コズミック・ラビリンス(CHAPTER2:1)
仕事を終えてから、移民が経営してる中華料理屋で簡単に晩飯を済ませ、ドラッグストアで買い物をしてから鶏小屋の自室に帰りついた頃には、外は完全に暗くなっていた。灯りを点けて、買ってきたエナドリや酒なんかを冷蔵庫に入れ、ザッとシャワーを浴びて、部屋着に着替える。
一息ついた俺は、早速VRヘッドセットを取り出してナビに接続した。朝からずっと待ちわびた瞬間だ。はやる気持ちを抑えて、すぐにコズミック・ラビリンスにログイン。ゴーグルで閉ざされた暗い視界に火花が走り、俺の意識は瞬時にVR空間へとダイブした。
タイトル画面からロードのアイコンをタップして、セーブデータを呼び出す。すると“CHAPTER2(開始地点)”と書かれたファイルが眼前に現れた。どうやら、セーブファイルは一つしか無いみたいだ。他に選択肢も無いし、俺はファイルをタップしてセーブデータをロードする。
“LOADING……”
待つこと数秒。次の瞬間、俺は懐中電灯を手に、狭い石造りの小部屋に立っていた。そうそう。前回は喰屍鬼の群れに追われて、ここに逃げ込んだんだった。落とし戸の向こうからは、もう何の物音もしないが、諦めて引き返したのか? 落とし戸のレバーを引き上げれば、多分戸が上がって奴等が居るかどうかを確かめることは出来るだろうが……止めておこう。
なら、どうしよう? 改めて、懐中電灯を周囲に巡らせる。前回までいた大廊下に比べて、ここには一切の装飾が無い。壁も床も天井も、大小様々な石が不規則に組合わさった造りになっていて、石同士の隙間は殆ど無く、カミソリの刃すら入らない程に密着している。ピルグリム博士は、レバーの存在を示す矢印を書くだけで精一杯だったのか、他には何のメッセージも見当たらない。
完全に行き止まりだ。ここに来るまでに、何か見逃してしまったか? いや、それならCHAPTER1がクリア扱いにならないだろう。……多分。
なら、やはりこの狭い空間に、先へ進む為のヒントが隠されているに違いない。俺は自分にそう言い聞かせて、無機質な石の壁や床を、自らの五感を頼りに調べ始めた。……それから体感時間にして十分くらい経った頃だろうか? 突き当たりの壁を調べていた俺は、床に近い箇所にある組石の隙間から、僅かだが冷たい風が吹き込んでいることに気がついた。
この石の奥に空洞があるのか? ならば、近くに何か手がかりがあるかもしれない。そう考えた俺は、程無く近くの壁面に組み込まれた小さな石の表面が、他に比べて、磨かれたかの様な光沢を帯びている事に気がついた。まるで、今までに多くの人々か何かがこの石に触れたかの様に……
それが意味する事は明らかだ。俺は、その小さな石を両手で思いっきり押し込んだ。思った通り、その石は壁面よりも奥に押し込まれ、同時に何か大きな仕掛けが動くような音がすると、例の風が吹き込んできた隙間を持つ巨石が、大きな音を立てながら一メートル位後ろに下がり、次いで横にスライドした。その先には、闇を湛えた細い通路がずっと奥まで続いていた。
「ぃよっし!」
軽くガッツポーズを決めて、懐中電灯を通路に向けて照らす。やはり、かなり奥まで続いているらしく、突き当たりの壁などは見えない。他に選択肢も無さそうだし、一応警戒しながら通路の中に侵入した。
……
……体感時間にして、五分か十分は歩いただろうか? 通路は不規則に曲がりくねりながら、緩やかに下っている。恐らく、この通路の入り口よりも結構な深さに達していると思う。これから、こんな調子で更に地下へと下って行くのだろうか?
相変わらず体が重い。二日酔いにも似た倦怠感も相変わらず付きまとうが、前回のプレイに比べれば、幾分か楽に動けてる気もする。これも教授が言ってた脳力の賜物ってヤツか? いやいやいやいや。脳力開発はオカルトだって常々言ってたのは、俺自身でしょうが。九玄太への対抗意識で脳力開発に肯定的になるってのは、本末転倒と
無造作に床を照らしてた懐中電灯の光の輪の中に、唐突に血まみれの男の顔が飛び込んで来た。
「うわあぁっ!?」
埒もない考え事に気を取られていた時に、完全に不意打ちを食らった俺は、我ながら情けない悲鳴を上げながら床に尻餅をついてしまった。その際に取り落としてしまった懐中電灯は、床の上を転がって、血まみれの顔の主……無惨に引き裂かれた惨殺死体を照らし出した。
「はぁあっ! ……はあっ! はあっ! はあっ! ……はぁっ!」
何度か深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、懐中電灯を拾うと壁にすがる形でゆっくりと立ち上がった。そしてもう一度深呼吸して精神を落ち着けると、改めて灯りを死体に向けて照らした。
死体はさっきとは違い、残酷描写規制によるボカシに被われて、全体がハッキリと見えなくなっていた。クソッ! 一瞬だけ見せるのは、表現規制の適用ギリギリって所か。
死体は、ボカシの為にハッキリとは判らないが、どうやら俺と同じ探検服を身に着けているらしい。なら、先に行ったピルグリム博士のお仲間か。全身は酷く損傷していて、手足が欠損している様にも見える。まるで、野獣か何かが喰い散らかしたかの様な。……ひょっとしたら、ここにも喰屍鬼がいるのか? それとももっと危険な何かが……
慌てて周囲を照らしつつ暗闇に耳を澄ませたが、今の所、何の気配も無い。だが、長居は禁物だろう。俺は他に手がかりは無いか、手早く死体の周囲を探ってみた。すると、死体の近くに何かの欠片が落ちているのに気が付いた。拾ってみると、それは手のひら大の石板……いや、粘土板の欠片らしかった。表面には、いわゆる楔型文字がビッシリと刻まれている。当然の事ながら、俺には全く解読出来ない。
これは、きっとアレだ。他にもこんな感じの欠片が幾つも、この迷宮のどこかに落ちていて、全部見つけて繋げないと何の役にも立たないと言う、このゲームの攻略に必要なキーアイテムの類いに違いない。
ふむ……
……俺は、このゲームを今の所は面白いと思っているし、九玄太と、ヤツのレビューもクソだと思ってる。だが、たった一ヶ所の点では、ヤツと見解の一致を見い出してしまってもいた。すなわち……
「このゲームって、やっぱりADVだよなあ。RPGじゃあ、無いよなあ……」