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ぼっちなんだが、隣の転校生に心を読まれまくって困っている  作者: 志田 志摩
真夏のポーカーフェイス
12/17

ショッピング 2

「天乃さーん、できましたかー?」

「うん、今開けるねー」


 直方体のボックスの一面を占めるカーテンが、速いとも遅いとも言えない微妙な速度で開いて行く。カーテンの奥の景色が徐々に明らかになるにつれ、それに比例したかのように俺のテンションも上昇する。そしてついに、カーテンが全て開かれる、その時が来た――


「ど、どうかな〜?」

「お、おお……」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


「さすが天乃さん、可愛いです!」

「そう? ありがとー!」


 更衣室の中には、水着姿の橋立天乃がいた。


 うおっ、眩しい! こいつもしや、天使なのか!? と思ってしまうほど橋立の水着姿は、何というか……グッドだった。


 濃いめのイエローを基調としたビキニは、橋立の健康的な白い肌をより際立たせ、ひらひらのフリルがついたトップスはオフショルダーとやらで綺麗な肩のラインが露出されている。


 ボトムの方にもフリルが付いており、ミニスカートのようになっている。そこから伸びる白い脚には思わず目が惹きつけられてしまう。


 俺は思わずこの水着をチョイスした紐時すすきに、親指を立てグッドサインを送った。それに気付いた紐時も、こっそりとグッドサインを送り返してくる。


「わたりくん、どうかな……」


 橋立がてれてれしながら聞いてくる。俺としては、良いところ一つ一つを熱く解説したいところだが、そんなことをしたら変態だと誤解されかねないので、一言にまとめることにしよう。そう思ったのだが――


「に、似合ってる……と思う」


 俺は橋立から目を逸らし、なおかつ不鮮明な答えを返してしまった。こんな時、堂々と褒める事ができない自分が情けない。しかし、橋立はそんな事を気にもせず、心から嬉しそうに言った。


「ほんと? えへへ、嬉しいな」


 橋立から笑顔を向けられる。こんな時、できる男なら優しく笑い返したりするのだろうが、男としてのスキルを何一つ持ち合わせていない俺は、再び視線を傾けてしまった。


 紐時と俺は、橋立の水着を、「必ず褒める」という約束をしていた。紐時は、俺の反応にギリギリOKを出したのか、そっと胸を撫で下ろした。



 ◆



 橋立は先程試着した水着を買いと決めたらしく、早々に会計を済ませた。次は俺の服の番だ。


 水着コーナーから離れ、衣服のコーナーに移動する。水着コーナー同様、様々な種類の服が揃っていた。値段も手頃なものもある。


「わたりくんにはどんな服が似合うんだろうね」

「ま、派手なもの以外ってのは明白だな」

「そうかなー、意外とピンクとか似合ったりして」

「リアルでやめてくれ……」


 紐時はピンクという言葉に反応し、心から嫌そうに言った。


「うわぁ、想像するとゾッとしますね。ボディビルダーが服を着て歩いているようなものです」

「ボディビルダーは服着ちゃダメなのかよ……。てかお前、例え下手だよな。前も俺のこと、弥勒菩薩(みろくぼさつ)とか言ってたし」


 そう口に出すと、紐時は「ふっ……」と短く溜息を吐き、俺を明らかに見下しながら言った。


「これだから低脳は……」

「がっつり嫌なこと言うな」

「良いですか? これは比喩表現というのです。詩人や小説家しかできない、高度な技術なのです」


 紐時は低脳な俺にも分かりやすく、比喩表現について教えてくれた。そして「例をあげましょう」と言って俺のことを指差した。


「ここに、まるで虫のような月橋さんがいます」

「ちょっと待て、誰が何のようだって?」

「あ、間違えました。ここに、まるで月橋さんのような虫がいます」

「誰が虫だっ!」

「いや、本当にここに小虫が」


 紐時が指差す先には、確かに小さな虫が飛んでいた。


「ほ、本当だ……すまん」

「気にしないでください。誰にでも勘違いはあります。あ、これ月橋さんじゃなくて虫でした」

「お前、わざとやってるよな?」


 かなりのハイペースでボケてくる紐時。それになんとか対応する俺。そんな俺たちを見て、橋立はくすくす笑いながら、「もう仲良くなったんだね」なんて言っている。いや、そんなんじゃないからほんと。


