コズミック・ラビリンス(CHAPTER2:3)
通路の先は幾つも道が分岐していて、ようやく迷宮らしくなってきた。幾つかの分岐した通路は、分かれてからすぐに行き止まりになっている。多分、そんなに複雑なマップじゃない。
だが、こうして普通にさ迷っている分には問題は無いが、また何かに追われた時には、こう言った袋小路に迷い込まない様にしないと。俺は出来るだけ迷路の間取りを頭に入れながら先に進んだ。
しばらく、そうやって迷路をさ迷っていると、微かな……何とも言えない不快な臭いを感じた。変化の無い分岐に半ば飽きていた俺は、変化を求めてその臭いの大元と思われる分岐に入り、しばらく進んでいると、唐突に白骨が散らばる広間に出た。
骸骨は惨殺死体よりもグロく無い、と言う解釈なのだろうか規制によるボカシは入っていない。確かに、懐中電灯で照らした時のショックも死体程じゃなかったが……それでも唐突に出てくると心臓に悪い。
気持ちを落ち着けて改めて骨を調べてみると、みんな綺麗に形を保っていて、まるで酸か薬品で溶かされたみたいに綺麗な状態だった。一方で全身が砕けたり押し潰されたみたいに破損している骸骨もあって、これも綺麗に漂白されてる点では一緒だった。
俺はそんな事の出来る存在に幾つか心当たりはあったが、その大半がナイフや拳銃では対処出来ない連中なので、一先ずそいつらの事は棚上げする事にした。
更に調べると、比較的形が残った骸骨が、粘土板の欠片を握り締めていた。指の骨を開いて……イヤな感触だ……新たな欠片を入手した。上の階で手に入れた欠片をバックパックから取り出して合わせてみると、ピッタリ嵌まったばかりか、完全に一体化して離れなくなってしまった。
相変わらず、表面の楔型文字の意味は判らないが、もし欠片が全部揃えば、多分タブレットPC位の大きさになるだろう、と勝手にアタリを付けてみた。するとまだ三分の一位か。
この広間は行き止まりだったので、再び道に戻る。更に幾つかの分岐を抜けて行くと、床に血痕を見つけた。触れてみたが赤黒く乾いていて、しばらく時間が経ったものみたいだ。他に当ても無いので辿って行くと、さっきの広間とは別の悪臭が漂ってきた。
広間のは腐臭と言うかドブみたいな臭いだったが、今度のは獣臭っぽい。あと、血の臭いか。すると、この臭いの主は……はたして、懐中電灯の明かりの中に血まみれの骸骨と、その骨をしゃぶるのに夢中になってる三匹の喰屍鬼の姿が飛び込んできた。
俺は、奴等が光に怯んだスキを突いて拳銃を発射した。実際には、恐怖の余りの半ば反射的な行動だったんだが……。銃声は轟音となって通路一杯に反響し、その場にいた者は、皆耳を塞いで動けなくなってしまった。肝心の弾丸は上に反れ、天井で火花を散らして明後日の方へ飛んでってしまった様だ。
俺と喰屍鬼の両方がそうして暫く硬直していたが、一瞬先に動いたのは俺の方だった。勿論、来た道を全力でダッシュする。……銃を撃った右手首と鼓膜がジンジンと痛む。こんな所まで忠実に再現しなくても良いだろうに。
……早くも後ろから奴等が追ってくる足音と野犬みたいな息遣いが聞こえてきた。俺は距離を取る目的で、背後の連中に懐中電灯を照射する。血に餓えた喰屍鬼共は、光に怯みつつも、押し合い圧し合いしながらこっちに殺到している様で、お互いの体が邪魔で狭い通路に突っかえ気味だ。
これなら定期的に懐中電灯を照らしてやれば、この重い体でも距離は取れるが、限界はある。多分、どこかに奴等を完全に引き離す事が出来る場所が在るはずだ。
慌てるな……これは現実じゃない。VR空間内での五感を鍛える事が目的の、VR脳力開発ゲームだ。ならば脳力開発の真偽に係わらず、窮地に陥った際に当てになるのは、己の感覚……!
こう言う時こそ、集中するべきは背後の喰屍鬼よりも、視聴覚とその他モロモロの感覚! 思い出せ! これまでも単調な展開の中に音や匂い等、何か引っ掛かる五感の反応がゲームの進展を……良くも悪しくも……促して来た。
なら見逃すな! 僅かな変化の兆しも! 教授も言ってたじゃないか! 生き残るには変化の兆しを見逃すなって!
……兆しは、程無く訪れた。必死で逃げる俺の鼻先に、例のドブ臭い腐臭が漂った。発生源は、すぐ右手にある通路の入り口……これが変化の兆しか? でも、この匂いの主は恐らくさっきの広間の白骨の山を築いた何者かだろう。
あるいは、この通路はさっきの広間……行き止まりへの入り口じゃ無かったか? もしそうなら、俺は自ら袋小路に飛び込む事になるんだが……
だが、さっきの通路よりも、この匂いは強く、生臭ささえ加わっている様に思われる。じゃあ、余計にヤバい気もするが、どの道この先は記憶する限りは逃げ道は無い。なら、一か八かだ!
俺は悪臭のする通路に飛び込んでしばらく走ると、また懐中電灯を奴等の方に向けた。……すると、奴等は、この通路の入り口に立ったまま此方を睨み付けるばかりだった。
奴等は、その入り口のアーチから先には入れない様だった。まるで、この奥にある何かを怖れているかの様に。……そうして俺たちは暫くの間、にらみ合いを続けていたが、やがて奴等は唸りながら後ずさりして、そのまま逃げて行った。
助かった……のか?
俺はひとまず、壁にもたれて荒い呼吸を整えた。当面の驚異は去ったが、俺は未だに安堵を覚えられないでいた。何故ならここまで、しつっこく追ってきた喰屍鬼共が、俺がこの通路に入った途端に追跡を諦めると言うことは、この通路の奥にいるであろう“何か”の方が、もっと危険だと考えられるからだ。
しかし、隠し扉を見逃したので無ければ、もう、この通路しか選択肢が無い。なに、どんな危険が待ってても所詮はゲームだ。本当に死ぬワケじゃない。俺は自分に言い聞かせて先を進んだ。
すると、すぐに俺の目の前に、緑青まみれの金属製の扉が現れた。それはまるで、生贄を招き入れるかの様に半開きになっていて、どうにか人が入れる位の隙間がある。
扉の表面には、細密に彫刻された、毛むくじゃらの膨れ上がったヒキガエルみたいな怪物が彫刻されていて、そのおぞましい姿が一層不安を掻き立てた。
しかし他に選択肢の無い俺は、恐る恐る扉の隙間を潜り抜けた。その次の瞬間、俺の背後で独りでに、重い音を立てて扉が閉じた。慌てて押したり引いたりしてみたがビクともしない。畜生! 自分から邪神か何かの胃袋に飛び込んだか。
まあ、まだ罠と決まったワケじゃない。俺は覚悟を決めて、扉の先へと進んだ。