第9話 その差別はまだそこに……
窓から差し込む日差しで、俺はゆっくりと目を開けた。
気持ちのいい朝だ……。こんなにも朝が爽やかだとは、隣町に飛び出してくるまでは分からなかった。
一番安い宿とは言え、設備は充分に揃っている。
俺は硬いベッドから飛び降りると、菓子パンを咥えながら着替えを済ませ、早速ギルドへ仕事の依頼を貰いに行く準備をした。
キエラの前で堂々と異端者救済宣言をしてから数日間、俺はひたすら依頼を熟して、冒険者としての評価を上げる努力をした。【異端者】でも冒険者で活躍しているやつはいると、皆に伝えるためである。
しかし――ゴブリンロードを倒したにも関わらず、等級昇格の通知は一向にこない。
銅級まで飛び級させろとまではいかないが、流石に鉄級三位ぐらいにはして欲しいものだ。
「……キエラに聞いてみるか」
稼いだ金で買った皮装備一式と、青いジャケットを羽織った俺は白髮の毛並みを揃えると、宿の外へ飛び出していったのだった。
☆ ☆ ☆
ギルドに着いたのは朝6時頃だった。
依頼を受けに来る冒険者で殺到するのは7時から8時の間、そのピーク時を回避することで、血の気の多い奴らに絡まれるのを避ける魂胆だ。
それと――俺がこの時間に来るのはもう一つ理由があった。
「あっ、ノームさん、おはようございます!」
カウンターで事務をしていたキエラは、俺の姿を見るやいなや、笑顔で頭を下げてくれた。
一緒に食事をしたあの日から、何かとお世話になっている彼女のシフトが5時半から8時まで。
そして、受付嬢の中でも首位を争うほど、人気の彼女を目当てに冒険者が集まりのが6時半ごろ。
よって、この時間に来るのが非常に合理的だった。
「おはよう、キエラ。今日も朝早くからお疲れ様」
「ノームさんも、毎日朝早くから熱心に依頼に取り組んでくださり、ありがとうございます。それで、今日はどんなご用件ですか?」
「いつも通り、依頼を……と言いたいところだが、1つだけ気になることがあってな。等級昇格の基準ってどれくらいか分かるか?」
「……あぁ、その件ですね」
キエラは少しだけ、申し訳なさそうな顔をすると、出来るだけ他の冒険者には聞こえない小声で話し始めた。
「実は、ノームさんが今まで熟していただいた依頼の難度や数、またゴブリンロードの討伐からしても、本来なら既に鉄級一位まで昇格しても何らおかしくはないんです」
「えっ……? という事は、やっぱりあれか?」
「はい……。うちのギルド長が昇格を認めていないのです。別にギルド長が【異端者】を嫌っている訳ではないのですが、何分常軌を逸した活躍なので信じていなくて……。自分の目で確かめるまで、昇格は無理だと言うんです」
「なるほどねぇ……」
じゃあ、ギルド長に直接実力を見せれば、昇格を認めてもらえるかもしれないということか。
世界に呼びかけるにあたって、知名度の向上は必須条件だ。何とかするしかないだろう。
「それと、ギルド長は出張中で……、3日後まで帰ってこないんです。だから少なくとも3日、昇格は無理かと……」
「そうか……、分かった。じゃあ3日後、ギルド長に直談判しに行くよ」
自分の目で確かめるまで……か。
そうだよな、他人に言われたことばかり鵜呑みにして生きてちゃ、真実は見抜けないもんな。
最弱職に関してもそうだ。最後までやってみなければ、強くなれるかどうかなんて分からない。
それを皆にも理解させてやらないと……、差別なんて消えやしない。
「ごめんなさい……、うちのギルド長が頭固いばかりに」
「いいよ、その方が俺としても良さそうだから。それじゃ、いつも通り、依頼の斡旋作業を頼めるか?」
「はい、承りました!」
そう言って、キエラは俺から上級薬草採取の依頼用紙を受け取ると、素早く作業に取り掛かるのだった。
正直――キエラのような、俺の事情を理解してくれる受付嬢がいて、助かっている。
数日前、ゴブリンロードの角で黙らせたあの口の悪い受付嬢みたいな人と、一々騒ぎを起こしているようでは埒が明かないからな。
「はい、受注完了しました! ではノームさんのご健闘をお祈り申し上げますね!」
「ありがとう、それじゃ行ってくるよ」
キエラに手を振ると、俺は身を翻してカウンターを離れた。
さて、この種類の上級薬草が取れるのは『小鬼の森』の隣りにある、湿原だったな。
この前行った時は、コボルトやダイヤウルフの群れと出くわして、結構苦戦した。今回も恐らくそうなるだろうな。
よし、頑張ろう。そして今日も絶対に生きて帰ってこよう。
密かにそう決心して、ギルドの外に出ようとしたその時。
「邪魔だ、オラァ!」
「ひゃっ!?」
男の野太い罵声と共に、少女と思われる短い悲鳴が聞こえた。
みると依頼の掲示板の前で、俺よりも一回り大きい巨漢が少女を突き飛ばしていたのだった。
「ちょっと、何するのよ!」
「お前が掲示板の前でボーッと立ってるのが行けねぇんだよ、この獣風情が! 獣臭くってありゃしねぇ!」
獣……?
巨漢の言葉に反応して、少女を観察してみる。
ただの銀髪碧眼の可愛らしい少女かと思いきや、耳が本来あるべき位置にはなかった。
頭についている2つの正三角形の獣耳、どうやら彼女は獣人族の様だった……。
亜人族――人族の進化系とも言われている彼らは、かつて戦乱の世で迫害の対象となった種族である。
亜人族の筆頭として、エルフ、ドワーフ、獣人族、魔族などが上げられるが、彼らの半分以上の人口が、戦いに生み出された炎に焼き尽くされた……。
今ではなりをひそめたと言われているが……、まだその差別は根強く残っている。
未だに社会の裏では、獣人族やエルフの奴隷が売買されているという噂もあるくらいだ。
風貌は人間とほとんど同じだって言うのに、とんだ扱いだよな。
「なに睨んでんだよ、この小娘が! さっさとあっちへ行きやがれ!」
巨漢はそう言うと、掲示板の前から依頼を取って去っていった。
一言なにか言ってやりたかったが……、そんな事したら余計に場を悪化させるだけだよな。
あの獣人族の少女も何も言い返す気はないみたいだし、今は仕方ないか……。
俺は巨漢の背中を一瞥して、溜め息をつくと、ギルドを去ったのだった。
もっと力をつけなくちゃな。【異端者】だけじゃなく、ああいう子も庇えるようにさ。
追記
【多段攻撃】の最大ダメージですが、矛盾が起きてしまったため5→7に変更しました。
申し訳ないですm(_ _)m