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ドラゴンテイルファンタジー(最終章:CLEAR)

土曜日

 ……ついに俺は、最終ダンジョンの最下層の最奥に潜むドラゴンの棲み家に辿り着いた。


 大手ゲームメーカー、バンダム・エニクセア社製のVRRPG最新作“ドラゴンテイルファンタジー”を始めてから、ほぼ一ヶ月。VR空間内の体感時間にして三ヶ月ちょい。ここに至るまでに、実に様々な苦難や強敵に見舞われたのだが、今一つ俺には、その実感が感じられない。


 決して出来が悪い訳じゃない。ここに至るまでの、様々なイベントの出来も。今、目の前に広がる、焼け焦げた人骨が積み上げられた、おどろおどろしいドラゴンの棲み家の造りも。今、俺が身に付けている剣や鎧の造形も。

 そして今、俺の目の前で大見得を切って、ここがお前の最後の場所だとかの口上を述べるドラゴン……凶竜王グランイーヴルだったかな? の、妥協して見れば、それなりに生きているかの様な姿形も。まあ、今の御時世にしては上出来だ。


 だがなあ……


 いきなり、俺の周囲が緑色の業火に包まれ、視界の端に見えるHPゲージが三分の一程削られてしまった。いつの間にか口上を終えたドラゴンが、炎のブレスを吐いた様だった。大規制後(ポスト・アポカリプス)のヌルゲーとは言え、いくら何でも油断しすぎた。


「アイテムウィンドウ・オープン! アイテム、エリクサー使用! 続いて、アンチフレイム・タリスマン、アンチマジック・タリスマン使用! アイテムウィンドウ・クローズ!」


 俺は、口頭モードでアイテムを使用し、エリクサーでHPを最大限まで回復させると、炎と魔法の耐性を上げるアイテムを使用して、ドラゴンに斬りかかった。

 ちなみに、何の備えもなくラスボスの炎のブレスの直撃を受けて、大ダメージを受けた俺なのだが、全く痛くも痒くも無ければ、ぬるま湯程度の熱さすら無い。更に言えば、炎のエフェクトだけ極端に解像度を落とした、チャチな造りになっている。


「グハハハハハハ! どうした! お前の実力はその程度か? かつて我を封じた勇者の末裔も、もはや我の敵では無い様だな!」


 複数のアイテムを使う間に、もう一回くらい追加攻撃があっても良さそうなモノだが、ドラゴンは嘲りの言葉を並べるだけで、こちらに攻撃してこない。挑発や余裕アピールの様に見えるが、NPCには体感時間にして一分間あたりの攻撃回数が、業界団体の自主規制によって厳密に決められている。

 その間、ただボケッと突っ立っているのも何なので、こうしてセリフで時間稼ぎをしている……と言うのが見え見えで、全く制作者側の苦労が偲ばれると言うものだ。


 だが、それは制作者の都合であって、プレイヤーの都合では無い。俺は、緩慢なドラゴンの攻撃をかわしながら、的確に剣でダメージを与えていく。ドラゴンの腹に思いっきり剣を斬り付けようが、尻尾や翼を切断しようが、大袈裟な光のエフェクトや効果音が入るだけで、剣を握る手には、豆腐を切った程の手応えも感じられない。勿論、飛び散る血飛沫や肉片の表現なんて(もっ)ての他だ。


 VRゲーム初心者ならともかく、俺みたいなある程度の熟練者なら、難無くかわせてしまう速度のボスキャラの攻撃を敢えて喰らってみても、猫に叩かれた程度の痛みも衝撃も感じない。


 凶悪な鉤爪も、短剣の様な牙がびっしりと並んだ大きな顎も、俺の身体に触れる前に消滅して、大袈裟なエフェクトとHPゲージの現象だけが、俺がドラゴンに引っ掻かれたり、噛み付かれたりした事を伝えてくれる。お陰で衝撃も苦痛も無いが、その代わりに緊迫感も危機感も感じられない。


 これ以上、何の変化もイベントも無さそうだし、もう充分だろう。俺は我ながら鮮やかな連撃で、一気にドラゴンを倒した。最初のブレスを喰らってから十分もかかって無いが、まあ、こんなもんだろう。


 あとは、お決まりのエピローグ。王様や民の祝福を受け、お姫様と結婚してエンディング。俺はウエディングドレス姿の美姫を抱擁し、幸せなキスをして終了……となる前に視界が暗転して、感動的なBGMと共にスタッフロールが流れ始めた。


 巨乳で美尻のお姫様を、思いっきり抱き締めた感触は、抱き枕を軽く抱いた程にも無し。残酷描写とかダメージ表現よりも、性的な表現の規制のが厳しいから仕方ないね。現状、これでもキワドイくらいだよね。でもね……


(むな)しい……」


 俺は、エンドマークを待たずにログアウトして、バイザー付きのヘッドギアと言った形の、VRメディア体感用のヘッドセットを脱ぎ捨てた。目蓋を開けた俺の視界に、さっきまでのチャチなVR空間よりも味気ない現実の風景が飛び込んできた。


 鶏小屋と揶揄される、低所得者専用共同住宅の六畳間の、傷だらけの家具とゴミで埋め尽くされた部屋に、窓の外には黄昏時の薄暗い空を背景に、同じ鶏小屋の真四角なシルエットがどこまでも続いている。


 二十一世紀末の、この空と同じように黄昏(たそがれ)た御時世について、大昔のSF作家や漫画家や予言者共は、あれこれと好き勝手な予測や予言を垂れたが、その殆どが大ハズレだった。


 この世界は、外宇宙どころか火星や月にさえロクに進出していないし、バカでかい人型ロボットがドンパチもしていない。ゾンビやモヒカンで溢れるヒャッハーな世界でも無いし、幸か不幸か滅亡もしていない。


 だが、二つだけ当たった事がある。


 一つは、この世界が案の定、ディストピアと化した事。


 そしてもう一つは、VR技術が発展して、社会のあらゆる場所に浸透した事だ。

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