ショッピング
「あ、もうこんな時間。そろそろ行こっかー」
白熱のババ抜き大会を終え、時計の針も正午を回ろうとした頃、橋立が立ち上がり言った。
「行くって、どこに?」
「どこって、イトーヨーカイドーだよ」
イトーヨーカイドーとは、全国に展開している大型商業施設、いわばデパートのようなものだ。この高校から少し行ったところにもあるのだが、そこに行くのだろうか。
「そこに行きます!」
「何をしに行くのですか?」
「わたりくんとすーちゃんの仲を深めるっていうのと……その、水着の新調とか……」
「そっちが本命なのか……」
「天乃さんの水着姿……」
なんか紐時が興奮しているような……。うん、気のせいだな。無表情だし。
そういえば、持ってこいって言われたから財布持ってきたけど……これはもしや、俺が払わされるパターンじゃね? ひえぇ、橋立さんえげつなっ!
「ち、違うよ! ほら、昨日のわたりくんの私服が地味だったから!」
グサッ。
「あれは地味というよりダサいという言葉の方が似合うと思います。あ、でも月橋さんには似合っていましたよ」
グサグサッ。
「ダメだよすーちゃん! わたりくんが傷付いてる!」
「え? 私が悪いのですか?」
「お前らどっちもだよ!」
心に二発のダイレクトアタックが突き刺さる。お前ら、いつの間にシールド全部ブレイクしてたんだよ。
「でも、私服を選んでくれるというなら喜んでお願いしたいところだ。俺はファッションとか疎いからさ」
「ほほう。なら私にお任せなのです」
紐時がキリッとした声音で名乗りを挙げる。
「紐時が?」
「すーちゃんはね、服のコーディネートとかすっごく上手なんだよ!」
「え、そうなの?」
「天乃さんが言うほどではありませんけど、まぁそれなりには」
とは言いつつも、自信満々に胸を張る紐時。そういえば昨日出くわした時も、いい感じの服を着ていたような……。なんか意外だな。
「今回もよろしくね、すーちゃん!」
「はい、天乃さん!」
二人の仲良さげな会話が聞こえてくる。それは至って自然な、純粋な会話だが、何故か俺の中だけ、違和感が消えない。
◆
おかしいのは、橋立の方だ。
仲良くお喋りしながら歩く橋立天乃と紐時すすきの後を、少し遅れて歩いていた俺は、聞こえてくる二人の会話を聞きながらそんなことを考えていた。
いや、会話の内容がおかしいとか、そういうのではない。会話自体は至って自然だ。むしろ自然すぎるくらいに。
なのに。自然な筈なのに、どこかいつもと違う。でも、その違うというのは決してマイナスなものではない。それは確信しているのだが……。あーもう分かんねえ! 俺も橋立の心が読めたらなあ……。心が読めないのは不便ですね。
色々考えたが、これといった解は出なかった。まぁ解を求めたところで特典がもらえる訳でも無いし、もう考えるのをやめてショッピングを楽しもうと思う。
出発してから10分程でイトーヨーカイドーに着いた。夏休みということもあり、そこそこ混雑している。
お昼時なので、フードコートで適当に昼食を済ませる。男女比率が1:2ということもあってか、周囲の男共の視線が痛い。もはや殺意まで感じるレベル。ていうかお前ら、なんでこの時に限って俺の存在認知しちゃってんだよ。せっかくなら普段からそうしろよ。
階を上がり、衣服の店が集中しているゾーンへ向かうと、女性用の水着コーナーが堂々と待ち構えていた。プールや海水浴シーズン真っ盛りということもあり、多くの女性で賑わっている。
ちょ、ここに入るのはハードル高すぎやしませんか? しかも女子二人に男一人って……しかもその男が俺って……。
「な、なぁ、まずは俺の服から……」
「何を言っているのですか! 天乃さんが最優先です! あなたの服など後回しに決まっているではないですか、図に乗らないでください」
「さいですか……」
そこまで言われたら、流石の俺も萎びてしまう。へなへなになっていた俺に、橋立が「ごめんね(てへぺろ)」みたいな視線を送ってくる。
まぁ別にいいよ。俺の服選びなんておまけみたいなものだし。
「じゃあ二人でゆっくり選んでてくれ。俺はそこで待ってるから」
「え? いやちょっと待って!」
修羅場を回避し、ゆっくり午後の部の紅茶でも飲もうと思っていた俺を、なんかもじもじしている橋立が呼び止めた。
「その、なんていうか……ほら! 男子の意見も聞きたいし!」
「まぁ、確かに……男性店員に意見を聞くのも良いと思うが」
「アホですかあなたは、営業トークでより高いものを買わせようとする店員より、あなたの率直な意見の方が確実でしょう?」
「つ、つまり?」
橋立は身体をよじらせながら、上目遣いで言葉を放った。
「わたりくんも……一緒に来て……」
「……お、おう」
そんなに顔を赤くしてお願いされたら、断れる訳がない。なんかこっちまで恥ずかしくなってきちゃったじゃねぇか!
