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“呪われた”VRゲームの作り方

「え……」


 予想外の答えに絶句した俺を見て、教授は笑いながら言う。


「おいおい。VRゲーム史を調べた事のある、君らしくも無いリアクションだね。先週の話を忘れたのかね? 事故や技術上の欠陥とはいえ、大規制前には実際にVRゲームで人は死んでいるんだよ」


「……あ」


「そもそもクリエイター側が、VRゲームの中でプレイヤーを実際に殺したいと思えば、何もVRヘッドセットに妙な細工を施したり、悪霊や邪神様のお力で、実際にゲームに呪いを込めたりする必要なんて無いんだ。“ただ、ありのまま”の体験をさせてやればいい」


「ただ、ありのままの……?」


 半ば呆然と返答を繰り返すだけの俺の反応を見た教授は、面白そうに笑いつつ、紅茶で舌を湿してから再び講釈を続けた。


「左様。剣や棍棒の一撃に、銃弾の直撃に、高速で突っ込んできた車両や落石の衝撃に、高所からの落下に、雷撃の魔法に、竜が吐き出す紅蓮の炎に、手榴弾や地雷の爆風に、エトセトラ・エトセトラ。先週した映画の話を覚えているかね? 単なる思い込みで人は死ぬこともあるんだ。まして、外部から人為的に擬似的な体感情報を、脳に直接送る事の出来るフルダイブ型のVRメディアに取って、それはより容易い事だろうね」


 俺は無言で教授の講義を拝聴する。


「無論、ゲームを含むVRメディアの黎明期から“それ”が実際に起きない様にと、ダメージや苦痛を喚起する表現には厳重な自己規制が掛けられていた。残念ながら、VRMMOの全盛期にそれが上手く働かなかったのが、今のVRゲームの衰退を招いたのだがね」


 しばしの沈黙。教授は、少し考える素振りをみせて先を続けた。


「……そうだね。これはあくまで大雑把な例えになるのだが」


 そう話す教授の口調は、いつになく重々しい。俺も思わず前のめりの姿勢になってしまう。


「ゲーム内で、ある場所や特定のキャラの攻撃に限って、即死を招く程の苦痛やショックをプレイヤーに与えてやる。何ならゲームの進行に関係なく、いきなり致死性の体感データを脳に送ってやっても良い。現実世界のプレイヤーは、この一撃でショック死を起こす。後は、この一撃を隠す為に、オカルト的なフレーバーで表面を覆ってやれば“プレイ中に死ぬと実際にプレイヤーが死ぬ、呪いのVRゲーム”の出来上がりだ」


 ひょっとしたら俺は思いがけずに、このゲームに隠された陰謀の核心にたどり着いたのか? たまらずに、俺は教授に矢継ぎ早に質問した。


「それでは、あの(コズミック)ゲーム(・ラビリンス)には、実際に人が死ぬ仕掛けが人為的に施されていたと? では、このゲームの版元が何らかの目的か悪意でこんな事を……」


 返って来たのは教授の笑い声だった。


「アッハッハッハッハッハ。君はひねくれている様で、案外単純(シンプル)だね、ガリンペイロ。言っただろう? これはあくまで大雑把な例えだと」


 それはそうだが……。困惑する俺を他所に、教授は愉快そうに紅茶を一口飲んでから、俺の問いに答える。


「考えてもみたまえ。仮に何らかの目的で何者かが、呪いのせいに見せかけて、実際に人が死ぬVRゲームを作成したとしても、所詮はダウンロード型のVRゲームなんだ。同じゲームで何人もの不審死が出れば、いつかはそのゲームを疑う者が現れるだろう。そうして当局によってゲームのプログラムを解析されてしまえば、それでゲームオーバーだ」


 まあ、それは確かに。


「それに、いくら“ザル”と揶揄(やゆ)されるStorm(ここ)の審査でも、いまだに大規制の影に怯えるここの運営や業界が、そんな人が死ぬ様な大きな瑕疵(かし)を見逃しはしないさ」


 ……確かに、例の大規制後にVRゲームそのもので、プレイヤーが死んだと言う話は聞いたことは無いが。


「あと、君が聞かせてくれた話に限って言えば、オンライン対応では無いオフゲーの中で知り合いの声が聞こえたと言うのはおかしな話だ。それには技術的、合理的な説明が付かない。もっと他の要素を疑ってみても良いだろうね。……例えば最近、何か新しい合法薬物(サプリメント)でも試してみたとか?」


