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ぼっち生活に終止符を その3

 紙鉄砲作戦は盛大に失敗した。しかしその後も、俺と橋立は懲りる事なく作戦を続けた。


 二時限目の終わり――


「気をつけ礼」

『ありがとうございました』


 教室に気だるい雰囲気が漂い始めた。この気だるさこそ憩いと感じる人も多いことだろう。しかし俺たちは、そんな雰囲気をぶち壊さんとばかりに作戦を実行する。


「わたりくん、今だよ!」

「おう! って何をするんだ?」

「えっと……そう、ダンス! みんなの前でダンスしてきて?」

「だ、ダンス⁉︎」


 ダンスって、無茶振り過ぎだろ……。そう言えば、体を動かすとか言ってたな。これのことだったのか。


「は、早く!」

「お、おう」


 俺は教卓の前に立った。橋立からの急な無茶振りだったが、対応しちゃう俺さすが。じゃなくて、俺はこの作戦、行けるんじゃないかと少し期待していた。


 何故なら俺は、ダンスに絶対的な自信があるから。


 見せてやる。俺の十八番、ヘッドスピン!


 俺は床に頭をつけ、それを軸に体を高速回転させた。


「Foooooooahaaaaaaaaa!」

「え? わたりくんすごい!」


 橋立が驚嘆の声を上げた。どうやらまだ腕は鈍っていないようだ。


 そう、俺は昔、ブレイクダンスを習っていたのだ。その実力は確かなもので、多分チームで一番上手かったと思う。しかし、大会で、俺を含め5人で出場するはずが、コーチが俺を忘れて4人で登録してしまい、俺だけ出場できなかった。そのせいでチームは予選敗退。っておいコーチ! 何やってんだよ!


「うわ……可哀想」


 橋立が哀れみの目を俺に向ける。


「ま、まぁ、俺の輝かしいぼっち経歴はどうでもいいから」


 問題はクラスの反応だ。俺はくるくる回転しながら、周囲を見渡した。


 しかし――


 俺に気付いたのは周りの数人だけだった。しかも――


「うわっ! ちょっやめろ!」

「きゃっ! なによもー、危ないわね」

「うむ、荒削りだが伸びしろはある」

「なんだ? また他クラスの連中か? 帰った帰った」


 そんな批判を食らってしまった。だから他クラスじゃねえって! あと一人ガチ勢いるんだが……。


 彼らはそのまま去って行った。残ったのは一人、自らトラウマを掘り返した回転マシーン。そう、俺だけだった。

 なんで俺、一人でこんなに回ってんだ……タケコプターかよ。


 虚しさを紛らわすためにひたすら回り続けたが、吐きそうになってやめた。


 そんな俺を見て、橋立は呆れたような、がっかりしたような、そんな表情を浮かべた。


 そんな訳で、ダンス作戦は失敗に終わった。


 三時限目の終わり――


 正直言うともうやりたくないのだが、橋立が謎の熱意を持って俺に作戦を提案してくるので、仕方なく次の作戦を実行することにした。


 なんか俺、橋立にマインドコントロールされてないか? まあこれも彼女なりの優しさなのだろう。きっと。うん。そうだ。そうに決まってる。


 気を取り直して……次の作戦は『パシリ作戦』だ。


 内容は名前の通り、クラスメイトのパシリをする作戦だ。

 どんな意味があるのか始めはさっぱりだったが、橋立曰く、「クラスメイトと直接関わるから流石に認知されるよ!」との事。


 確かに、多少の会話を必要とするので、その時は流石に認知されるだろう。もしされなかったらそれは俺じゃなく相手側に問題がある。


 紙鉄砲作戦やダンス作戦に比べると、大人数に認知されることはできない。だが逆に、確実に一人とは関われる筈。そう考えると、勝算はあるのかもしれない。


 という事で実行だ。


「気をつけ礼」

『ありがとうございました』


 授業が終わり皆が立ち始める中で、俺はまだ座ったままの一つ前の男子に標準を絞った。


「あ、あのー、ジュース買ってきましょうか?」

「は?」


 よし、認知された。


 その男子はきょとんとした顔をして首を傾げた。そりゃそうだよなぁ。急にそんなこと言われたら誰でも意味分からないよなぁ。よく考えたらこの作戦、頭おかしいよなぁ。


「ていうか、わたりくんの聞き方でしょ……」


 橋立がそう呟いた。

 う、うるせぇ! こちとら初対面と変わらねえんだ! 緊張して何が悪い!


