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ぼっちと女の子とクローゼットと

「うへー。やっと終わったよ」


 宿題を終わらせ、橋立はそのまま床に寝転がった。

 たったこれだけの宿題に何故これほどの時間を要するのかが解せない。


「わたりくん、教えるのうまいねー」

「それにしては実力がついてきてなかったぞ。ま、昔妹の宿題をよく手伝ってたからさ、教えるのには慣れてる」

「ふーん」


 素っ気ない返事をした後、橋立は大きなあくびをした。長時間頭をお使いになったから無理もない。


「ふあぁ……ねむ」

「寝る時は自分の部屋で寝なさいってお母さんいつも言ってるでしょ」

「きょうからここが私のへやー」

「アホ言うな。ここはリビングだ。お前の住まうスペースは無い」

「そんなこと分かってるよ。宇宙に住めるのは宇宙飛行士と宇宙人だけだもん」

「何を言っているんだ……」


 頭使いすぎてとうとうユニバース感覚に目覚めちゃったか? うちの妹並みにアホだな。


 ……って妹⁉︎


「おい、今何時だ?」

「……なかのおーえのおーじ? ふあぁ」

「…………」


 時計の針は地面と垂直に縦に伸びていた。


「ろ、ろくじぃ?」


 もうこんな時間かよ、マズイ、そろそろ帰ってくる!


「ただいま〜」

「嘘だろ⁉︎」


 ピンポイントで、妹――月橋文奈が部活を終えて家に帰ってきた。

 もし女子を家に上げたなんてバレたら……


『お母さん! お兄ちゃんがうちに女の子誘い込んで犯そうと――!』マズイーー!!


 と、とにかく橋立を隠れさせないと……。二階……はダメか。よく分かんないけど、アイツ帰ってくるたび俺の部屋チェックしにくるんだよな。そして舌打ちして帰って行く……ほんと何なんだよ……じゃなくて! ああもう、足音がすぐそこまで……。あ、もうここしかない!


「橋立立て!」


 俺は橋立をリビングのクローゼットに無理矢理押し込んだ。が、勢いあまって俺も一緒に入ってしまった。


「ん……」

「し、静かに」

「んー」


 狭いクローゼットなので、必然的に俺と橋立の身体は密着していた。それはもう、互いの吐息までバッチリ聞こえるくらい。


 徐々に暗闇に目が慣れてきて、目の前の光景がはっきりと分かるようになってきた。


 自分で作り出しといてなんだが、この状況はヤバイって! 普通に当たってるって! てか何故か俺壁ドンしちゃってるんだけど……。


 互いの体温がせめぎ合い、クローゼットは異様な暑さに包まれる。俺の鼓動も、普通に聞こえるくらい大きくなっていた。


「あれ、お兄ちゃんいないのかな」


 そう言ってリビングを歩き回る文奈を、扉の隙間から覗く。バレないように祈りつつも、自然と視線は目の前の少女に引き寄せられた。


 橋立の顔は俯いてて見えないが、制服の隙間から小さめの胸がこちらも見えそうで見えない。

 その代わり、太ももはスカートからバッチリ顔を出していて、柔らかそうな肌の上を彼女の汗がゆっくりと滑り落ちる。太もも好きの俺にとっては、それがまるで世界の理を表しているかのように思えた。てかこいつの肌なんでこんなに綺麗なんだよ! 半端ないって!


 やがて橋立の太ももを触りたい衝動に急激に駆られたが、これは触る用じゃない。観賞用だ。と自分を諌める。しかし、触ったらどんな感じなんだ? すべすべなのか? もちもちなのか? と頭が勝手に想像してしまう。


 鼓動が高鳴る。これは男の勝負だ! 欲に勝つのか、掟に勝つのか!


 ってこれ、全部読まれてんじゃね?


 全身から冷や汗が噴き出る。さっきまでの暑さが一瞬にして掻き消されてしまった。


 うわ終わったよ俺の人生! さっきから全然動かないからおかしいと思ってたけど、俺を軽蔑しきっていたのか!? ……はい、終わりましたー。そしてこの事をクラスのみんなに言いふらして俺の存在感を上げてくれるのか? ちゃんと契約成立しちゃうよコレ!


 たった一日だけの友達だったが、俺にとっては貴重な経験となった。こんな形で終わってしまうのはいささか残念だが、やはり俺に友達はできないということを再認識させてもらった。


「……ありがとう」


 本来なら土下座して謝るところの筈なのに、俺は何故か感謝の言葉を呟いて橋立をできるだけ引き離した。


 するとその反動で、それまで見えなかった橋立の顔が明らかとなった。


「すぴー……すぴー」


 そこには、目を瞑り、コクッコクッと頷きながらよだれを垂らしている幸せそうな顔があった。


「ね、寝てる⁉︎」


 よ……良かったぁ。やはり可能性は捨てたもんじゃないぜ! ああ、神様ありがとう! やはり神は太ももに宿りし!


 俺が安堵しているうちに、文奈は二階の見回りも終わったようで階段を降りてきた。


「うーん、先にお風呂入っちゃお」


 そう言って文奈はリビングで服を脱ぎ始めた。


「な、何やってんだよあいつ……」


 スマホをいじりながら、制服のブラウス、スカート、そして下着まで……。部活女子の引き締まった身体は、夏の暑さのせいか少し火照っているかのように見えた。


 アホ! 服を脱ぐときはちゃんと脱衣所で脱ぎなさいってお母さんいつも言ってるでしょ! お兄ちゃんに見られても知らないわよ!


 心の叫びは届かず、文奈は脱いだ服をそのままに、お風呂場へ駆けていった。


 とりあえずクローゼットから脱出する。


「はぁ……はぁ……助かった……」


 一度はどうなることかと思ったが、なんとか乗り切れた。望まぬサプライズもあったし。


「おい、橋立起きろ」

「んー?」

「ほら、もう暗いから帰りなさい。自転車で送ってってやるから」

「んー」


 俺は目をこすっている橋立を連れて、家を出た。


「ほら、後ろに乗れ」

「うん」

「眠いかもしれんがちゃんと掴まってろよ? チャイルドシートは5歳までだからな」

「うん」


 橋立はぼーっとしながら返事をし、俺の腰に手を回した。


「いや、俺にじゃなくてその辺の棒にだな」

「恥ずかしいの〜?」


 めちゃくちゃ恥ずかしい! まぁ、安全に越したことはない。


「……で、お前の家はどこだ」

「えーっとね……ここから行ったところの分かれ道を直進したら十字路があるから右に左折してそこから真っ直ぐ行った所にある交番の向かいの家の目の前が交番だから……」

「つまり分からないんだな?」

「そゆこと」


 ここに来て最難関ミッションのお出ましかよ……。

 さて……どうしたものか……。


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