 俺の表情を読んだのか、教授は得意気にニヤリと笑う。


「ははぁ、当てて見せようか? ……ロータスだろう?」


「……お見事です」


「アハハハハハ。大方、サキト君あたりのオススメだろう。仕方が無いな彼も。ロータスは合法だが、あれでも結構デリケートなサプリだから、人によっては馴れない内は悪夢を見たりすると注意したのに」


 ゲッ! 安全だって聞いてたのに、やっぱ副作用あるのかよ! 思わず腰を浮かせた俺を見て、教授はまた愉快そうに笑った。


「アッハハハハハハハハ。以外と心配性だね君は。まあ、一時的な作用だよ。アロマ程度ならすぐに落ち着くが、もし不安なら使用を止めた方が賢明だろうね」


 ……なら良いけど。教授の話を聴いてる内に、ひとまず落ち着きを取り戻した俺は、グラスに残ってたマティーニを飲み干してから、彼に礼を言った。


「ありがとうございます教授。それにしてもVR技術を駆使すれば、人為的に呪いのゲームを再現できるなんて驚きです。まるで魔法みたいだ」


「科学だよ、ガリンペイロ。まあ、基を正せばどちらも同じモノなのだが。……それにVR技術にしても、半世紀前に、いきなり現れた訳でもないしね。実際、フルダイブVR技術に不可欠な、他者の脳に電波等を使って直接情報をやり取りしたり、睡眠中の他者の夢に干渉したりする技術は、二十世紀の前半には既に発明されていたのだよ」


 また聞いた事もない話に呆気に取られる。まあ確かに、映画を観ただけでショック死した人の話も、先週教授に聞いたのが初めてではあったのだが……


「そんなに昔に? 信じられないお話ですね……」


「知られて無いだけさ。電球やモーターが発明される数百年前に、当時さして使い道の無かった発電機(エレキテル)が発明されていた様な物だよ。それに、脳に関する知識や理解も過去よりは深まっている。少なくとも、人の脳にスプーンやアイスピックを突き刺して、“精神外科”だと言い張っていた頃よりは多少は進化しているだろうね。使い方さえ間違えなければ、電気も、アイスピックも、VR技術も、全て便利で快適な生活を送る為の道具(ツール)に過ぎないさ。それに……」


 教授の講義を、深夜零時を告げるStormの時報が掻き消した。話の腰を折られた体になった彼は、バツが悪そうに笑いながら立ち上がる。


「失礼。もうこんな時間か。つい時間を忘れて話し込んでしまった。年寄りの長話に付き合って貰って、すまなかったね。私もサキト君やアルベルト君と話したい事があったのだが、夜更かしが出来ない老体の身でね。申し訳ないが、私はこれで失礼するよガリンペイロ」


 席を立って挨拶する俺に、ロウアウトする直前の教授は消え去る直前に、こっちを振り替えって、先週みたいに最後のアドバイスをくれた。


「何者かが、誰にも知られたくない秘密なり財宝なりを隠匿したければ、その辺の山奥にノーヒントでその秘密を埋めてしまえば、いちいち大掛かりな迷宮(ラビリンス)なんぞを造って、その奥に大層に仕舞い込むよりは、発見されるのは難しいだろう。それを、わざわざ迷宮で覆い隠すのは、実は他の何者かが、隠された迷宮の秘密を探り当てる事を期待しての事かもしれないね。……それでは、お休み」


 そう言い残すと教授は発光エフェクトと共に消えて、後には俺一人が取り残された。いつの間にか九玄太の取り巻き連中さえ居ない。一人ぼっちのラウンジで更に三十分ほど粘って見たが、結局誰も来なかったので、俺もアルベルトとサキトのアカウントに何度目かのメッセージを送ってからログアウトした。


 ……何となく頭が思い。こんな時には、最近の経験から言えば悪夢を見がちだ。一瞬、教授の警告が頭をよぎったが、結局、鎮静剤と眠剤を酒で流し込んでから、ロータスの香炉を点けて(一応、目盛りは弱にしておこう)寝てしまった。これくらいなら問題ないだろう。


 果たして狙い通り、悪夢を見る事無く眠りに落ちる事が出来た。……ただ、それでも何者かに追われるかの様なプレッシャーと、何か狼めいた獣の(うな)り声を聞いた様な気がしたのだが……

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[一言] なんか教授が混沌で無貌のファラオで黒人神父でうーにゃーなあいつに見えてきたぞ…。(・・;
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