「え、えーと、自販機に行くのであなたの分も買ってこようかなーと思って」

「え? いや別に要らないんだけど」

「そう言わず、奢りますから。ね?」


 って、なんでこんなに下手に出てるんだ俺は。俺に金借りるときの妹か。あの野郎、いつもはツンツンしてるくせに、金借りるときだけデレデレしやがって。仕方ないから貸してやったらその瞬間にまたツンツンし始める。本当に、手が焼ける妹だ。


 ここで気付いた。

 もし俺が、俺にせがんでる時の妹みたいになっているのなら、この男子もまた、妹にせがまれている時の俺と同じようになってる筈。ならば……


「わ、分かったよ。じゃあコーラで」


 やはり承諾してくれた。ごめんねお兄ちゃん。てへぺろっ!


「ありがとうございます!」


 なんで俺がお礼を言わなければならないのか意味不明だが、俺はダッシュで自販機に向かい、コーラを買ってきた。


「はぁ……はぁ……買って……来ました……」

「あ、サンキュー。そこ置いといて」

「あ、はい」


 俺はコーラを置いて、ぜぇぜぇ息を切らしながら自分の席に戻った。


 隣には、橋立がいた。

 橋立はジト目で俺を見つめてきた。


 え? 何?


「お疲れ様」

「お、おう」


 あ、そうだった。これ作戦だったんだ。


「……で、何の意味があったんだ?」

「はぁ……また失敗かー」


 橋立は俺の質問を無視し、ぶすっと不機嫌そうに言った。


 なんか俺のせいみたいになってんだけど……俺のせいなの?



 ◆



「はぁ……仕方ない。お昼ご飯にしよっ!」


 橋立はしばらく俺を見て、一度はため息を吐いたが、すぐに笑顔を見せた。不純物一つ無い、純粋な笑顔。その笑顔で、俺の中に芽生えてた何かが、ぐっと大きくなった。


 橋立は食堂へと歩き出した。その後ろ姿を、ただ俺はぼーっと見ていた。


 ここ一週間、俺はほんの少しだけ青春というやつを感じていたのかもしれない。橋立と話したり、昼ごはんを食べたり、あの笑顔を見たり。

 青春を謳歌している者、そして橋立にとっても、俺と橋立の過ごした一週間は、青春のせの字にも満たないような、ごく当たり前のことかもしれない。しかし俺にとっては、この上ない大切な時間だった。


 俺はこの時間がもっと続いて欲しい。誰にも、邪魔されたくない。


 俺は誰よりも、他人の事を考えられる人間だと思っていた。だからクラスが賑わっていても、そっと息を潜めて、空気を読んでいた。


 だがそれは違ったのだ。俺は誰よりも自分本位な人間だった。誰も俺を見てくれていない。誰も俺を理解してくれない。そう思っていたから、関わろうとせず、ただ自分を守る為に逃げていた。


 しかし、俺はやっと、俺を理解してくれる人に出会えた。心の底から、いや、心の底まで、俺を理解してくれる人に。


 俺はそれだけで十分だ。それ以外は、何も望まない。


 だから――


「あの、橋立」

「ん? なに?」


 俺は廊下を進んで行く橋立を呼び止めた。


 今、俺の気持ちを全て伝えるんだ。

 俺はやや俯きながら、橋立に向かって言葉を放つ。緊張しているのか、橋立と目を合わせられない。


「橋立、俺の為に、色々ありがとな」

「え? 急にどうしちゃったの?」


 橋立は半笑いで、俺の顔を伺うように見回す。


「もう、いいんだ。本当にありがとう」

「え……う、うん。まあいいけど……」

「あ、あのさ、今から俺、すごい自分本位なこと言うけど、許してくれ」

「は、はい」


 廊下はしんと静まり返る。俺と橋立は互いにそわそわしていた。まるでこれから、告白をするみたいに。まあ、それに近いことを実際にするんだが。


「橋立と友達になれて本当に良かったと思ってる」

「あ、ありがとう。私もだよ」

「お、おお……。それで、俺にとっては初めての友達だったんだよ。ほら、俺ってこんなだから、友達どころか知り合いすらまともにできなかった。だから俺は、誰からも一生理解されないと思っていた。けど橋立は、そんな俺を理解してくれた」

