これは断じて嫉妬なのではない!
あれから何日経っただろうか。
ひたすら生きるために夢中で狼を狩って喰って眠くなったら寝るという生活を送っていた俺であったが、ある日ふとそう思った。
もしかしたら何か月もたっているかもしれないし、一週間も経っていないのかもしれない。
ずっと、というか生まれたときから太陽の届かない真っ暗なダンジョンの中で暮らしているので時間の間隔が全く把握できないでいる。
時間を気にする余裕が出てきたのも俺がこの生活に慣れてきたということや、成長スピードもだいぶ落ち着いてきて起きたら猛烈な空腹感に襲われるということもなくなったということもあるが、なにより武器の存在が大きいだろう。
今使っているのは適当な岩を割って作り出した大きな石斧だ。
碌に研磨もせずちょうどいい感じに割れた破片をそのまま使っているので見た目はなんとも不格好なものだが、岩だけに乱暴に扱っても壊れないというところが非常に気に入っている。
原始人が使うような非常にシンプルな武器であるがこれが驚くほど役に立った。
戦い方は単純明快。こちらに向かって襲い掛かる狼に向かって思い切り石斧の先端を突き刺して殺す。それだけである。
それだけなのだが今までその戦法が通用しなかったことはなかった。
人類は武器と火を使うようになってから著しい発展を遂げたという話も知っていたし、ゲームでも強い武器の存在は必須だったから武器の有用性については十分理解していたつもりであった。しかし実際に使ってみると狩りが格段に楽にスムーズに進み、ここまで違うのかと驚嘆した。
今の俺は体格がかなり大きくなっており2m近くあり、ブヨブヨと醜い脂肪の下にはその巨体を支えるために頑丈な骨と確かな筋肉がついている。そんな俺がくりだす攻撃はただ岩の破片を振り下ろすだけでも相当な威力を発揮した。
それこそ一撃で大きな狼に致命傷を与えるほどに。
最初は狼の骨とかも先をとがらせて使っていたんだがすぐにやめた。骨も弱くはなかったのだが、俺、つまり成長したオークの膂力に耐えられるほどではなく2、3回も使うとすぐに折れてしまうのだ。折れるたびにいちいち加工するのは手間で性に合わなく、石斧を作って使うようになった。
今は狼を生で食うのも結構慣れてきて、排泄物が詰まっている腸や膀胱を除いた内臓や骨も食べるようになってきた。慣れって怖いね! もしかしたら今なら虫も食えるかもしれん。いや、喰わんけど。
でも狼の食べ過ぎだろうか? 最近はピンク色の体色も狼の毛皮のように少し黒みがかってきた。変な病気でなければいいんだが・・・・・・。
まあ、しばらくたっても特に体調に変化はないので放っている。
生活に余裕が生まれてからは探索により時間をかけるようになった。
これまでは狼の縄張りからはずれた場所に拠点を作って、眠くなったらそこで寝るといった生活をするようになったが、拠点から離れより遠くの場所に行くようになる。
だがどんなに移動してもげじげじと狼、そして時々ネズミのような小動物を見かけるだけで、俺と同じオークを見つけることはなかった。
だがその代わりに俺はある日、地下へと続く階段を見つけた。
※
さて、下へと続く階段を見つけたわけだが、おそらく下層へと続くのだろう。
てっきり広い洞窟型のダンジョンだと思っていたが、ここは階層式のダンジョンのようだった。
ここで、俺は下りるかとどまるか考える。
階段を下りて下の層に行けばより強い敵が現れるようになるんだと思う。ダンジョンの定番だ。間違いない。
一方で留まった場合、この層には今の俺の脅威となりえるものはなく俺は安全に暮らせるだろう。しかし長くずっと生活して分かったが、ここはオークが住むのには適していない。
この層にはゲジゲジと、ゲジゲジを食べる小動物、そしてその小動物を食べる狼しかいない。最初の小さかった頃はいいとしても、大きくなった今の体では十分な食料を得るのも難しくなってきたし、これからもどんどん大変になってくるだろう。
それにここまで探して俺以外のオークが見つからないことからも本来のオークの生息する場所はここではなく、おそらく下の層だと思われる。子供を産むときだけ上層に上るとかそんな感じなのかな? あくまで推測なのだがそうだとすればもっと下の方にはもっと食べごたえのある生き物や植物があるかもしれない。
少し逡巡した後、俺は階段を下りることにした。
ただ俺の予想に反して環境が大きく変わることはなかった。
階段を降りるとそこには森林とか海が広がっていた、ということはなく相変わらず暗い洞窟のままで、狼以外のモンスターが出ることはなかった。
変わったことといえば狼の数くらいだろう。
今までは一匹か二匹で行動していたのに、階段を下りてからは数匹の群れで襲い掛かってくるようになった。
一度十数匹の狼の大群に襲われたこともあったが、数匹に体のあちこちを噛まれても気にすることなく、一匹一匹丁寧に確実に殺していき最終的に全滅させた。今の俺の体は狼程度が少し噛んだ程度ではびくともしないほどに成長していたのだ。
下の階層でも特に問題なく過ごせており、そのヌルゲー具合に最初のころのルナティックさを思い出しながら退屈すら感じ初めていたが、やはり神様とやらは俺のことが嫌いらしい。
完全に油断していたところにいきなり俺の背中にとんでもない熱と衝撃が加わり俺は前方に吹き飛ばされていった。
※
――何が起きた!?