そうして俺は、やや仕方なく、そして超ドキドキしながら二人の後に着いていった。
水着コーナーには、派手なものから控えめなものまで、露出度が高いものから布地が多めのものまで、全方位にかなり揃っていた。
「天乃さんに似合うのは、この辺ですね」
「あ、これかわいい!」
二人のそんな会話をよそに、俺の心臓は爆発しそうになっていた。
あっちには大学生くらいのお姉さんたちが、俺をじろじろ見ているような! こっちには同年代の女子二人組が俺を見てヒソヒソと何か言っているような!
自意識過剰にも程があるが、この状況は自意識過剰にならざるを得ない! むしろこの状況で余裕ぶってる奴の方が俺は怖い! あ、やばい、今俺の心拍数が400を超えた……!
「何を緊張しているのですか?」
「うおっ!」
横を見ると、耳打ちをしようとして紐時が背伸びをしていた。ってか顔が近い!
「勘違いしないでくださいよ、別に月橋さんの意見を聞きたい訳ではありませんから。あの時たまたま近くにいた男子があなただっただけです」
「わ、分かってるって」
怪訝な目で俺をじーっと見つめる紐時。しかしやがて、陰鬱そうに言った。
「でも天乃さんは……」
「ん? 橋立が何だって?」
「天乃さんは私なんかより、あなたの意見の方が聞きたいみたいです」
「は? 何言ってんだ」
俺には紐時が何でそんなことをそんな悲しそうに言うのか分からなかった。だから率直に、俺が思っていることを言った。
「これはあくまで俺の意見だが、お前は橋立にとって特別な存在だと思う」
「え?」
「見てて思ったんだが、橋立は他の友達と比べて、紐時との接し方が何か違う気がするんだ」
「ああ、それはですね……」
「橋立は友達に順位をつけるようなやつじゃないが、それでも紐時と話している時のあいつは、明らかに楽しそうだ。だから俺なんかじゃなくて、一番仲良しのお前の意見が、橋立は聞きたいと思うぜ」
途中、紐時が何かを言おうとしていたがそのまま続けてしまった。怒られるかと思ったが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「そう……ですね。確かにファッションセンスゼロのあなたより、私の意見の方が良いに決まっています」
「ああ、どうせ俺はセンスゼロだよ」
「その通りです。でも……これだけは約束してください」
紐時は橋立が向こうにいることを確認し、俺の目を見ながら優しく言った。
「天乃さんの水着、絶対に褒めてあげてくださいね?」
「お、おう!」
当たり前だろ。紐時が選んで橋立が着るんだ、褒めない訳が無い。むしろ期待MAXだ。
「でも、あんまり派手なのは選ぶなよ?」
「さぁどうでしょう。あなたの助言は聞かないでおきます」
紐時の小さな唇が、ほんの少し緩んだ気がした。