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一口だけ。一口だけだから!

 腹が減った!


 なんとか冒険者たちを巻いたまではよかったが、ただでさえ何も喰ってない状態で全力疾走をした無理がたたり、今我慢できないほどの空腹感が襲い掛かってきている。

 このままではじきに動けなくなり飢え死にするだろう。至急なにか喰わねばならん。


 しかし! 辺りを見渡してみても見事に何もない。さっき冒険者たちの言葉を信じるならここはダンジョンらしいのだが、さっきからただひたすら岩だらけの道が続いているだけである。草一本はえてやしない。


 クソがっ! 俺に飢え死にしろと言いたいのか!


 いや、よく考えろ! 喰うものがないなんてことはありえない。でなければ他のオークたちも生まれてすぐに飢えて死んでしまうことになる。きっと俺が見つけられていないだけで、ここには生まれたばかりのオークでも自分でとれる獲物があるはずだ。


 この理論にはおかしなところはなく、客観的にみてもとても理にかなっている。しかしそれをあざ笑うかのようにいつまでたっても獲物は見つからなかった。この前俺を喰おうとした狼すらいない。いるとすればさっきからときどき見かけるゲジゲジのような虫くらいなものだ。


 こいつらはこのダンジョンの至る所にいて何度も踏み潰しそうになるので注意して歩かねばならず本当に鬱陶しい。靴を履いているならともかく裸足で直で踏むとか勘弁願いたい。


 俺は昔から虫が苦手なんだ! 触れるやつの気がしれ・・・・・・あれ? ちょっと待てよ?


 この瞬間、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。いや、浮かんでしまった。

 

 もしかして・・・・・・餌ってこいつらじゃね?


 まさかな~と思いつつ、俺はその考えを捨てることができないでいた。

 こいつらはちょっと探せば地面やら壁やら至る所に這っているのが見える。捕まえるのもそんなに難しくなさそうだ。それに虫は動物よりもずっと栄養価が高いという話を聞いたことがあるし、確かに見た目と味を考慮しなければ理想的な食い物かもしれない。

 

 え? いやマジで? 喰うの? これを? 誰か? 俺が?


 ・・・・・・ごくりっ。


 恐る恐るちょうど足元にいたゲジゲジをなるべく触れないようにに指と指の先でつかみ取る。恐ろしいほど簡単につかまえられた。もうちょい頑張って逃げてくれよ。引き返せなくなってきたじゃん・・・・・・。


 ゲジゲジの側からすればひどく勝手なことを考えながら、一思いに食べてしまおうと口を開けゲジゲジをつかんだ手を近づけるが、どうしても実行に移せず口から離し、また口に近づける。


 そんなことを数回繰り返すうちに、掴んでいたゲジゲジの足が突然取れ、ゲジゲジはぽとりとその場に落ちた。また捕まえようとすれば捕まえられるんだろうが、俺はため息をついて残った一本の足を放り投げその場から立ち去った。


 やっぱり無理だ。俺にはあんなもの絶対に喰えん。


 俺だって現状は一応分かっているつもりである。今は食べるものをえり好みできる時じゃない。どんなものでも我慢して食べなくちゃ生きていけないのだ。

 分かってる。

 分かっているが・・・・・・いくらなんでもこれはなくないか?


 あの毒を持っているような不気味な体色と、わさわさとうごめく無数の足をみるととても食べようとは思えない。あれを口の中に入れてくっちゃくっちゃと噛んで飲み込むとか考えただけでも死にたくなる。


 昔読んだ小説にいきなり人外転生した主人公が食べるものが他になくて虫を食べているシーンがあったが良くできたなと今では感心する。

 そんだけメンタル強かったらそりゃあ強くもなりますわな。俺には無理そうだ。


 いや、俺だってカップラーメンとかサンドイッチを食わせろと言っているわけではない。


 ただ野生の世界といってもウサギとか鹿とかイノシシとか、魚とか亀とか蛇とかもっと食うのに抵抗がなさそうな動物はたくさんいるだろ? なのになんでよりにもよってゲジなんだ!? ふざけてんのか!?


 あまりに理不尽な現状に怒りがわく。ぜってえ虫なんか食ってやるものか! 

 ゲジゲジを喰うのをきっぱりと断念し、代わりの食べ物を求めてしばらく当てもなく歩き続けるが相変わらず食べられそうな獲物は見つからない。


 そうしている内にとうとう限界が近づいてきたのか目が回ってきた。もう今自分が歩いているのかどうかは定かではない。

 目の前にはステーキ、ラーメン、寿司にすき焼き。俺の好物たちが浮かんでは消えていっていく。完全になんかの末期症状である。


 ついにはなんだかすごくいい匂いまで漂ってくる始末だ。

 例えるなら、焼き肉屋の前を通ったような、肉が焼けた香ばしい匂いだった。


 いかん、どうやら空腹で鼻までいかれたようだ。


 こんな場所に焼き肉屋があるわけないだろ! しっかりしろ! これはお前の気の迷いだ!


 だが、歩けば歩くほど匂いは消えることがなく逆にますます強くなっていく。

 俺はその匂いに引き寄せられていくうちにその正体にたどり着く。


 俺の目の前に飛び込んできたのは、数頭のオークが黒焦げになって焼け死んでいる光景だった。


 周りには剣で切り殺されたらしいオークの死体もあり、そこで俺は自分が歩き回っているうちにいつの間にか最初の場所に戻ってきていたことに気づいた。


 途中で何度も枝分かれした道もあったし、それもおかしなことではないだろう。しかし冒険者たちが別のところに行っていてよかった。ここで鉢合わせしていたらもう逃げられなかっただろう。もう俺には走る力などどこにも残されて・・・・・・はっ!


 そこまで考えたところで、自分がふらふらと兄弟の焼焦げた死体を手に取り食おうとしていたことに気づく。


 いやいやいやいや! 何してんだ俺!

 いくら俺でも一応実の兄弟を食べるとか・・・・・・ないだろ!

 こいつらは確かに化け物だけど、この世界では彼らは紛れもなく同族であり血を分けた俺の兄弟だ! そんな彼らをどんな理由があろうとも食うとか・・・・・・今の俺に唯一残された人間の心が許さないよ! 


 それに彼らがいなければこんな風に無様に死んでいたのは間違いなく俺だった。彼らは間違いなく俺の命の恩人ならぬ恩豚だった。俺は死ぬことになろうとも、そんな彼らを喰うことなど断じてない! 俺はそう決心し、別の獲物を探して道を引き返そうとするが・・・・・・


 ぐ~~~~~~!


 それをとがめるようにお腹の音が大きくなる。


 ・・・・・・ひっ、一口だけ。一口だけだ。一口ぐらいなら俺の人間の心も問題ないと言っている!


 そう自分に言い訳しながら、俺は一口だけ焼けて香ばしい匂いを放つオークの手を齧った。一口だけだから!





 ゲ―――――プッ!!

 いやー! 食った食った。満腹だ! まるで生き返ったかのような気さえするぜ! ただ中の方まで火が通ってなかったのは減点だ!


 ・・・・・・え? 兄弟を食うとか俺の残った人間性が許せないとか言ってなかったけって?


 ・・・・・・そんなこと言いましったっけ?


 いや大丈夫大丈夫! 彼らは俺の血肉となることでこれからも生き続けることになるんだ。言ってしまえばこれは救済だ! ・・・・・・こんな感じの理屈でどうだろう? 


 え? ダメ? 屑? 

 ですよねー。 俺もそう思うわ。

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