訳も分からず吹っ飛ばされた勢いで武器を落とし、地べたに這いつくばるという情けない姿をみせたが、俺も何度も死線を潜ってきた身。急いで立ち上がり状況の把握に努める。
そして少し離れた場所にいた驚いた顔の二人の人間の姿を捉えた俺は、後ろから炎の魔法を不意打ちされたのだと理解した。
今の俺はオークでモンスターだけではなく人間もまた敵なのだ。しかしずっと人間と会うこともなく狼ばかりと戦っていて完全に油断していた。
畜生!
背中がすんげえ痛いし、さっきからすごいひりひりする! なんてことするんだこのガキども!
いきなり背中から攻撃されるという理不尽な行為とあまりの痛みに怒りが湧く。
だけどそれ以外は特に怪我もなく、手や足の可動にも支障はない。
「プギイイイイイイイイイ!!」
痛みをごまかすために俺は怒りを込めた声で吠え、すぐそばに落ちていた石斧を拾い上げ臨戦態勢を整えた。
冒険者たちは驚いたような顔をして様子を見ていたがそれでも逃げる様子はなく、戦闘続行の構えを見せる。
いいだろう! 受けて立ってやる!
はじめての人間との戦いだ。
そう自分を奮い立たせつつ感情を落ち着かせ、しっかりと相手を観察する。
この世界に来て最初の頃に見た冒険者よりもずっと若い。おそらく10代後半になったばかりといったところだろうか。
恰好から男の剣士と女の魔法使いというありふれた組み合わせの冒険者パーティーのようだと推測する。
立派な剣を両手に構えた男の方は前世の俺のような地味な見た目だったが、女の方は違う。
男の後ろで杖を持っているのは美しい金色の髪を後ろで一本に束ね、勝気な目をしたとても美しい少女だった。
正直男と全然つり合いが取れていないなーと思う。
だがライトノベルとかネット小説とかでよく見る組み合わせでもある。
もしかしたら男の方は俺と同じ転生者かもしれない。聞いてみたいが、オークとなり果てた俺ではピープ―といった鳴き声しか出せないので意志の疎通を図るのは無理だろう。悲しいね。
「嘘だろ!? フィーリアの魔法が全然効いていない!?」
少年が驚いた声で叫ぶ。
魔法を一撃まともに食らったのにピンピンして立ち上がった俺が意外だったらしい。いや、本当はすごく痛いし全然ピンピンなんてしていないのだがそこは張ったりで押し通す。それで逃げてくれたり警戒して追撃をためらったりしてくれたら御の字だ。
「ちっ! 結構硬いわね! でも全く効いていないってわけじゃないみたい。あと2,3発も当てればかなり弱ると思うわ!」
「わかった。僕が足止めするからその間フィーリアは詠唱に入って!」
「ルーシュも無茶しないでよね! 危なくなったらすぐ逃げるわよ! あいつ、普通のオークよりずっと硬いわ。色もなんだか黒っぽいし。もしかしたら変異種かも」
「心配ないさ! それに本当に変異種ならこれでランクが上がるかもしれない! 僕たちならやれるさ!」
「べ、別に心配なんてしてないわよ! あんたがやられたら誰が私を守んのよ! 全く!」
俺に注意を払いつつ喧嘩するという器用なことをやりながら、少女はほほを赤く染めていた。
・・・・・・俺はさっきから何を見せられているのだろうか?
さっきとは別の意味で殺意がわいてくる。
何これ? ラブコメか? 他人のラブコメを見せつけられてんのか?
なに君たち死にたいの? 殺されたいの? いや死にたいんだな! オーケー分かった分かった。
俺に喧嘩を売ったこと後悔させてやんよおおおおおおおお!!
俺は殺意を込めて咆哮する。
少年たちも無意味な会話をやめ、さっと顔を真面目なものに戻す。言葉は分からなくても意味は伝わったのだろう。
・・・・・・言っておくが別に俺は何も彼らに嫉妬して殺そうとしているわけではない。
今はこんななりだが腐っても元人間。
積極的に人を殺したいとも思わないし、さすがに人間を食べようとも思わないが、向かってくるなら容赦するつもりはない。
別に彼らが悪いと言っているわけではないのだ。
俺の姿はどこをどうみてもオークだし、冒険者という職業がダンジョンに入ってモンスターを倒すというのは当たり前の話だと思う。そこにいちいち善悪を問う気はなく、俺は決して彼らを責めるつもりはない。ただ、それはそれとして俺もただで殺されてやるつもりもないし、殺さないように態々手加減するつもりもない。俺はそこまでできた人間ではないのだ。
殺さなければ殺されるから。
それが俺が戦う理由だ。
だから、誤解してほしくないのでもう一度だけ言おう。
これは断じて嫉妬なのではない!