「そう……かな。私はズルしてるようなものだけど」

「でも俺にとっては、それが何より嬉しかった」


 橋立は、誰にも理解されない俺の苦しみをも理解し、そして解消してくれようとした。

 結果的には上手くいかなかったが、俺の心は既に満たされていた。そう。橋立天乃という人に出会えた時点で。


 きっとこれも、橋立には読まれているのだろう。なら、もう考えても意味はない。言ってしまおう。全て。


「橋立さん!」

「は、はい!」

「俺には橋立一人で良いんだ! 橋立だけで十分なんだ!」

「え……⁉︎ それってつまり?」


 橋立の顔が急に真っ赤になった。多分、俺の顔も真っ赤になっている。すごく熱い。


「橋立……俺と……一生友達でいてくれぇぇ!」


 俺は橋立に気持ちをぶつけた。しかし橋立は、ほけーっとした表情を浮かべた。


「……へ?」

「……え?」


 あれ、俺の気持ちは伝わらなかったのだろうか……。


「だから、俺は橋立が友達でいてくれればそれでいいから、せめてずっと友達でいてくれないか……ということなんだが」

「え? ああそういうこと?」

「え……おお」

「な、なんだ……。――てっきり告白だと……」

「え? なんか言ったか?」

「な、なんでもないし!」


 橋立はそう言って急に頬をビンタしてきた。フルパワーで。


「痛っ⁉︎ な、なんだよ急に!」

「あ、ごめんね」


 あははー、と橋立は笑いながら謝ってくる。一体なんなんだ……。


「わたりくんがそんなこと思っていてくれたなんてね。嬉しいな。私もわたりくんと友達になれて本当に良かったよ」


 橋立は少し下を向き、うっすらと笑みを浮かべながら、しみじみと言葉を紡いでいく。


「私にとっても、わたりくんはちょっと特別な存在なんだ」

「へ?」


 橋立にとって、俺が特別な存在だって? たしかに橋立と契約を結んだりはしたけど、そこまで言われるようなことした覚えは無いんだが。


「私が心を読めるってこと知ってるの、この学校ではわたりくんだけだよ?」

「あ……確かに」

「だからわたりくんだって、私のこと理解してくれてるんだよ? だから……あのね」


 橋立はもじもじとして少し黙っていたが、何かを決心したのか、俺のことを見て言った。


「これからもよろしくね。わたりくん」


 そして、あの笑顔を浮かべた。やっぱり俺にはこいつさえいれば、この笑顔さえあればいい。なんて、恋人でもないのにそれっぽいことを思ってしまう。


「おう。ほら、昼休み終わる前に食堂行こうぜ」


 今更になって恥ずかしくなってきた。橋立にこんな事言われて本当はめちゃくちゃ嬉しいが、適当に誤魔化した。


「うん!」


 この時初めて、俺に本当の友達ができたのだった。



 ◆



 その日の帰り道。


 昼間のことを思い出して、俺は悶絶しそうになっていた。


 うおおぉ! あの時の俺、痛過ぎるって! というか男子ならともかく、女子に一生友達でいてくれなんて告白も同然じゃねーか! ぼっちのくせに調子乗んなよ月橋渡!


 橋立は俺が告白したとか勘違いしてないよな……いや、しているわけが無い。だって心が読めるのですもの。あのお方は。


 いやでも、実際橋立に告白したら、どんな返事が返ってくるのか気になるところではある。まぁ、OK貰える可能性も無くはない。いや、「アイツ俺のこと好きなんじゃね?」みたいな男子特有の痛い思想とかじゃ無くて、世界は可能性に溢れているんだよって話。


 勘違いしないで欲しいが、俺は別に橋立に恋愛感情を抱いているわけではない。そもそも、家族以外でまともに関わったことのある女性なんて橋立のみなので、恋愛感情がどのようなものかがまず分からない。なのに、


 橋立は誰かに恋愛感情を抱いたことはあるのだろうか。


 なんとなく、そんなことが気になった。

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