第4話 異端者に授けられし力
突如、聞こえた声に俺は思わず身体を硬直させてしまった。
それは謎の声が聞こえたという驚きからではない。むしろ、その声が俺に告げた内容に驚きを隠せないでいたのだ。
SP100Pt。
それが何を意味するのか、何となく俺は分かっていた。
俺はすぐさまステータスを起動して、何が起こっているのかをこの目で確認する。
――――1/2――――
種 族:人間
名 前:ノーム=アテナム
職 業:異端者
レベル:10
H P:5/5
M P:5000/5000
攻撃力:1
防御力:1
魔 力:1
魔耐性:1
身体力:1
精神力:1
《ステータスポイント》
100Pt
(ステータスに振り分けて下さい)
《スキル》
なし
―――――――――――
確かに新たな項目が追加され、さらに括弧の中の文字がチカチカと点滅を繰り返していた。
それはまるで、この値の重要性を、俺に伝えようとしているかのように見えた。
ふと、身体力の文字に触れてみると、身体力の値が1から2へと上昇した。
それに伴い、身体不思議と軽くなったような気がしたのだった……。
他にも攻撃力や魔力を試してみる。すると身体力と同様に1から2へと値が上昇する。
そしてその代りに、SPは97Ptに減ったのだった
最弱職【異端者】は絶対に成長できない職業――それは大きな間違いだった。
ただレベル10になるまで、ステータスの値を割り振られないだけであって、決して成長しない職業ではなかったのだ。
ではどうして誰も気づかなかったのか?
それは――【異端者】の職業を授かる人が百万人に一人だから。また、その職業を授かった者は誰一人として、レベル10に辿り着くことができなかったからだろう。
成長できないから”異端”なのではない。
ステータスの値を自由に振り分けられるから”異端”なのだ。
正直に言って、これはとてつもなく恐ろしいことである。
なぜなら、SPさえあれば【異端者】は、どんな職業の値にもすることができるからである。
【剣士】の様に攻撃重視にしたり、【盗賊】の様に速度重視にしたり、そのカスタマイズ性は無数に存在する。
「……これが【異端者】なのか?」
驚愕と感動のあまり、俺の腕と膝はガクガクと震えていた。
自然と目頭が熱くなって、涙腺が緩まり、頬を1つの温かい雫が流れていった……。
どれだけ苦労してきたことか、どれだけ辛かったことか。
ステータスが成長しないせいで、軽蔑されて、虐げられ続けて……、どれだけ悲惨だったと思っているんだよ!
もし神様に会えるなら――俺はソイツを一発殴ってやりたい。
成長できるのなら、初めからそうだと教えて欲しい。
でなければ、こんなにも最悪な人生を送る必要なかったじゃないか!
「まぁ……、怒ったってしょうがないよな。今はこの値をどう振り分けるか、考えないと!」
ここで……、まずこれだけはハッキリさせておこう。
ステータス値の合計だけを見れば【異端者】はこの時点でも最弱とまではいかなくとも、弱い職業だ。
それはなぜか? では【剣士】や【魔術師】などを含めた下位戦闘職業のレベル1毎の平均成長値を見てみよう。
―――――――――――
H P:5
M P:2
攻撃力:3
防御力:3
魔 力:2
魔耐性:2
身体力:0.5
精神力:0.5
―――――――――――
大体ではあるが、これぐらいになると予想できる。
ではこれらを10倍した値を全て足し合わせてみると幾つになる?
答えは――180だ。
そして、現在俺が振り分けられるステータス値は100だけ、どう考えても現時点で【異端者】の方が劣っている。
ただ、これら職業にはない【異端者】の強みは、ステータスを自由に振り分けられること。
これをどう活かすか……、それが今後の人生を大きく変えていくことだろう。
けれど実は、考えるまでもなく俺の結論は出ていた。
ステータスをどう振り分けるか悩まないのかって? はっ、そんなの初めから決まっているっての。
全部平等になるように振り分けるなんて、馬鹿みたいな真似はしない。
俺が目をつけているのは、初めから”身体力”のみだ。
それは2つほど理由がある。
1つ目、身体力は最も成長しにくいステータスの1つであるからだ。
平均成長値を見れば分かる通り、身体力はあまり成長していない。それどころか最上位職である【勇者】や【賢者】ですらも、レベル10毎に20伸びるか、伸びないかぐらいしか成長しない。
だから、それにステータスを振り分ければ……、実質2倍以上のステータス値を振り分けていることに相当するのである。
2つ目、それは俺の戦闘スタイルにある。
今まで俺は防御力の弱さ故に、敵の攻撃を避ける様立ち回っていたが、それは今後も変えるつもりはない。
だって、当たらなければどうということはないんだろ?
