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ぼっちなんだが、隣の転校生に心を読まれまくって困っている  作者: 志田 志摩
真夏のポーカーフェイス
8/17

夏カレー

新章です

 七月中旬。夏休みを翌日に控えていたある日のこと。


 夏休み前ということもあり、高校の授業は午前中で終了した。明日からはいよいよ夏休みだ。


 今年の夏休みはこれまでとは違う。何と俺に、影薄過ぎて友達どころか知り合いもほとんどいなかった俺に、橋立天乃という友達ができたのだ! 初の友達ありでの夏休みに、俺のテンションは最高潮。の、筈だったのだが……。


「……暑い」


 真夏の溶けるような暑さに、上がるものも上がらなくなっていた。何だよこの暑さ、もう異常気象だよ。


 それでも、何とか橋立と約束を取り付けようと思い、帰り際に声をかけた。


「なぁ橋立」

「ん? なーにー?」

「この後予定とかあるか?」


 俺の問いかけに、橋立は両手をぱちんと合わせて応える。


「ごめんね、今日はこれからクラスの子と遊ぶの」

「あ……そうっすか」


 どうやら先約があったらしい。そりゃそうだよな。俺にとって橋立は唯一の友達だが、橋立にとって俺は、数いる友達の一人に過ぎない。調子に乗んな俺。


「おーいあまのっちー、行こー」

「あ、うん!」


 2人の女子が、向こうから手を振っている。橋立はそっちに駆け出して行った。しかしその途中で立ち止まり、振り向いた。

 ただ振り向いただけだが、俺にはまるで、その一瞬がスローモーションになったかのように感じた。

 ……なんで振り向いただけでこんなに絵になるんだ、こいつは。


「またねわたりくん。夏休み、絶対に遊びに行こうね」

「お……おう!」


 こういう不意打ちは本当にドキッとする。でもまぁとりあえず……よぉぉぉし!


 夏休みへのわずかな希望を残し、俺と橋立は別れた。



 ◆



 帰り道、溶けそうになっている身体を何とか維持して歩いた。


 あ、橋立と連絡先交換してない、これじゃ連絡の手段無いじゃん……。


 希望ある夏休みの筈が、いきなり壁にぶち当たった。


 橋立の家は、前に送ったことがあるから把握している。とは言えアポ無しでお宅訪問なんてしたら、痛い奴と思われるのが目に見える。そもそも、皆のヒロイン橋立さんのことだ、友達に引っ張りだこで家にいるかも分からない。もしお母さんとか出てきたら……


『あら、どちら様?』

『あ、あの、天乃さんに会いにきたんですけど……』

『天乃のお友達? ごめんなさいね、天乃は今出かけちゃってて』

『え、そ、そうですか。ど、ども』

『いーえー。ふふ、可愛い子ねー』


 小学生かよ! 恥ずかちぃー!!


 お宅訪問は最終手段として、あとで一人対策会議を開くとしよう。


 途中、昼食を買いにコンビニに寄った。


 何となく奮発して、400円するスペシャルカップラーメンを買い、家に帰った。


「ただいまー。……何だこの匂い」


 ドアを開けた瞬間、燃えるくらいスパイシーな香りに、鼻が刺激された。


 これはまさか……。


「あ、おかえり」

「文奈、お前何やってんだ?」


 キッチンに、制服にエプロン姿の妹――文奈が立っていた。待て、嫌な予感しかしないんだが?


「何って……か、カレー作ってあげてるだけなんだけど」

「カレー?」


 キッチンを覗こうとすると、文奈がやけに隠そうとしてくるので諦めた。


 どうやらこの匂いの正体はカレーのようだ。鼻の機能を消す薬品かと思った。いや、多分合ってる。


「べっ、別にお兄ちゃんのために作ったわけじゃないし、材料がたまたまあったから作っただけだから」

「このスーパーの袋は何だ?」

「っ! これは……その……」

「その?」

「そのぉ……」

「どうした? 顔が赤いぞ? ちょっとこっち来い」


 いくら鍋の前だからといって、ここまで顔が赤いのはおかしい。

 熱でもあるのかと思い、文奈の額に手を当ててみる。


「ひゃっ! な、なに⁉︎」

「いや、熱でもあるのかなって」

「そ、そんなのないから! もういいから座って待ってて!」


 俺は手を洗って仕方なく食卓の椅子に座る。

 わざわざカレーなんて作らなくていいだろ。料理下手なくせに無理するなって。このラーメンどうしてくれるんだ。


 食べる気が起きなかった俺の前に、文奈が皿に入ったマグマのようなものを持ってきた。


「た、食べてよ」

「おい、何だこれ」

「はあ? カレーに決まってんじゃん!」


 これが? と言いかけたが、そういえば橋立が、理想のお兄ちゃんは文句を言わないとか言っていたのを思い出したので口を噤む。


「いただきます」


 俺は決心して、カレーをスプーンですくい、口の前まで持ってきた。異様にスパイシーな香りが鼻を襲う。脳がNGサインを出しているが、俺は理想のお兄ちゃんだからそんなものは無視。そう、きっとこれはナイスガイのNGだ。そうに違いない。


