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コズミック・ラビリンス(CHAPTER2:4)

 扉の先は円形の大広間になっていて、一見した所ここで行き止まりみたいだ。扉が閉ざされた為か、一層悪臭が強くなった。ドーム状の室内は、床も壁も黒い石で組まれていて、一切の装飾が無い。


 室内でまず目に付くのは、広間の中央にデンと鎮座している大きな金属製の鉢だ。これが悪臭の発生源だろうか? まずは、コレから調べてみよう。


 鉢は、俺の股下くらいの高さの、獣の前肢に似せて作られた三本の脚で支えられており、鉢の本体は、直径三メートル、深さは一メートルちょい。全体に怪物の顔を象った微細な彫刻が施されていて、古代中国の……なんて言ったっけ……そう、(かなえ)みたいな外観に近い。恐る恐る鉢の中を覗き込むと、中にはドス黒いタール状の粘液で満たされていて、耐え難い悪臭を放っていた。やっぱりコレが原因か。


 ……なんだっけコレ? こんなシチュエーションを昔、読んだ気がする。HPL(ラヴクラウト)じゃ無い、他の誰かの短編だ。誰だったか思い出せない! クソッ! こんな事になるんだったら、HPL以外の作品も熱心に読んどくんだったぜ! まあ、もし思い出せても、この状況で役に立つかは判んないけどな!


 ひとまず気を取り直して、鉢の向こう側、今来た入り口の反対側へ向かう。そこには、鉢の影に隠れてて気付かなかったが、やはり緑青にまみれた金属製の小さな祭壇が鎮座していて、その上には、同じ金属製の小箱が置いてあった。これは、どう見ても重要アイテムが入っているに違いない。


 同時にワナの匂いもプンプンするが……


 それにしても、扉も祭壇も箱も緑青に覆われてるのに、例の鉢だけが、まるで新品みたいに光沢を放っているのが気にかかる。明らかに、この鉢に満たされたタール状の何かがヤバい。だが、他には何も無さそうなので、俺は背後の鉢に警戒しつつ、恐る恐る祭壇に近づいて箱を調べてみる事にした。


 箱は片手で持ち上げられる位の大きさで、本体と(ふた)に別れていて、鍵穴は無く、裏には蝶番(ちょうつがい)があるので、普通に蓋を開ける事が出来そうに見える。

 しばらく悩んだ末に、思いきって箱を開けてみる事にした。運が良ければ、この状況を打開出来るアイテムが入ってるかもしれない。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。……さあ、開け!


 ……開かない!?


 ウッソだろお前!? 覚悟させといて、そんなんアリかよ! 蓋が錆び付いてるのか!? なんとか蓋を開けようと四苦八苦してる内に、不意に背後に不吉な気配を感じた。しまった。箱に夢中になる余りに、つい鉢への警戒を怠ってしまった。


 ……恐る恐る振り返ると、鉢の中から例の黒い物体が悪臭を撒き散らしながら、ゆっくりと這い出して来る所だった。

 

 そいつはドロドロした不定形の体から、鉤爪の付いた偽足を無数に発生させて、それを次々に繰り出しながら、見た目よりも俊敏な動作で床に降りて来た。最後に巨大な単眼と口を持つ、ブヨブヨの頭部が鉢から現れるのを呆然と見つめながら……


 あ、このシチュエーションの元ネタを思い出した。スミスの短編だわ。


 ……等と、他人事の様に考えていた。


 今や俺は、完全にこのゲームの恐怖演出に呑まれていて、身動き一つ出来ないでいた。同時に、大規制前の黄金時代からVRゲーム界に置いて、ホラージャンルが全く流行らなかった理由が、ハッキリと理解出来ていた。


「ここまでリアルな演出は求めてねぇ! 怖すぎるんだよ!」


 俺の叫びも虚しく、ヤツは俺に覆い被さるみたいに飛びかかって……視界一杯に、おぞましい巨大な口が……


 …………


 GAME OVER


 ゲームを再開しますか? (YES/NO)


 …………


 ……そう言えば、ちゃんとゲームオーバー画面を見たのは、初めてだなぁ。前回は、喰屍鬼に喰われたショックで強制ログアウトして逃げちゃったからなぁ。そうして見ると、俺も大分成長したなって……


 じゃねぇよ! YESだ! イエスイエスイエスイエスイエスイエス!! プレイ時間から言っても、ここがこのチャプターの大詰めだろ。ここまで来て泣き寝入り出来るかよ!


 ……俺は再びドーム状の大広間に降り立った。よかった。途中で死んでも、チャプターの最初からやり直す形式じゃ無くて、進展がある度に途中でオートセーブされる仕様みたいだ。なら、この大広間のどこかに箱を開ける手段があると言う事か? それとも他に突破口がある……?


 鉢に警戒しながら目に付く限りの床や壁を調べて見たが、何の手がかりも得られなかった。だが、結構な時間をかけて広間を調べたつもりだったが、その間、例のヘドロ野郎は全く鉢から出てくる素振りも見せなかった。


 もしかして……。俺は鉢の方に眼をやりながら、小箱を持ち上げた。思ったよりも軽い。


 予想通り、鉢の縁からヘドロ野郎が黒い風船みたいに膨らみながら、その姿を現した。なるほど、箱に触ると動き出すのか。でも、それが判ったとしてどうする? 多分、この箱の中にヘドロ野郎を撃退するアイテムか、ここから脱出出来るカギの類いが入ってるに違いない。でも肝心の箱が開かない。どうすればいい? どうすれば……


 クソッ! こうなりゃヤケだ! 俺はこの箱の中身が箱に入ったままでも、ヤツに何らかの効果を与える事を期待して、箱をそのままヤツに向かってブン投げた。


 が、期待も虚しく、箱はヤツの体の表面に埋まり込むと、そのまま体内に呑み込まれてしまった。そしてヤツは俺に無数の鉤爪付き偽足を繰り出して……


 ……


 GAME OVER


 ゲームを再開しますか? (YES/NO)


 ……


 ……NOで。リアル過ぎる演出のせいか、このゲームは死んだ時の精神的な負担が大きい。間を置かずに二連続で死ぬと、かなり堪える。明日も仕事があるし、今夜はここまでにしよう。


 ……


 “お疲れ様でした。それでは良い夢を……”


 ……


 やかましいわ! 俺はログアウト時のメッセージに悪態を吐くと、ヘッドセットを脱ぎ捨てて、そのまま寝てしまった。


 ……それが良く無かったのか、また悪夢を見てしまった。俺はまた暗い迷宮を何かから逃げ回っている。背後の暗闇からは、また例の聞いたことの有る誰かの声が、必死に俺の名を……本名じゃなくて、ガリンペイロの方を呼んでいる。

 だが、俺は背後の闇が……もっと言えば闇に潜む何かが恐ろしくて、声を無視して逃げ続ける。やがて、その声が苦痛に満ちた絶叫となって暗闇を満たし……そこで目が覚めた。

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