「すーちゃん、そろそろわたりくんに似合う服、探してあげて?」

「あ、そうでした」


 紐時は俺の全身をじーっと観察し、顎に手を当てて観察の結果を報告した。


「月橋さんは、制服が似合っていますね」

「え? そうか?」


 今着ている制服は、グレーを基調としたズボンに、シンプルな白の半袖ワイシャツという夏仕様だ。別に何の特徴もない地味な制服だが……俺、似合ってるらしい。


「言われてみれば……わたりくん、制服似合ってるよ! やっぱ地味だね!」


 さらっと傷付けてくる橋立さん。むしろ紐時より辛い。


「地味と言うか……黒やグレーが似合うのかも知れないです」

「お、おお。なるほど」


 つまり、俺は地味なんかではなく、黒の剣士タイプだったということ。スターをバーストしてストリームするべき存在だったということ。決して地味なんかではなかったのだ。

 橋立が残念なものを見る視線を俺に向けているが、無視無視。


「とは言え、服は着たいものを着るのが一番です。まずは月橋さんが着たいものを選んでください。ピンクとか」

「そうだな。ピンクはねーけど」


 ということで、着たい服を探すことになった。


 着たい服、ねぇ……。かっこいいTシャツとかオシャレなパーカーとか色々目に入るが、値段だったり俺には似合わなそうだったりと、なかなか決められない。


 話は逸れるが、俺の私服はやがて文奈の部屋着になる。

 その容姿故に、どんなに地味な服だろうと着こなしてしまう妹だが、兄としてはもう少し女子っぽい服を着てほしい。そうそう、こんな感じのワンピースとか。


 俺は薄いピンクのワンピースを手に取った。その時、パサっと何かが落ちる音がした。見ると、そこには鞄を落として、呆然と俺を見ている橋立天乃がいた。


「わ、わたりくん……そのワンピース……」


 最悪なタイミングで鉢合わせしてしまった。明らかに誤解している!


「ち、違うぞ!? これは……あれだ! 妹が――」

「私は気にしないから! 何も見てないからーっ!」


 俺が事情を説明する前に、橋立は走り去ってしまった。


「最……悪……だ……」


 最悪の誤解をされた。女装が趣味の変態野郎と思われたに違いない。ああ、死にてぇ……。


 ひざから崩れ落ちた俺の肩を、誰かがぽんと叩いた。振り向くと、相変わらずの無表情、紐時すすきがいた。


「月橋さん、私はちゃんと分かっていますよ」

「ひ、紐時……」


 紐時はまるで、俺の全てを理解したようにゆっくりと頷いた。不思議と俺の心から、先程の絶望感がすーっと消えていった。

 なんて優しいお方だ……今まで毒舌キャラだと勘違いしていた……。


「本当は、ピンクの服が着たかったのですね」

「誤解だぁぁぁぁっ!」


 不覚にも女神のように見えた紐時は、ただ追い打ちをかけにきただけだった。



 ◆



 橋立と紐時から誤解を解き、俺には選べないということで紐時に服選びを任せることにした。


「全く、自分の着たい服すら選べないなんて、情けないですね」

「仰る通りです……」

「もうあのピンクのワンピースでいいじゃないですか。あれ着てたら影なんてすぐ濃くなりますよ」

「うるせぇ……」


 変な目立ち方をするくらいなら、目立たないほうがよっぽど良い。これが俺のポリシー。男女比率1:2ということで男女問わず冷たい視線を受けている今、言えることじゃないが。


「まぁ、任されたからには選んであげますけど」

「すーちゃんの本気モードだ! わたりくん、期待していいよ!」

「お、おう」


 数分後


 紐時がチョイスした服を持ち、試着室へ入る。とりあえず、ワンピースではなく普通の服を持ってきたことに安心した。


 着替えを済まし、鏡を見る。似合っているか俺には分からないが、違和感は無い。……と思う。


 外では橋立と紐時の話し声が聞こえてくる。この状況でカーテンを開くのは緊張する。まさか私服の試着を、知り合いの女子二人に見られるなんてな……。


「開けるぞー」

「あ、うん」


 シャーっとカーテンを開く。すると橋立が興味津々に、紐時は無表情だが少しわくわくしながら、俺の登場を待っていた。


「おー! わたりくんがかっこよく見える!」

「そ、そうか?」

「へぇ……。意外と良いですね」

「いやお前が選んだんだろ」


 紐時がチョイスした服は、紺のハーフパンツに白と黒のボーダーが入ったTシャツ。その上から羽織るグレーの薄いアウターの3つだ。通気性も良いので、意外と暑くない。


「でもなんか、俺がこういうオシャレな服着てると違和感ないか?」

「全然ないよ! むしろ自然な感じ」

「そうか。そりゃ願っても無いぜ」


 違和感さえ無ければいい。というのはクリア。着心地も良いし、値段もそれほど高くはない。完璧なチョイスだ。


「さすがだな、紐時。これ買うよ」

「そうですか。ワンピースは試着しなくて良いのですか?」

「しなくていいわ!」


 嫌なネタを掴まれてしまったが、服を選んでくれたのでまぁ良しとしよう。


 会計を済ませ、イトーヨーカイドーから出た時には、既に茜色の空が広がっていた。


「ふー、いい買い物ができたね!」

「そーだな」

「これで夏のお出かけはバッチリだね!」

「そーだな」


 適当に返事をしていた時、橋立の携帯が鳴った。


「はいもしもしー?」

『もしもしー。あまのっちー?』


 どうやら友達のようだ。遊びに出かけるのだろう。どこに行くのとか、何時に集合だとか、あれ持ってきてだとか、そんな声が聞こえる。


『三人だと寂しいからさ、もう二人くらい誘ってよ』


 携帯からそんな声が聞こえた時だった。橋立は俺と紐時の方にぱっと振り返り、キラキラと輝く瞳を向けてきた。それはまるで、小さな子供が大好物のお菓子を見つけた時のような、ワクワク感を帯びた瞳だった。


 何事かと思い、俺と紐時は目を見合わせた。そんな俺たちを他所に、橋立は携帯に向かって「おっけー!」なんて元気よく喋っている。


 これは……かなり嫌な予感がするぞ……。

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