ぼっちの家に女の子
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世の中は当たり前に溢れている。
例えば、夜が明けたら朝になり、朝の次は昼になる。お父さんは男だし、お母さんは女だ。人から生まれるのは人であり、獣から生まれるのもまた獣だけ。
この世は当たり前に溢れている。そしてそれこそが最大の当たり前なのだ。
当たり前があるということは、それと対照的に当たり前では無いことがあるのもまた当たり前。言ってしまえば全て当たり前なのだ。この世界は。
必然、俺の家も当たり前に溢れている。
ドアを開けると玄関があり、靴箱には靴がしまわれている。これらは至って当たり前。
両親は共働きで妹は部活なので、平日の午後は俺一人なのも当たり前だし、冷蔵庫に誰も使わないドレッシングが永遠に入ってるのも当たり前。
「あ、それあるあるだよね」
そうそう、お母さんが変な味のやつ買ってきちゃってさ……。
「なんでいるんだ!」
そう。今俺の目の前には、当たり前では無い人が座っていた。いやでも、当たり前じゃ無いことがあるのも当たり前ってさっき熱く説いちゃったし、俺の家に橋立天乃がいるのも当たり前なのか?
「何意味わかんないこと言ってるの?」
「言ってない。お前が勝手に読んだんだ」
「あ、そっか〜」と、てへへと笑う橋立天乃。
「もう一度聞く、なんでいるんだ」
「いやー、私が『わたりくんの家行ってもいい?』って聞いたのに、わたりくん返事してくれなかったからついてきちゃった」
「聞かれた覚えがないんだが」
「ちゃんと聞いたよ。でもわたりくん、私のこと無視したどころかずっと無心だったから」
そういえば、授業中煩かったから、無視&無心モードに入ったんだった。おかげで授業に集中できた。
「酷いよ! 課題写させてってお願いしたのに!」
「あー、悪い悪い。ってか自分でやれよ」
「できないからお願いしたの!」
「そうか、アホなんだな」
適当に相槌をうって、俺は冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注いだ。それを橋立天乃に渡す。
「ありがと。……あのさ、その橋立天乃ってフルネームで呼ぶのさ、ちょっとさみしいかも」
急にしょんぼりとした表情を浮かべ、彼女は言った。
いや、心の中でそう呼んでるだけで、実際は一回もそう呼んでないんだが。
「そうか?」
「せっかく友達になったんだからさ、その……名前で呼んで?」
今度は恥ずかしそうな顔で俺を見つめてきた。
「そ、そういうものか?」
「うん、そういうもの」
「じゃあ、えっと……あ、天乃……」
「う、うん」
『…………』
気まずい空気が、空間に波を打つ。
普通に恥ずかしい。顔が熱を帯びて行くのを感じる。名前で呼び合ってる奴らっていつもこんな恥ずかしい事してんの?
そこそこの勇気を出してみたけれど、やっぱりハードルが高い。
「やっぱり、橋立でいいだろ」
「う、うん。そうだね。……もう、わたりくんはチキンなんだから」
そう言いながらも、橋立は満足そうににっこりと笑って見せた。それに俺は、少し安堵してしまう。
ま、いつかは名前で呼び合えるような関係になれたら良いかもな。一応友達になった訳だし。こんな俺のツンデレ思考も、橋立には読まれている。
「というか橋立、今日クラスのやつから誘われてなかったか?」
ツンデレ思考を誤魔化すように、俺は橋立に聞いた。
「うん、誘われたよ。今日会ったばっかりなのに、みんな優しいよね」
「行かなくて良かったのか?」
「今日はわたりくんと話したかったから断っちゃった」
マジか。それ誘ってくれた側も可哀想だよな、俺なんかのせいで断られちゃって。
「ずっと気になってたんだが、何で俺なんだ?」
「え?」
「俺なんて、目立った特徴も無いつまんないやつだぞ? 強いて言えば、目立たないのが特徴だけど」
「うーん、なんてゆーか……こうビビっ! とくるものがあったってゆーか?」
「なんだそれ?」
「つまりなんとなくだよ、なにとなく。強いて言えば、私の中ではわたりくんが一番目立ってたからかな」
「目立ってた? 俺が?」
「うん、なんか色んなこと考えてたし」
ああ、そういうことね。納得。つまり俺の理論に心奪われちゃったってことね。
「そんなこと言ってないけど……。私も質問していい?」
「ん? なんだ?」
「わたりくん、なんでぼっちなの?」
あーね。やっぱりそこ気になるよねー。
「まあ……あれだ、影が薄いんだよ。めちゃくちゃ」
「なんで?」
「なんでって……」
俺が教えて欲しいくらいだ。
橋立は首を捻って俺に迫る。
「生まれつきっていう感じか? 俺にもよく分かんないけど。とにかく昔からみんなに認知されにくかったんだ。妹はよく目立つんだけどな」
「へぇ……妹さんいるんだ」
「まあな。最近怖いけど」
「お名前は?」
「文奈だ。月橋文奈」
「へぇ……文奈ちゃんって言うんだ」
そう言って橋立は床に寝転がった。そして、何かを考えているのか、天を仰いだ。
その後しばらくして「そだ!」と言って勢いよく起き上がった。
「私がわたりくんをクラスのみんなに認知させてあげるよ!」
「え? そりゃありがたいが……」
多分無理だぞ。てか100%無理。
「大丈夫だって、私に任せて?」
「いやいやいや、無理だって。お前の存在感がでかくても、俺の存在感は0だから。むしろマイナスだから。マイナス過ぎてマイナスイオン出しちゃってるから」
リラックス効果が期待できそうだ。だって俺と二人きりになっても、実質一人きりと変わらないから。
橋立は胸を張って自信満々に言う。
「へーきへーき。だって私、人の心が読めるんだよ?」
「それがなんの役に立つんだ」
「使えるものはなんでも使っていかないと」
「だから使えないって」
「バカとハサミは使いようだよ?」
「ポジティブだな!」
はあ……。こいつといると疲れる。こんなに元気に突っ込んだのいつ以来だろう。三年ぶりくらいか?
「初めてでしょ?」
「そうでした」
「とにかく、何とかしてあげるって。泥風呂に入るつもりで、ね?」
「美肌になってどうするんだ……」
正しくは「泥舟に乗る」である。
「まあ、そうしといてやるよ」
「オーケー、契約成立だね!」
「契約?」
「うん。だからね……」
橋立はカバンの中からゴソゴソと何かを取り出した。
「じゃじゃーん! 宿題!」
おいおいまさか……。
「教えて?」
「はあ? やだよめんどくさい」
「あれー? じゃあさっきの契約は白紙にしちゃうよ?」
「別に構わない」
「うっ、嘘! お願いします! 教えてください!」
橋立は俺に土下座でお願いしてきた。
女子が土下座とかするなって……。
「……分かったよ。教えてやるから頭上げろ」
「ほんと? ありがとう!」
橋立は満面の笑みを浮かべた。やめろよ! そんな顔されたら何でもしてあげたくなっちゃうだろ!
「……まさか、最初からこれが目的だったのか?」
「んー? 聞こえなーい」
んなっ! さっきまで小学三年生の笑みを浮かべていたのに、もう反抗期になりやがった!
これもう制裁を与えないとロクな大人にならないな。
「おい、早く机に向かえぇ!」
「ひっ! なんか怖いんですけど」
「ビシバシ教えてやるから覚悟しとけぇ!」
「そ、そんなっ! いやぁぁぁ!」
勉強教えてて分かったんだが、橋立さん、めっちゃアホでした。