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ぼっちと両親と妹と



「ただいま」


 転校してきたばかりでまだ土地勘のない橋立を、スマホのマップを駆使して家まで送ってきた。自宅に戻り時計を見ると、出発した時刻から二時間ほど経過していた。

 そこそこの疲労と共に、やってやった感があるのは何故だろうか。


 靴を脱いで廊下を進むと、誰かに声をかけられた。


「お帰り。どこに行ってたの?」


 母さんだ。ということは、親父ももう帰ってきたらしい。

 母さんと親父は同じ職場で働いているので、行きと帰りはいつも一緒だ。息子の俺から見ても、二人は仲がいいように思える。


「ちょっとね」

「……? ご飯できてるわよ、早く座って」

「はいはい」


 食卓にて、家族全員が揃った。

 鳶職、つまり大工の親父。浴衣と作務衣の中間のような変な服を着ている。

 親父の会社の事務を務める母さん。

 ソフトボール部エースの妹。

 そして無職、いや無色の俺。


『いただきます』


 家族全員での食事。これが月橋家の日課だ。日課と言っても、大した意味は無い。家族団欒をするわけでもなければ、みんなでテレビを見るわけでも無い。あえて言うなら、親父がずっと一人で喋っているだけだ。


 しばらく黙々と食べていると、文奈がタイミングを見計らって、珍しく口を開いた。


「あ、あのさ、お兄ちゃん、今日うちに女の子とか連れ込んでないよね?」


 文奈がジト目で俺を見てくる。

 ドキッと鼓動が一瞬大きくなる。まさか、バレちゃった?

 そう思い、焦って目を逸らすと、親父が言った。


「血迷ったか文奈。こいつが女と関わるなんぞ出来る筈がないだろ。この万年童貞め」

「やめろよ親父、食事中だぞ」


 父親の発言とは思えん。


「でも、あたしが帰ってきたら玄関に女の子っぽい靴が……」


 う、痛い所見てるな。さすが我が妹。


「あー、そりゃあれだ。親父のだ」

「そうだ。父さんの靴だ」


 そう言って親父が大きく頷く。親父ノリいいなおい。


「ふーん……。ま、お兄ちゃんがそんなことできるわけないよね……。――良かった」

「え? なんか言ったか?」

「なっ、なんでもないし!」


 えっ怖っ。何? 反抗期?


