プール
橋立天乃、そして紐時すすきと共に買い物に行ったあの日から、数日が経った今日。
俺は、沢山の人が出たり入ったりで忙しない、とある出入り口で、一人呆然と立ち尽くしていた。
熱帯地域顔負けの暑さにも関わらず、なぜこんなにも多くの人がこの入り口へと入っていくのか。その答えは一つ。この先に、この暑さを緩和するどころか打ち消し、それどころか人々を最高のエンジョイタイムへと誘う、魔法のオアシスがあるからだー! ……あー、暑い……。
俺は今、地元の駅から数駅行った所にある、大手アミューズメント会社が経営している巨大アミューズメントプールに来ている。
なぜこんな所に一人で突っ立っているのかというと、それはあの日――三人で買い物に行った日の帰りまで遡る。
あの日の帰り、橋立は、電話で友達と遊びに行く約束をしていた。そこまではいい、問題はその後だ。電話を切った後、橋立はにこにこしながら、俺と紐時に「一緒にプール行こ?」と誘ってきたのだ。
俺はすぐに察した。これは「(私の友達と)一緒にプール行こ?」だということを。そしてその友達とやらは、女子だということを。
橋立大好き人間の紐時は、その誘いにすぐに乗っかったが、当然俺はそうは行かず、最初は遠慮していた。しかし自宅に帰ってから、橋立からチャットアプリで猛アタックを喰らい、渋々OKをした。
その後、プールの場所を伝えられ、日時を伝えられ、持ち物等を伝えられ、メンバーを伝えられ……気付いたらこの場所で絶賛待ち合わせ中……って何ちゃっかり乗せられてんだ俺……。
ちなみにメンバーは、橋立、紐時、そして橋立の友達の美波さん、筒美さん、そして俺、月橋 渡くんの5人。
美波さんと筒美さんは俺と同じクラスらしいが、クラス全員の名前を覚えている訳ではないので誰かは分からない。故に、男子か女子かも分からないのだ。誘われた当初は、橋立の友達というのだから女子だとばかり思っていたが、それはあくまで固定観念に過ぎない。ということは、美波さんと筒美さんはもしかしたら同性かも知れない。
橋立と電話していた声は明らかに女子の声だった。なので男子だとしたらどちら一人だ。まぁ、男子がいたところで何も変わらないか。影が薄い俺はぼっちで水遊びか、せいぜい水中ドッチボールとかいう訳わからないスポーツの審判をやらせて貰うくらいだ。あぁ、やっぱり来なければよかった……。
ネガティブ思考に陥りかけた、いや陥っていた時、向こうから橋立と紐時、そして女子二人が歩いてくるのが見えた。この瞬間、俺の淡い期待は無残にも砕け散った。
「あれー? あまのっちが言うてたわたりくんはどこにおるんー?」
「もう来てると思うんだけどな」
いや、すぐ目の前にいますよー。
紐時とチラッと目があった。
「どこにもいませんね、遅刻でしょうか?」
「おい!」
さらっと無視しやがって。
「わたりくん! いつ来たの?」
「いや、ずっといたって……」
俺の出した声でやっと気付かれた。このまま一生気付かれないかと思ったぜ。
美波さんと筒美さん、どっちがどっちかは分からないが、二人とも見覚えがあった。同じクラスなんだから当たり前か。
「どうも、月橋渡です」
一応、ノーマルに自己紹介をする。すると、二人とも返事をしてくれた。
「君がわたりくん? ウチは美波いろは! よろしゅうな! 君、友達一人もおらへんやって? ほんならウチが友達になってあげんで?」
一人はいるけどな。
「はじめまして月橋くん。私は筒美千紗。よろしくね」
はじめましてじゃ無いけどな。
「それにしても男を誘うなんてなー。やるやん! あまのっち!」
「え? なにがやるの?」
美波さんは、関西出身なのか、関西弁で話している。その容姿はギャル感満載で、肌は小麦色に焼け、髪の毛は金髪、おまけに胸がでかい。まさに関西ギャルだ。
「ねー、私もビックリしちゃったよ」
「え? なんで?」
筒美さんは清楚なイメージで、綺麗な顔立ちに黒髪ロング。男子からの人気も高そう。
「私もまさかこんな色男を呼ぶとは思いませんでした」
「え? 色男? 俺が?」
「間違えました。ヒモ男です」
「誰がヒモだっ!」
紐時はいつも通りだ。橋立以外の女子からどんな反応をされるのか気になっていたが、とりあえず嫌な感じではなさそうだ。
「あのー、男が来てよかったの?」
しかし向こうからすると、やはり女子がお望みだったのだろうか。なんかすいませんね。こんな男が来ちゃって。
「ウチはかまへんよ? 男が襲ってきたところで殴ればいいだけの話やし」
「いや、襲わないって」
「うん、私も平気だよ」
「あ、ありがとう」
「調子に乗らないでください月橋さん。私は月橋さんなんて――」
「あー、お前はいいから」
おお、女子三人相手に、なんとか対応してるぞ俺。すげぇ……。
「おしゃべりはその辺にして……いざ行こう! オアシスへー!」
『おー!』
橋立が入り口を指差しながら声を上げ、他の三人がそれに応える。
テンション高いな……。俺はこれについていけるだろうか。
◆
更衣室で着替えを終え、いざプールへ出た。屋外なので日差しは強いが、それよりも俺は、巨大なウォータースライダーに目を奪われた。
高ぇ……。ありゃ100メートルはあるな。まさかあれを滑るなんてことはないよな? 俺、多分死ぬよ?
