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ぼっちの日常に変化球

 世の中にあり得ないことなど無い。と俺は思う。


 例えば、今日死ぬ可能性は決してゼロでは無いし、明日には世界が滅亡するかもしれない。地球には巨人が生息しているかもしれないし、地球の裏側は重力が逆転していてもおかしくないだろう。


 この世は可能性で溢れているのだ。


 だから、俺はどんなことが起きても驚かない。そこに可能性がある限り、どんな事だって起こりうるから。


 だから、俺の影が薄すぎてクラスの誰にも認知されないことにだって、驚いたりはしない。


 ……というかもう慣れた。


 生まれ持った天性なのか知らんが、俺はめちゃくちゃ影が薄い。その薄さと言えば、気配無さすぎてアサシンにスカウトされるレベル。そしてスカウトしに来たアサシンも、多分俺に気付かない。まさに消えた天才だ。いや、消えてる天才か? ……どうでもいいや。


 そんな訳で、俺の高校生活は灰色を軽く通り越してもはや無色だ。


 誰とも話さないし話せない。

 空間上にもデータ上にもちゃんと存在しているが、クラス社会的には存在しないに等しい。

 マジでクソつまんない平和な青春だ。



 ◆



 しかし今日、途轍もなく暑い真夏日の今日、後にも先にも何も起こらないと思われた今日……


 俺の平和な日常は唐突に破壊されたのだった。



 ◆



 いつものように時間ギリギリで教室に入る。

 もちろん、誰も反応しない。というか気付いていない。この調子なら遅刻してもバレる心配も無いな。と思いながら、定位置である窓際の一番後ろの席に座る。


 間も無くしてチャイムが鳴った。それまで立ち歩いたり駄弁ったりしていた奴らが皆、各々の席に腰を下ろす。が、俺の隣には誰も座らない。


 俺の隣の女子は先月転校した。


 そいつは超が付くほど良い奴だったらしく、転校するにあたってクラス全員にお礼の手紙を書いて渡していたらしい。そして彼女は、隣の人に書き忘れるという致命的なミスを犯したことにも気づかず、涙ながらに去って行ったのだ。


 今思うと、中々でかいスケールの無視だったなぁと思う。ま、気にしないけど。悪気があったわけでもないだろうし。もしあったら泣くと思う。


 悲しいことを思い出してるうちに、担任が教室にやってきた。


「みなさーん、おはようございまーす」


 いつにも増して機嫌がいい女教師は、教室全体をぐるりと見渡して口を開いた。


「今日はみなさんに良いお知らせがあります。入って来て」


「はーい」という返事と共に入ってきたのは、一人の少女だった。


 教室がざわつく。「キャーカワイイ!」と興奮する女子。男子は「うおー!」などと熱狂している。無理もないだろう。美少女だ。


 地毛なのかよく分からない薄めの色のショートヘアをひらひら揺らし、透き通るような白い肌は少し露出が多いような。だがビッチではないことを証明するかのように純真な瞳。


 なんと言うか、俺のド・ストライク。


「転校してきました。橋立(はしたて)天乃(あまの)です。これからよろしくお願いします!」


 転校生はにっこりと笑顔を見せた。


 拍手喝采。クラスに新たなヒロインがやってきたのだ。元気だけが取り柄というありがちなこのクラスも、より一層盛り上がることだろう。

 俺を除いて。


 複雑な心境で橋立と名乗る転校生を眺めていたら、なんとなんと、目が合った。


 転校生は俺にだけ見えるように、再び微笑んだ。


 ドキッとし過ぎて心臓が破裂しそうだったので、かわいい×20を贈呈すると共に目を明後日の方向へ。


 それにしてもかわいいなあ。リアルでこんなにかわいい女子久しぶりに見た。ああ、こんなにかわいい女子と青春を謳歌したかった。もし俺に存在感があれば……


 いかがわしいとも言えなくもない妄想が、脳内で花を咲かせる。


 いかんいかん。変な妄想はやめろ。この世は可能性に溢れているんだぞ。あの転校生が実は超能力者で、俺の考えていることが全て見透かされてることだってあり得なくないんだぞ!


「その通り! 君、面白いんだね!」

「ま、そんな訳……へ?」


 気がつくと転校生が俺の隣に座っていた。

 何故だ?


「君の隣が空いてたからだよ。先生の話聞いてなかったの? それと転校生じゃなくて橋立天乃!」


 橋立天乃……声も可愛らしい。てかこいつ、俺に気付いているだと?


「さ、最初から気付いてたよ。わざわざ笑ってあげたじゃん」


 橋立天乃は何故か耳を染めて言った。


 そ、そういえば、微笑みかけてくれていた。圧倒的な影の薄さを誇るこの俺に……あまりに自然過ぎて気が付かなかった。


 って! そんなことはどうでもいいんだ! さっきこいつ、その通り! とか言ってなかったか?


