強制退会処分
「なあ、アイツ九玄太じゃないか?」
サキトの台詞で気が付いた。ホントだ。俺の天敵レビュアーの清論亭九玄太だ。何時もの乙に澄ました、お上品な態度が微塵も無かったので、言われないと判らなかった。
何せ、入念に時間を掛けて、端正に造られたであろうヤツの顔は、今やゾンビみたいに苦痛に歪んだ表情に満ちていて、血の気が無い真っ白な顔色が一層アンデッドっぽさを引き立てていた。更に、結構堂に入ったゾンビ歩きでこちらに迫って来る様は、和服姿とのミスマッチも相まって一層不気味な雰囲気を醸し出している。
「なんか……いつもの彼とキャラ違いますね。……って言うかアバターがバグってませんか?」
それもアルベルトに言われて気が付いた。良く見ると、ヤツのアバターの和服が時々、軽いノイズと共に一瞬だけ別の服装に入れ替わっている。あれは……コズミック・ラビリンスの探検服?
困惑する俺達をよそに、ヤツはすぐそこまで近づいて来た。
「ガリンペイロ……ガリンペイロ……ガガリンペイロ……ガガガガガガガガ……」
俺の名をずっと呟きながら……。あ、これって……! でもまさか、そんな事が……
九玄太の異様な行動に、流石に俺達もソファーから立ち上がって警戒する。ヤツの奇行の意図が掴めず、困惑する俺の耳にサキトがそっと囁いた。
「何か良く分からんが、アイツのお目当てはオマエみたいだぞ。ヤバそうだし、ここはログアウトした方が良いんじゃないか?」
「いや、俺もヤツに聞きたい事が出来た。まあ、ラウンジで荒っぽい事はしないだろうし大丈夫だろ」
「おい……」
俺は仲間の制止を聞かず、一歩前に出た。ヤツも俺を認めると足を止めて、しばし睨み会う形になったが、ブツブツと俺の名を繰り返すばかりでラチが開かない。
「……よう、どうした九玄太。いつもとキャラが違うじゃ無いか? ひょっとして、ロータスでもキメてんのか?」
俺の軽口で、ヤツの虚ろだった眼に少しだけ光が戻り、今度は一転して敵意に満ちた表情で俺の事を睨み付けた。俺はと言えば、今すぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だったが、それでも一つだけ質問をした。
「な……なあ、バカな事を聞くけどさ。……ひょっとして俺達って、あのゲームの中で」
最後まで言う事は出来なかった。ヤツが奇声を上げながら飛びかかってきて、俺の顔面に一発、拳をくれたからだ。マジか!? このStormのラウンジで、いきなり殴ってくるとか強制退会処分が怖く無いのか?
殴られた痛みよりも衝撃で身動きが取れないでいた俺に、ヤツは喰屍鬼の様な素早い動きで飛びかかると、俺を床に押し倒した。アルベルト達が慌てて制止に入るが、ヤツは腕の一振りで二人を難なく払い除けると、その怪力で俺の襟首をギリギリと締め上げた。
「……おいガリンペイロ。このクソ頭が! お前……アレがどんなゲームか解ってて、あんなレビューを書いたのか? ……ふざけんなよクソが! このオレまで巻き込んで……こんな……こんな目に会わせやがって!」
憎しみに満ちたヤツの口調に、何時もの慇懃無礼な態度は微塵も無い。ひょっとして、コレが地の性格か?
「おい! 落ち着けよ九玄太! 自分が何やってんのか解ってんのか!?」
「そうですよ清論亭さん! ここでは暴力行為は厳禁ですよ! 何があったか知りませんが、貴方だってここでの活動はレビュアーとして大事でしょうに! とにかくガリンペイロから手を放して!」
必死に俺から引き剥がそうとヤツの体を必死に引っ張りながら、サキト達がヤツを説得するが、全く聞く耳を持たない。背後の連中を完全に無視して、俺の目の前に真っ白な顔を近づけると、熱に浮かされたみたいに一気に捲し立てた。
「ガリンペイロ。ひょっとしてお前、あのゲームがどんなモノか全然解ってないのか? ……なら、とんでも無い事をしてくれたな! オレはしくじった。お陰でログアウトしてもゲームが終わらない……。解るか? ログアウトが出来なくなったんじゃ無い。ログアウトしてもゲームが終わらないんだ! 解らないのかこの低学歴の糞頭! どうせ年収も二百万ないんだろクソ負け組が! クソクソクソクソクソ! お前らみたいなのがいなけりゃ、オレだってもっと高い所に行けたんだ! でもオレはしくじった。……あのクソ迷宮に捕らわれて逃げ出せなくなった。解るか? 戻れなくなったんだ……オレはもうお仕舞いなんだよ! それもこれもお前があのクソゲーのクソレビューさえ書かなけりゃ……」
暴力や戦闘行為を想定していないここでは、どれだけ殴られても絞められても、実際には痛くも苦しくもない。だが、俺はヤツの怒りと言うか……狂気に完全に呑まれて身動き一つ取れなかった。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね! クソがクソがクソがクソが! せめてお前だけでも道連れにしなけりゃ、俺の気が済ま……」
九玄太のアバターが次第に薄らいで行く。その変化に気付いたヤツは力無く俺の襟首から手を放すと、あっさりとサキト達に引っ張られて、床に転がった。
俺達とラウンジの野次馬が無言で見守る中、ヤツはヨロヨロと起き上がった。もはや、その姿は向こう側が見える位に薄らいでいて、和服は大きなノイズと共に、完全に例の探検服に変じてしまった。
「いやだ! 戻りたくない! いやだ助けてくれガリンペイロ! いやだぁ! 迷宮に戻るのはイヤだあああああああああああああああああ!」
清論亭九玄太はStormから、永遠にその姿を消した。どうやら野次馬の誰かが通報した為に、ヤツは強制退会処分を喰らった様だ。実際に人がBANされるのを見るのは初めてだったが。
ともあれ、これで俺にとって目障りな存在が消えたワケだが、素直に喜べなかった。何故なら、俺がヤツに出来なかった質問の答えが未だに解らないままだったからだ。
チャプター2の途中の分岐で暗闇から聞こえた悲鳴、そして昨夜の悪夢の中で聞こえた俺を呼ぶ声……
俺には、その声の主が九玄太に似てる様に思えたのだ……