「ま、父さんは(わたり)が一生童貞だろうが身体を差し出したりはしないぞ」

「宇宙一いらねえわ……」

「だがな、文奈だけには絶対に手を出すなよ。そしたら父さん、お前を殴り殺すからな」

「しねーよそんなこと。なんでこいつなんかに……」


 すると文奈はその言葉に反応し、俺の脇腹をつねってきた。


「痛たたた! 何すんだおい!」

「ふ、ふん! こっち向くなバカ!」

「何だお前……あ、もしかして痴――」

「ねえねえ父さん!」


 文奈は俺の言葉を無理矢理遮って、親父と話し始めた。なんだこいつ、普段親父を毛嫌いしてるくせに。


「何だ文奈?」

「もし逆に、あたしがお兄ちゃんを襲ったら父さんはどうする?」


 親父は文奈に話しかけられてニマニマしている。そう、この親父、娘にデレデレなのだ。そのせいで文奈にイヤがられている。そして俺に無駄に厳しい。


「そうだな、渡を殴るか」

「おい! ふざけんな!」

「じゃあ、あたしが母さんを襲ったら?」

「そうだな、父さんも混ざる」

「気持ち悪いわ!」

「じゃあ、父さんがお兄ちゃんを襲ったら?」

「そうだな、みんなで俺を殴ってくれ」

「意味が分からん」


 ドMかよ……。今日はやけにボケるな親父。


「ほらほら、みんな冷めないうちに食べちゃいなさい」


 母さんが優しく声をかける。


「分かったよ。母さん」

「そういえば渡」

「ああ? んだよ親父」

「お前、母さんのことは母さんって呼ぶのに、父さんのことは親父って呼ぶよな。どうしてだ?」


 どうでもいいだろ……。


「じゃあ親父のこともさん付けで呼ぶよ。親父さん」

「ん、んん? んんん?」

「何か不満でも?」

「いや、なんかそれだと町工場の重鎮みたいだな」


 そう言って親父は照れ臭そうに笑う。


「気持ち悪い」

「んだとてめぇ!」


 激昂して急に立ち上がった親父の脇腹に、母さんが指をぶっ刺す。

 うわぁ……あれは痛い。


「お酒も入ってないのに馬鹿なことしないでね?」

「ばい。ずびばぜん……」


 親父は顔を真っ青に染め、ガタガタ震えながら椅子に座った。


「ぷっ……あははは!」


 それを見て、文奈が盛大に吹き出した。それにつられ、俺もつい笑ってしまった。


「くっくっ……だははは! 親父! ダッセェ!」

「うふふふふ。もう、父さんったら」


 俺につられ、母さんも笑い出した。おお、これぞまさに一家団欒だ。さすが親父!


「へ……へへへ……ウッ!」


 久しぶりの家族団欒の中に、親父の死にそうな声が聞こえたような気がした。



 ◆



 夕食を終え、ゆっくりと風呂に浸かる。そして、なんとなく今日を振り返る。


 今日は色んなことがあった。

 女子の友達ができた。女子の友達と身体を密着させた。妹のはしたない姿を見てしまった。女子の友達と自転車の二人乗りをした。


 これまでかすりもしなかった青春をちょっと体験しただけだが、思い返すと思わず笑みがこぼれる。

 あー、多分今すごい気持ち悪い顔してんなー俺。


「お兄ちゃん」

「おわっ!」


 急に風呂のドアが開いた。そこから不機嫌そうな文奈が顔を出した。俺は慌てて顔を整える。


「な、何だよ文奈」

「お、お兄ちゃん……ってさ、か、彼女さんとかいないよね?」


 まだ昼間のことを疑ってるのか? だからあれは彼女じゃない。兄ちゃんにできた唯一の友達だ。そう言おうと思ったが、すんでのところでやめた。恋愛脳の文奈のことだ、まためんどくさいことになるのは予想ができる。


「いる訳無いだろ。人気者のお前とは違うんだ。彼女も友達もいねーから安心しろよ」

「そ、そうだよね」


 文奈は安心したようにほっと息を漏らした。


「も、もし彼女さんとかできたらさ、その……あたしにも紹介……っていうか、相談してよね」

「? ……まあ紹介くらいならしてやるよ。彼女ができたらの話だけどな」

「うん。よろしく……ま、まあ? こんなお兄ちゃんに彼女さんなんてできる訳無いけど?」


 んなっ!? この妹め、たまにデレたと思ったらすぐに人をコケにしやがって!


「そう言うお前は彼氏とかいるのか?」

「はぁ!? お、お兄ちゃんには関係ないでしょ!」


 文奈は顔を真っ赤にして強い口調で言ってきた。だが俺はクールにあしらう。


「まあそりゃそうだ。けどな、ビッチは推奨できないぜ?」

「な、なんであたしがビッチみたいになってんのよ!」

「いいや、お前はすでにビッチ傾向にある」

「あ、あたしのどこがビッチなの?」


 文奈は不安そうな眼差しをこちらに向ける。


「うん? いや、実際見た訳じゃないんだが、ほらお前って、リビングで普通に服脱いだりしてるだろ? いやいや、実際見た訳じゃないんだがな。でもリビングにお前の服とか下着とか散らかってないか? だから実際見た訳じゃないぞ?」

「なっ……」


 すると文奈は今まで以上に顔を赤くして下を向いた。よく見ると小刻みに震えている。


「み……見たの?」

「だから、実際見た訳じゃないって。でもほら、今だってお兄ちゃんの風呂覗きに来てんじゃん。これが何よりの証拠だろ? 文奈はビッチ」


 トドメを食らわせてやると、文奈はキッとこちらを向き、目に涙を浮かべながらタオルやら着替えやらを俺に投げつけてきた。


「ビッチじゃないし! もう知らない! お兄ちゃんのバカ! アホ! 変態! 童貞! シスコン! しねシネ死ね!」

「はいはい、分かったからそこもう閉めて。あと着替えは投げないで」


 文奈は「ふん!」と言ってドア思いっきり閉じた。


 ちょっといじめすぎたか? だが兄として、妹がビッチになるのを阻止するのは当たり前のことだ。そう、これは兄なりの教育。そして愛だ。文奈には俺の愛を真摯に受け止め、健全に育って欲しい。そしてもっと俺に優しくして欲しい。


 そんな願望を切に訴えながら、俺は再びゆっくりと風呂に浸かった。

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