える手で鍵穴に鍵を差し込もうとするが、慌てれば慌てるほど上手く行かない。猿みたいに、鍵を落としたり拾ったりする俺の背後に、何かの気配を感じ……俺は……その正体が半ば解っていながら、おそるおそる背後を振り向いた。


  人気(ひとけ)の無い、雨の夜の鳥小屋の外廊下。雨の降り込まない無味乾燥なコンクリートの廊下を、不自然なまでに明るい、白色LEDの照明が照らし出している。


 その明かりの下……まったく湿り気の無い廊下に、俺以外の濡れた足跡が四つ。


 大きな鉤爪を持つ、知る限り全く見覚えの無い、獣の足跡……廊下に漂う獣臭……何かの期待に満ちた、嗜虐的な唸り声……。でも、その姿は全く見えない。

 何も居ない(はずの)空間を、呆然と見守っていると、不意に、ピシャリという濡れた音と共に、前肢? が、乾いた廊下に新しい濡れた足跡を一つ付けて……


「ぎゃああああぁぁあああぁぁぁあぁぁあああああぁぁっ!」


 俺は背後を見ずに、必死に鍵をノブに差し込もうとして必死にあがいた。そして……


 カチン!


 やっと鍵が入った! 後の行動はほぼ一息だった。鍵を回して、ドアを開け、全力で中に転がり込み、目を閉じたまま、外を見ずにドアを閉めて鍵をかけた。


 ……


 ……


 ……


 ……合金製のドアに、何か大きな体を持った獣が体当たりする轟音や、鋭い鉤爪が引っ掻く音や、そうしてヤツがドアをブチ破った後に訪れるであろう、自分の無惨な最後を想像して、ドアの前で胎児の様に身を丸めて震えていたが、数分たっても何も起こらない。

 おそるおそる顔を上げたが、ドアの中にも外にもあの濃密だった獣の気配は感じられない。さらに時間をかけて、ドアスコープから外を見たが(さすがにドアを開ける度胸は無かった)、外には相変わらず降り続ける雨の夜空と、白々しく照らされた乾いた廊下が見えるだけだった。


 今にも乾いて消えようとしている、獣の足跡を別にしては。


 小さな悲鳴をあげてドアから離れると、漫画みたいに万年床に飛び込んで、布団を被って丸くなった。我ながら馬鹿みたいだが、現状ではこれ以上に身を守る術は無かった。


 しばらく、そうやって布団の中で震えていたが、それ以上は何も起こらない。いつの間にか、あの異様な獣の気配も消え失せているのを感じて、ようやく床から身を起こした。

 副作用の事がわずかに脳裏をよぎったが、それでもこの恐怖と不安から逃れたかったので、ロータスの香炉を最大目盛りに設定してスイッチを入れた。


 ……ロータスの香りに身をゆだねる事しばし。少し頭がボーッとするが、ようやく俺は安心感と平常心を取り戻す事が出来た。例の獣の気配も感じられない。どうやら、危機は脱したみたいだった。


危機……。俺はついさっきまで付きまとわれた怪異について、改めて考えてみた。


 VRホラゲーの中ならともかく、現実にHPL(ラヴクラフト)のフィクションの産物である筈の“魔犬”に追い回されたなんて、誰が信じる? だが、あの翼の巻き起こした風圧や、獣の臭いが只の幻覚や不安の産物だとは、もう認められない。やはり、あのゲームには只のVRホラーゲームや、脳力開発ゲーム以上の何かが隠されている。


 一昨日、教授が語ってくれた“呪われたVRゲームの作り方”の説明には、一つ抜けがあった。つまり、教授の説明は“VR空間内で掛けられた呪い、あるいはそう見せかけた人為的な仕掛けによって、プレーヤーがVR空間内で死ぬ”ケースに限った話で、“VR空間内で掛かった呪いによって、現実世界でプレーヤーが死ぬ”ケースには触れられていない。


 技術的に有り得ないなら、やはりオカルト的な原因なのだろうか? 今はまだそれは判らないが、きっと、九玄太やアルベルトやサキトは、あのゲームの中で何かの“呪い”に掛かって、ゲーム内か現実世界かのどちらかで、俺みたいに何かに襲われて……


 いや、サキトはホラーが苦手だったんだ。あのゲームをプレイしてるとは……


 あ。俺はサキトと最後に会った夜の、彼との会話を思い出した。


“一応、最初の方だけやったけどよ。なんか入り口と棺桶が並んでる所で色々調べてたら、ゾンビか獣人みたいなモンスターがこっちに殺到してきてよ。慌てて強制ログアウトしたわ! 二度とやんねーよ!”


 ……そうか、サキトも少しだけだがプレイしてたんだ。俺が、無理に勧めたばっかりに……


 ……ならば、俺のするべき事は明らかだ。それは、このゲームを解いて、一緒にこのゲームの中に隠された謎と呪いを解く事だ。おそらくStorm運営や警察に通報しても、目に見える手掛かりを残す様な連中ではないだろう。

 それに、教授も言ってたじゃないか。“何者かが、秘密をわざわざ迷宮で覆い隠すのは、実は他の何者かが、その秘密を探り当てる事を期待しての事かもしれない”と。ならば、あえて奴等の手に乗ってみよう。


 これは、おれ自身が助かる為の再戦(リベンジ)だが、アルベルト達の安否を探る行為でもある。このゲームをクリアした先に何が有るのかは判らないが、まずは呪いを解いてから、このふざけたゲームを作った奴等の正体と目的を突き止めて……そして、もしも本当にアルベルト達が死んでたとしたら……俺は必ずそいつらに復讐(リベンジ)してやるつもりだ。


 それに、どのみち“魔犬”の追跡を振り切る為の手掛かりは、VR空間(あっち)に在るしな。俺は覚悟を決めて、数日ぶりに机の上のVRヘッドセットに手を伸ばした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 猟犬だったらここで詰んでた…。(・・;
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