「わー! すっごい大きいね!」
橋立の声が聞こえた。振り向くと、女子軍団が着替えを終えて登場していた。
橋立の水着はこの間買っていたものだ。一応おさらいをすると、フリルのついたイエローのビキニだ。
「せやな〜、ありゃ100メートルはあるわ」
美波さんは紺のビキニ。シンプルだが身体のラインが強調されている。胸なんてもう犯罪レベルだ。あれ見て死なない男子は俺くらいしかいないだろう。
「流石にそんなないって〜」
筒美さんは白のワンピースタイプ。清楚でおしとやか感が醸し出されている。男子にトキメキをプレゼントしてくれるタイプだ。
「せいぜい20メートルといったところでしょうか」
「へーそんなもんか。ところで紐時、なんでお前はスク水なんだ?」
紐時の水着は、スク水だった。おいおい、一言で終わっちゃったよ。
「あなたが私の水着をとやかく言う資格なんてありませんから」
「まぁそうだが……」
「すーちゃんはプールとか海に行く時、いつも学校の水着だよね」
「はい、もちろんです」
紐時はえっへんと言わんばかりに胸を張った。変なところにこだわってるな……。
「でも紐時、それはお世辞にもオシャレとは言えないんじゃないか? 自慢のファッションセンスとやらはどこに行ったんだ?」
「何も分かっていませんね。ファッションとはオシャレかどうかではなく、いかに自分に似合うかなのです」
「た、確かに……」
普段の鬱憤を晴らそうと、少し煽ったつもりだったのだが、正論を返されてしまった。
「えーこと言うなぁすーちん!」
「確かに紐時さん、スクール水着似合ってるね」
確かに、紐時の小柄な身体に、スク水は結構似合っている。というか、これほどスク水が似合う人を、俺は見たことが無い。少しイケナイ感じもするが……。ちなみに俺はロリコンでは無い。
「じゃーそろそろ泳ごっか! 色んなプールがあるけど、どれから入る?」
橋立がそう言うと、美波さんが空の方を指差し、一切の迷いなく言い放った。
「あれに決まっとるやろ!」
その指差す先は、あの巨大ウォータースライダーだった。
「ほんまかいな……」
思わず関西弁で呟いてしまった。美波さんが聞いたらエセ関西弁とか言われてしまいそうだが、俺はそのくらい絶叫系が嫌いなのだ。
ここはさりげなく、「じゃー俺はみんなのジュース買ってくるよ」とか言いながら離脱しよう。そう思っていた俺の背中を、誰がぺちっと叩いた。振り返ると耳元に橋立がいた。
「男の子があれくらいで絶叫なんてしちゃダメだよ?」
橋立は耳元でそう囁き、にっこり笑った。
逃げ道を塞ぎにきたということは分かっているのに、不覚にもドキドキしてしまった。
「じゃーウォータースライダー行こー!」
橋立はそう声を上げ、ウォータースライダーに向け歩き出した。他の皆も、その後について行く。
くそ、行くしかねぇのか……。
激しい日差しが肌を照り付ける。
ここで照り焼きチキンになるのを待つより、向こうで流しそうめんになった方がマシだよ。神様がそんな訳の分からない理屈を囁いた気がした。
俺はタイルにへばり付きそうになっている足を何とか動かし、先を歩く勇敢な彼女たちの後を追った。