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ぼっち生活に終止符を

 橋立と契約を結んだ日から一週間が経った。


 契約と言うのは、俺が橋立に勉強を教える代わりに、橋立がクラスのみんなに俺の存在を認知させてくれるというものだ。もっとも、薄すぎる俺の影を周囲に認知させるなんて不可能に近いがな。


 橋立はその容姿と明るい性格で既にクラスの人気者になりつつあり、いつも周囲に人だかりができている。


 しかし、俺と橋立の契約は、成立しているとは言えない状況となっていた。

 俺は橋立に勉強を教えているのに、橋立からは特に何もしてもらっていない。ただ勉強を教える度に、元気もりもりになる笑顔をくれるだけ。これじゃただの奉仕活動だ。


「わたりくん、ここ教えて?」

「え? ああ、ここはだな……」

「あ、なるほどーありがとう」

「どういたしましてっと」


 ま、所詮はこんなものだろう。クラスの人気を捨ててでも俺に関わろうとするバカじゃないってことだ。俺にとってはクラス内に話せるやつが一人できただけで十分。これ以上の高望みは傲慢ってものだ。


「ねえ……わたりくん」

「なんだ? 今度はどこが分からないんだ?」

「いや違くて、今日お昼ご飯一緒に食べない?」

「え?」


 あ、そうか、俺の心を読んだのか。


 橋立天乃という少女は、人の心が読めてしまう。彼女が俺のことを認知できるのも、その能力のお陰だ。


 で、昼飯だっけ?


「別に気を遣わなくていいぞ」

「そういうのじゃないんだけどな……とにかくさ、一緒に食べよ?」


 橋立は上目で俺を見つめてくる。これは天然なのか? だとしたら一度築地の競りに出してみたい。きっと高値がつく。


「……分かったよ。じゃあ食堂でいいか?」

「うん!」



 ◆



 昼休み。俺と橋立は食堂へやってきた。


 今日のメニューは学食の肉うどんだ。橋立は自前の弁当を持参している。


 いつもの席に橋立を案内する。普段なら俺以外だれも近づかない端っこの席だが、今日に限っては都合がいい。


 昼食を食べながら、久し振りに長い会話を交わす。橋立はいつも通り明るい。それに少し安心した。


「わたりくんはいつもここで食べてるの?」

「いつもって訳じゃ無いが、両親が共働きだから割とな。今日は妹が弁当作るって言ってたんだが」

「断っちゃったの? かわいそーだよ」

「だってあいつの料理、お世辞でも美味いなんて言えたもんじゃないぜ?」

「それでも文句言わないで食べてあげるのが理想のお兄ちゃんだよ?」

「理想は低くといつも妹に言い聞かせている」

「夢がないなぁ」

「現実があるから夢を見れるんだ」

「そんな現実にこそ夢を見るんだよ」

「あ、そうですか」


 あれ? この人こんなにメルヘンチックだったっけ?


「ふふん。今のセリフね、昨日体験に行った演劇部から拝借しました」

「部活に入るのか?」

「まだ決めてないけど、色々体験してるの」

「ふーん」

「わたりくんはさ、部活とか入ってないでしょ?」

「特にやりたいことも無いからな。入ったとしても幽霊部員扱いされるだけだし」

「へ、へー。それはお気の毒に……」


 橋立は不自然な反応をした。俺を労ったようだが、どこかで安心しているような、そんな気がした。


「ところでさ、この間の契約のこと覚えてたり?」

「俺の存在をみんなに認知させてくれるってやつだろ?」


 俺もちょうど気になっていた所だ。

 まさか自分から提示した契約内容を忘れたんじゃないかと心配していたが、流石に覚えてたらしい。


「そうそう。それでね、ちょっと遅くなっちゃったけど、明日から実行に移そうかなーって」

「ほお? 具体的には?」

「それは明日のお楽しみ」

「なんだそれ」

「ふふん。私に任せなさいなのだ!」


 橋立は胸を目一杯張って宣言した。本当にできるのか? いや、期待はしないでおこう。


「いやいや、期待しちゃってくださいよ」

「じゃあ勝算は?」

「ある!」

「即効性は?」

「ある!」

「弊害は?」

「ある!」


 あるのかよ……やっぱり心配だ。


「実はね、最近わたりくんとあんまり話さなかったのってね」

「ん?」

「クラスのみんながどんなときに盛り上がるのかなーとか、どんなことしたら笑いが起きるのかなーとかを研究してたからなの」

「え? マジで?」

「マジマジっす」


 そ、そんな……俺の為にそんなことまで……。奉仕活動とか言ってた自分をぶん殴りたい。


「なんかその……ごめんね?」

「いいや、ありがとな。少しお前のこと見直したよ」

「お? それはどのように?」

「やっぱりお前バカだな」

「んなっ! なんだとー!」


 俺なんかの為にそこまでしてくれるなんて、やっぱりバカしかそんなことできないよな。ということで橋立さんはバカです。


 橋立のバカっぷりに軽く感動していると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あ、終わっちゃったね」

「じゃ、教室に戻るか」

「あ、女子は体育館だった」

「そうか、じゃな」

「うん。あ、体育で思い出した。明日は体を動かすからスクラッチ? とかオーバーラップ? とか入念にね」

「それを言うならストレッチとウォームアップだろ」

「そうそうそれ」


 流石に今の言い間違えは無理があるだろ。オーバーラップってサッカー用語だぞ……。


 ……って体を動かすだと?


「おい、体を動かすって俺運動全然ダメ――」

「あ! 時間やばい! ん? 何か言った?」

「ああ、いや……遅れるぞ……」

「うん! それじゃまたー」


 そう言って橋立は体育館へと駆けて行った。


 運動なんて体育を除いてほとんどやっていない。小学生の頃はいくつかのスポーツをかじった事はあったが、どれも結果が出ずにやめてしまった。


 大人たちはそんな俺の不出来な結果を見てこう言った。

「結果だけが全てじゃない」と。

 そんなことは分かっていた。だが俺の努力は正しく影の努力。どんなに練習しようが影が薄いせいで誰も見てくれやしない。そして本番も同じ理由で結果が出ず、何度も涙を飲んだ。それでも参加することに意義があると親に言われ続け、他のスポーツもやってみた。


 だがそれも、中学でキッパリやめた。

 俺は気付いてしまったのだ。

 参加することに意義があれど、その意義に意味は無い。ということに。

 スポーツをすることによって少なからず経験が積めた。しかしその経験は今後の俺には役立たない。いや、もしかしたら明日役に立つかも知れないけど……。


 なんか感傷的になってしまったが、まあ要はスポーツにトラウマがあるということだ。


 なら明日は、絶対にトラウマを掘り起こさない。それさえできれば任務完了。ミッションコンプリート。パーペキ。


 微妙に目的がズレてる気もするが、明日に備えてストレッチとウォームアップは入念にするとしよう。


 そうして俺は、ゆっくりと食堂を出た。校庭ではすでに、体育の授業が始まっていることも知らずに……。



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