「ぱく……もぐもぐ」


 カレーを口に運び、噛みしめる。

 文奈がソワソワしながら俺を見ている。多分、感想が気になるのだろう。ここは兄として、妹が作ったカレーを、お世辞でも良いから褒めてやろう。


「……(から)い」


 ――無理でした。


 うおおお辛い! 何だこれぇ! 何入れたらこんなに辛くなるんだ! ってかよく見たら普通にトウガラシ系のやつがゴロゴロ入ってるし! 口が、口が痛いぃ! 誰か助けてくれぇ!


「幸い……? あたしのカレーが食べれて幸せってこと?」

「……は?」


 俺の妹の頭は、本格的におかしいのかもしれない。


 驚き過ぎて、ラノベのタイトルみたいな一文がでてきた。だが文奈は勘違いに気づかず、心の底から嬉しそうな顔をしている。

 ……アホだ。


「めんどくさいからそういうことにしてやる」

「? 素直じゃないなー」


 文奈は俺の向かいに座り、ニコニコしながら次の一口を待っている。俺は仕方なく激辛カレーを口に運ぶ。うん、辛い。


 黙々と食べ続け、大量の水で腹が限界に近づいた頃、『ぐう〜』と妙な音が聞こえた。


 見ると、文奈が顔を真っ赤にして腹を抑えていた。


「こっ、これは違くてその……」


 このカレー見て食欲わくのか? 俺なんてこれ見ただけで食欲ほぼ削ぎ落とされるぞ。カレー見るだけダイエットっていう画期的なダイエットを提案したいくらいだ。


「お前は食べないのか?」


 嫌味で聞いてみた。しかし文奈は至って真面目に答える。


「お兄ちゃんの分しかない……」


 何でだ。さっき俺のためじゃないって言ってただろ。まぁ丁度いい。


「ほれ」


 俺はさっき買ったカップラーメンを文奈に投げ渡す。別にあげる義理は無いが、その辺に置いといて親父に食われるくらいなら文奈にくれてやったほうがまだマシだ。


「あ、やったー! スペシャルラーメンだ!」


 それを受け取り、文奈は嬉しそうにお湯を沸かしにキッチンへ走って行く。


 俺はその間も、目の前のカレーを消費し続ける。もうとっくに舌がやられているのでなんか辛く感じなくなってきた。そろそろ病院に行った方が良いかもしれない。いやマジで。


 キッチンからラーメン片手に文奈が戻ってきた。


「はぁ……どうしよ」


 文奈がぼそっと何か呟いた。上手く聞き取れなかったが、何かを懸念していることはその表情から読み取れた。何か知らんが明らかにどんよりしている。


「どうした?」

「……あの、お兄ちゃん」


 文奈は少し考えてから、ちょいちょいとキッチンの方を指差した。


 再度、嫌な予感がした。そういえば、さっきキッチンを覗こうとしたら文奈のやつ、やけに隠そうとしていたような。あれは果たして何だったのか、今明らかに――


「うわぁ……これはひどい」


 案の定、キッチンはいろいろとはちゃめちゃな状態になっていた。

 流し台には材料の皮や切れ端が散らかってるし、コンロの方にはカレーを一人前作っただけなのに、何故かいくつも鍋が転がっている。しかも色々と苦難したような痕跡も見えた。だいぶ汚れている。


「どうやったらこんなになるんだ?」

「そのー、ちょっと失敗しちゃって」

「これのどこがちょっとだ」

「でも、失敗しても諦めなかったから最高のカレーができたんだよ」

「負けず嫌いなだけだろ」


 それと、全く最高じゃ無い。


「褒めてるの?」

「褒めてねーよ! いいか、一度失敗したことに対しての最良の判断は、潔く諦めることだ!」

「つまんないのー、この現実お兄ちゃんは」

「現実お兄ちゃんってなんだよ……」


 とにかく、このえらいことになってるキッチンを掃除しなければ。それが今の最優先事項だ。このままじゃロクに料理ができない。つまり母さんがキレる。それだけは何としても避けなければ。


「仕方ねぇな……俺も手伝ってやるから早く片付けるぞ」

「へ? ありがと」

「その代わり……」


 こんな事言ったら文奈は泣いてしまうかもしれない。しかしこのまま妹を放置させてしまえば涙を飲むのは俺の方だ。それに周りにも迷惑がかかる。母さんもキレる。という事で、うん、言おう。勘違いしないでくれ、これはあくまで文奈のためを思ってのことだ。決して嫌味とかではない。そうだな、俺なりの誕生日プレゼントくらいに思ってくれ。じゃあ行くぞ? 声を合わせて、せーの――


「お前は二度と、料理をするな」


 次の瞬間、顔面に無慈悲な拳が飛んできたことは言うまでもない。

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