難易度ルナティック過ぎない!?
狼の大きな口ときれいに並んでいる鋭い牙が刻一刻と近づいてくるのが見える。
なのに俺の体は碌に動かず抵抗することはおろか逃げることもできないでいた。
完全にまな板の上の鯉状態である。
いや、鯉ならまな板の上でも跳ねることくらいはできるので、今の俺はそれ以下ということになるか・・・・・・。
あ! やばいやばいやばい! そんなどうでもいいことを考えている間にもどんどん狼が近づいてくる。
生きたまま狼に喰われるとか、考えうる最悪の死に方の一つじゃないですか勘弁してください!
せめて死ぬとしてもヒロインをかばってとかラスボスと相打ってとかそんなかっこいい感じで死なせろ! オークに生まれたのは許せてもこんな死に方絶対に嫌だ!
神様ああああ! 俺以外はどうなってもいいのでどうか俺だけは助けてくださいお願いします!
そんな屑のような願いが通じたのか、狼は俺ではなく俺の隣に寝かされていた兄弟オークにかぶりついた。
よし! やっぱり日ごろの行いがいいからかな!?
すまん、名もなき兄弟よ。でもこれが生存競争というやつなんだ! せめて痛みも感じる間もなく死ぬことを祈る。
そんなふうに最初は助かったと喜んでいたが、オークの肉が引きちぎられ食い漁られる生々しい光景に、グロ耐性のない俺は思わず目をつむる。もしもあそこに俺が寝かせられていたら、今生きたまま喰われているのは俺だと思うと肝が冷えた。
がぶっ! ぐちゃぐちゃ ぼきっ!
ただ目を瞑っても、肉や骨が砕ける音や充満する血のにおいで吐き気が催してくる。
そして数分もかからず狼は一匹のオークを平らげた。
狼は頭も骨も何もかもきれいに食べたらしく、肉片1つ残ってはいなかったが、おびただしい血の跡が確かにそこに俺の兄弟だったものがいたことを証明しており、ぞっとした。
だけどやっと終わったか・・・・・・
ようやくこの陰惨な光景を見なくても済んだとほっとしたが狼の様子がおかしいことに気づく。一匹食べきったというのに全く動く気配がないのだ。
もしかして……一匹じゃ足りませんでしたか?
当然だが狼が答えることはない。しかしその代わりに狼の目は確実に俺たちをロックオンしていた。俺はこの世界に来てから何度目か分からない絶叫を心の中であげる。
もういやあああああああああああああああああ!!
結局、狼は計4匹の兄弟を食べるとようやく満足したのかどこかに去っていった。
この時味わった恐怖は生涯忘れることはないだろう。
いや、一歩も動けない状態で隣にいる兄弟たちが次々に殺されていくとかホラー以外何物でもない。今この時だけはろくに状況も理解できずのうのうと寝てられるこの下等生物たちが本当にうらやましいわ!
全く俺がどれだけ怖い思いをしたかも知らずにこいつらは・・・・・・ん? というか今気づいたんだが・・・・・・起きてても祈ることぐらいしかできなんだから意味なくね? それこそこいつらのように寝ていた方が建設的じゃないか?
・・・・・・あほらし!
俺は疲れた! 寝ても起きてても一緒だったら俺はもう寝る! 喰うんだったら喰いやがれ! おやすみ!!
精神的に疲れ切っていた俺はすべて開き直って眠った。
※
次に目を覚ますと実は全部夢だった、などということはなく相変わらず俺の体はオークのままであった。
しかし、大きな変化もあった。オークの特徴なのか、それともこの世界のモンスターすべてに当てはまるのか知らないが、オークの成長スピードは著しく早いようだ。
寝る前は確かに赤ん坊の体だったのが、起きた時にはなんと小学生低学年サイズくらいにまで大きくなっており、自由に歩けるようにまでなっていた。
まあ、それぐらい早く成長しないとこの過酷な環境では生きていけないんだろうな。結局あれから親らしき個体は戻ってこなかったし、ゆっくりと赤ちゃんを育てるなどという甘っちょろい考えはないのだろうな。なんとも世知辛い世界だ。こんな世界に連れてきたやつの性格はねじねじ曲がっていると思う。
周囲を見渡すと兄弟たちも俺と同じように成長しており、昨日はまだ可愛げがあった姿が見る影もなくなり醜悪な豚の化け物たちがブヒブヒと鳴き声を上げて歩き回っていた。
ただ、こいつらの数、寝る前よりも明らかに少なくなっているような気がするんだが・・・・・・。
いや、深く考えるのはやめよう。気のせいだ気のせい! 他のことを考えよう!
それにしても立って歩けるということにここまで感動する日が来るとは思わなかった。少なくとも昨日のように脅威が迫ってくるのに逃げることもできないという事態は避けられそうで何よりだ。
実際襲われなくともいつ来るか分からない逃げることができない脅威におびえ続けるのはとんでもないストレスだった。あのままだったら喰われなくともいずれストレスで死んでしまったことだろう。
そこまで考えたところでお腹の音が激しくなった。
起きてからやけにお腹がすいているのだ。
目が覚めたのも十分睡眠をとったというより、猛烈な空腹感に我慢できず起きてしまったという方が正しい。
なにか食い物を探しに行くかな、俺が食べられるものは果たしてあるのだろうかと考えがら兄弟たちから一人離れ、しばらくうろうろしていると、何か声が聞こえてくる。ちょうどいいところにあった岩場の陰に隠れてそっと聞き耳を立てる。
声はだんだんと近づいてきて、それに伴い明瞭なものとなる。それは狼の唸り声とかオークの鳴き声といったものではなく、確かな意味を持つ言葉だった。
「はー、めんどくせえなー。どうして俺たちがこんな上層で雑魚を刈らなきゃならねえんだ。そんな雑事新人どもに任せとけよ」
「しょうがねえだろ。ギルドからの指名依頼なんだからよ! 文句言ってねえでさっさと終わらせようぜ」
「今はモンスターの繁殖期。ある程度数を減らしとかないと新人が多く殺されることになる。それはギルドとしても避けたいんだろ。これも上級冒険者の義務ってやつさ」
そんな会話をしながらオークの兄弟たちのところにまっすぐ向かう冒険者らしき恰好をした男3人は俺の存在に気づかず通り過ぎていく。その足取りには迷いはなく、武装はかなりしっかりとしたものだ。本人たちが言う通り、歴戦の冒険者というやつなのだろう。この世界に来て初めて見た人間だ。
しかし俺は即座に逃げ出した。
彼らに話しかけようなんて考えは一切なかった。今すぐここから離れろと本能が大音量で訴えて、俺は空腹で倒れそうになる体に鞭打って彼らとは反対方向に走り出した。
そして俺の行動の正しさを証明するかのように、しばらくすると後ろから爆音と逃げ遅れた兄弟たちの悲鳴が聞こえてくる。
まったく・・・・・・。
俺の異世界生活、初っ端から難易度ルナティック過ぎませんかね!?