「うん。その通りだよ。実は私ね……」


 橋立天乃が小さく手招きしたので顔を近づけると、俺の耳元に彼女の小さな顔が寄ってきた。やべぇ、可愛い。


「んっ!? コ、コホン! 私……人の心が読めちゃうの」


「こ、心が読める⁉︎」

「そ! 正確には心というか、考えていることだけどね」


 考えていることが読めるだって? そんなアホな。あり得ない。こればっかりは俺の意見を捻じ曲げても良い。あり得ない。もう一度言う。あり得ない。


「おやおや? 疑ってるな?」

「そりゃ急に人の考えが読めるなんて言われたら、誰でも疑うっつの。それともなんだ? 今の「疑ってるな?」ってやつだけで俺の心を読んだとか言ってんのか?」


 だとしたら片腹痛し。


「むー、何言ってんのか分かんない。それと真似するなし」


 橋立天乃は頬を膨らませふてくされた。

 そんな仕草もいちいち可愛い。


「またっ!?」


 今度は急に驚いたような声を出し、ぽっと頬を朱に染めた。そして俺の方をチラチラ見てくる。


 ま、まさか……今までの可愛いってのが……?


 橋立天乃はコクリと頷いた。


「本当に心が読めるのか?」

「だからそうだって言ってんじゃん!」


 マジかよ……。って事はさっきの妄想も読まれてちゃってたのか……? いいや、認めない。


「認めてたまるか!」

「もー! 頭固いなあ! さっきから何度も心読んでるじゃん!」

「いいや、そんなものじゃ足りないな。心が読めるというなら、今から言う俺の質問に答えられるはずだよな?」

「う、うん! 当たり前!」


 もし橋立天乃がこの質問に答えられたら、そこは諦めて潔く認めよう。


 ということで難問参ります!


「では行くぞ……俺の昨日の夜ごはんは?」


 さぁどうだ! 心が読めるなら分かるはずだよな?


 橋立天乃は、「う、む? う〜む?」と言って首を捻らせるが、一向に答えない。


「ふっふっふ。やはり答えられないじゃないか! 所詮は少しばかり読心術が上手いだけの嘘つき小悪魔だったんだな」


 適当に罵ってやったが、自分でも意味はよく分からなかった。


 ちなみに正解はカレー。


「分かったカレーだ!」

「なにぃぃーっ!」


 あり得ない……何故急に分かったんだ……。


「私はその人が今一番考えていることが分かるのだ。君が今カレーを考えたから分かっちゃったんだよ」

「く……認めざるを得ないか……」

「ふふふ、私の勝ちだね。あ、このことは他言無用でおなしゃす」


 くそ、無性に悔しい。まさか本当に心が読めていたなんて……。


 だがこれで証明できた。やはりこの世にあり得ないことなど無い。俺の考えは正しい! 超能力者だって存在する!


「うん! やっぱり君は面白いよ! 私も色んな人の心を読んできたけど、君みたいな人は初めてかも。ね、私と友達になってよ」

「え? お……おお」


 急なフレンド申請に、俺は少しだじろいでしまう。なにせ友達なんかできたことない。もちろん欲しいとは思うが、初めての友達が心が読める超能力者なんて、ハードルが高すぎる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。たとえ君がエッチなこと考えてても、そんな簡単に嫌いになったりしないよ?」

「……ま、まあそれはありがたいが……」


 心が筒抜けって、やっぱり怖いんだよ……。


「もー! チキンだなぁ! じゃあ私の前では何も考えなければいいんだよ。考える前に喋る! ね?」

「ねって……そんなことできねーよ」

「練習するんだよ」

「はあ?」

「ね? いいでしょ?」

「……」


 けれど、もし橋立天乃と友達になったら、俺の灰色の人生に彩りが加わるかも。そしてあわよくば、俺の存在感も大きくなってクラスのみんなに認知されるかも。そうまではいかないとしても、友達ができるというのは人生の大きな経験となる。なら、橋立天乃と友達になって、色々な経験を積むのも悪く無いのではないか。


 あっ、経験って変な意味じゃ無いからね?


「変な意味なら殴ってたよ!」

「う、うるせえ! てかさっき、エッチなこと考えてもいいって言ってただろ!」

「エッチっていうのは、手を繋ぐとかハグするとかだよ!」

「基準がぶっ壊れてやがる……」


 ピュアすぎるだろ……。


「とっ、とにかくっ! 友達になろ?」

「ああもう、分かったよ」

「やった! そだ、君の名前教えてよ」

「ああ、月橋(つきはし)(わたり)だ」

「おお! 橋立と月橋で『はしはしコンビ』だね! うん、パーペキ」

「とこがだ……」


 パーペキって……久し振りに聞いたぞ。


 ちなみに、パーフェクトと完璧の合体語である。


「じゃ、よろしくね? わたりくん」

「お、おう」


 橋立天乃は俺に手を差し出してきた。それに一瞬躊躇したが、ここは男らしく握ってやろうと思い、ちょっとだけ握った。すると橋立天乃は、強く握り返してきた。のに……ちくしょう! 柔らかい! ……ってこれも読まれてんだよな……。


 その時、チャイムが鳴った。


「気をつけ、礼」

『ありがとうございました』


 どうやらいつのまにか授業が始まっていて、いつのまにか終わったらしい。


 そこそこでかい声を出してたにも関わらず、誰にも気付かれていなかった。恐るべし俺の力。転校生の存在感も軽く凌駕する。


「えっと……ノート、見せて?」

「いくらでも見ていいぞ」


 当然、今日のところは白紙である。


「だ、だよねー」




 気温と共に体温もかなり上昇してきた気がする。あまりにも予想外の展開に、俺の精神もオーバーヒート寸前だ。ここらですこし冷まさないと。


 そう思って窓の外を見ると、グラウンドに陽炎が見えた。夏はまだまだ暑くなりそうだ。

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