それなら、値的にも損するHPや防御力に振り分けるだけ、無駄じゃないか。
本当にマズいと思ったその時に上げればいいんだ、そんな物は。
よって、俺がものの数分でステータスを振り分けたところ――こうなった。
――――1/2――――
種 族:人間
名 前:ノーム=アテナム
職 業:異端者
レベル:10
H P:5/5
M P:5000/5000
攻撃力:5
防御力:1
魔 力:5
魔耐性:1
身体力:93
精神力:1
《ステータスポイント》
0Pt
《スキル》
なし
―――――――――――
なかなかどうして、異端者じゃないか……。
こんなステータスになるなど、一体どこの誰が想像しただろうか?
ともかく、これで俺の攻撃と魔法はダメージが5倍になったし、素早さは見違えるほど高速になった。
まだ試してもいないのに、既に周りの景色の動きが遅く感じる危ない思考になってしまっている。
身体が身軽になったどうこうの話ではない、速い、早いぞ、疾すぎるぞ!
気持ち悪くなるほどに速くなった身体を動かし、俺は凄まじい満悦感に浸っていた。
実質これは、最上位職である【勇者】がレベル50になった時の速さだ。
冒険者の等級やランクで表せば、銀級一位の冒険者の身体力と同等またはそれ以上だろうな。
「凄え……、人間ってここまで速くなれるんだ……!」
風の如く、森の中を駆け巡り始める俺。
心地よい冷たさの大気が全身に流れるように当たり、どこかくすぐったさを覚える。
調子に乗って木の枝に飛び乗り、枝から枝へと飛び移ってみるが、速度は全く衰える気配はない。
それどころか、身体力向上により立体的機動が可能になっているようにも思える。
「そこのゴブリン、俺の速さについてこれるかなぁ?」
「ギャッ!?」
突然空中から現れた俺に驚いたゴブリンは、思わず後ろに倒れそうになる。
しかし、そのゴブリンが尻もちをつくことはなかった。何故なら、ゴブリンが倒れるよりも速く、俺は奴の身体を刀で突き刺していたからだ。
もはや……、ゴブリン相手では話にならないな。
俺はゴブリンの身体を貫通した刀を抜き、角を切り落として回収する。
――【異端者】として成長する道は開けた。
後は、もっと強い奴と戦って、もっと強くなる。それだけだ。
とりあえず、今日はこれぐらいで終わりにしてギルドに戻ろう。
討伐報酬を受け取り、ゴブリンの角を全て換金して、一番安い宿で疲れを癒そうじゃないか。
明日はもっと強い相手に挑戦しても良さそうだな。例えば、コボルトとかちょうど良さそうだ。
俺はそんな事を考えつつ、ニヤニヤと笑いながら歩き始めたのだった。
だが――
バキバキバキバキッ!!
その歩みは、無残に大木が折られる音によって止められてしまった。
目の前で軋む音を鳴らしながら、十数メートルはある大きな木が俺の進路を塞ぐかのように倒れていく。
「な……、なんだ!?」
ふとその倒れた木の奥から、巨大な影がヌッと現れる。
そして、ソイツは地響きが鳴り響くほどの巨体を揺らしながら、俺の姿を見つけるやいなやゆっくりと近づいてきたのだった。
ゴブリンを4倍以上大きくした背の高さ。全身は通常のゴブリンとは違い、褐色の皮膚で覆われ、まるまると太っている。
手にしている武器も、錆びた剣などではなく、俺の身長よりも大きい棍棒。
角が2本生えたその巨大なゴブリンは、棍棒を肩に乗せながら、舌なめずりをしてこちらに迫ってきているのだった。
「――ゴブリンロードか」
それは、ただのゴブリンよりも数ランク上の、強敵だった。