第3話 人生初のゴブリン討伐
ゴブリン達が生息する、通称『小鬼の森』――
辺りに漂う少し鼻を刺激するような匂いは、普通の森とは違うことを知らせていた。
ドブみたいな環境でずっと過ごしていたせいか、俺はあまり気にしなかったのだが、普通の人なら匂いだけでも、嫌がって当然ともいえる場所だろう。
さて……、ここに足を踏み入れてしまった以上は覚悟しなければならない。
スライムと違ってゴブリンは、人間を倒すという明確な意志を持って襲いかかってくる。
今までのように刀で斬って、ハイ終了などという甘い考えでは痛い目を見ることになるだろう。
そろそろ一匹くらい、遭遇しても良い頃合いだと思うんだけど……。
周囲数メートルほどしか感知できない、探査魔法を発動させつつ、俺はゆっくりと歩を進めた。
「あ……っ、いたいた」
全身緑色の皮膚で、頭に小さな角が生えている子供のように小さな鬼。
腰には雑に布が巻いてあり、錆びた剣を手に持っている。それと何故かは知らないが、両腕に腕輪が幾つかつけられていた。
そんな身なりである小鬼、ゴブリンは匂いを嗅ぎつつ、森の中を歩いていた。
木の陰に隠れながら、俺はそいつに近づくと、集中力を高めて、鑑定魔法を発動する。
――なるほど、HPは45か。
詠唱ができても、技術と精度が悪いため、敵の情報は頑張っても種族とHPぐらいしか得られないが、俺はそれでも充分だ。
「約4.5秒、攻撃できればいい」
俺は茂みから飛び出すと、イザラギを振りかぶった。
音に反応したゴブリンは、後ろを振り向こうとする。
だが敵が反応するよりも早く、俺はゴブリンの背中に刀を叩きつけ、その緑色の皮膚を切り裂いた。
「ギャ、ギャッ!?」
吹っ飛ばされたゴブリンは、受け身をとらず、格好悪く地面を転がった。
しかし、耐久力は中々で、すぐさま立ち上がると、錆びた剣を構えてこちらに向かってきた。
集中だ――集中すれば、絶対に避けられる!
俺は目を閉じて、気配だけを感じ取ると、横に飛んで攻撃を躱す。
幼い頃、まだ俺が異端者として虐げられる前、玉避けゲームで俺は守護神と呼ばれていた。
生まれつき瞬発力が良かったらしく、狙われたと分かれば確実に避けられていた。
それだけではない。剣術の鍛錬において、最も重視されていたのが相手の攻撃をどう躱すかである。
だから……、俺は昔から鍛え上げられてきたのだ。回避の仕方を。
「ギャギャギャアッ!!」
ゴブリンは更に剣を雑に振り回して、追撃をしかけてくる。
しかし、そんな甘ったるい剣筋を避けられない俺ではなかった。
相手の動き一つひとつをしっかりと読んで、気配で感じて、軽やかなステップで、俺は完全に躱しきってみせたのだ。
「身体力1でもこれぐらいは……っ!」
イザラギをグッと握りしめて、前に飛び出すと俺はゴブリンに足払いをきめる。
体勢を見事に崩し、前のめりに倒れた頭でっかちのゴブリンは、痛そうに顔を上げると、錆びた剣を投擲した。
目前からの思いもよらぬ攻撃、だが俺は首を横に倒し、それを避けると口角を吊り上げて、ゴブリンを見下ろした。
「武器を捨てるとは……、愚かなやつだな」
俺はイザラギをゴブリンの背中に突き刺した。
言うまでもなく、攻撃時間は4.5秒を大幅に超え、ゴブリンはピクリとも動かなくなってしまった。
「よし……、まずは1体」
慣れていない手付きではあるが、俺はゴブリンの角をイザラギで切り落とすと、バッグにしまった。
ゴブリン系の魔物の角は、見た目に反してクスリや防具の素材になり得る。
だから、ギルドに持ち帰れば、それなりの値段で売れるだろう。
それにゴブリンを討伐したという証拠になるしな。
ステータスの仕組み上、鑑定魔法でその人がどんな生物を倒したか、分かるようになっているが、確実に信用させるにはやはり物証が一番だ。
「さて――この調子で、今日の路銀稼ぐぞ」
現在の全財産は約2000ペル、夜ご飯は草で賄えるからいいが、宿はできれば確保したい。
一番安い宿で3000ペル、何とかしてその値段にまで辿り着ければ良いのだが……。
ざっと、俺の感覚だよりのたぬきの皮算用で、後9体は倒しておきたいところだ。
昼が過ぎて、既に夕方へと差し掛かっている。夜になるよりも早く、討伐しておかないとな。
「生きるためなら、全部躱してやるさ」
俺はイザラギを鞘に収めると、先を急いだのだった。
☆ ☆ ☆
それからというもの、俺は必死にゴブリンを狩って狩って狩りまくった。
既に目標の数は突破していたが、夜ご飯をそこら辺に生えた草からグレードアップするためにも、見つけ次第狩っていたのだった。
そして今も――
「ギャギャ! ギャギャ!」
「ギャギ……ッ! ギャア!」
各々武器を持った3体のゴブリンが、俺に襲いかかろうとしていた。
俺は敵を睨みつけると、無心になりつつイザラギを抜いて、構えた。
斧持ちが1体と弓持ちが2体、最高に不利な組み合わせだが、何とかしてみせる……!
まずは――前衛を突破し、弓持ち2体を倒す。その後、斧持ちと打ち合いをして、隙を見て斬り裂き、倒す。
若干雑なプランではあるが、倒せないことはないはずだ。
「ギャギャア!」
重い斧を肩に背負って近づいてきたゴブリンは、おもむろにそれを振り落とした。
俺は呼気を漏らしつつ、横に避けると、ゴブリンの横腹に蹴りを一発入れて怯ませる。
「ギギ…………、ギャッ!」
限界まで弓を引っ張って、矢を放つ2体のゴブリン達。
飛び道具を回避するのは、玉避けゲームで死ぬほど鍛えられた。
人生で一度も玉に当たらなかった俺が、こんなへなちょこな軌道を描く矢に当たる訳がなかろう!
「せい……ッ!」
地面に刀を突き刺し、その体勢から前方転回をした俺は、ゴブリン達の間に上手く着地すると、拳を相手の頬に叩きつける。
そしてイザラギを抜くやいなや、怯んだ片方のゴブリンに遅めの一撃を食らわし、確実に3秒以上ダメージを与え続けた。
「ギャアアア!!」
断末魔の叫びと共にゴブリンは弓を手放して、その場に倒れた。
だが喜んだり、安心したり、している暇はない。なぜならもう一体の弓持ちが既に体勢を整え、矢を射ようとしているからだ。
俺は敢えて、うつ伏せになってその矢を躱す。
そしてゴブリンが落とした矢を左手に持つと、一気に間合いを詰めてその鏃を脳天に突き刺したのだった。
「ギャブッ!?」
「残りは1体……ッ!」
余程重いのか、落とした斧を持ち上げようと頑張っているゴブリン。
傍から見れば少々可愛らしい姿ではあったが、これは命を掛けた戦闘だ。残念ながら、お前に慈悲などはない!
「隙ありッ!!」
「ギャビァア――ッ!!」
イザナギがゴブリンの肉を斬り裂き、鮮血が辺りに飛び散る。
出血多量と多段攻撃による死亡、それはゴブリンとの戦闘終了の合図でもあった……。
「はぁ、はぁ……、どうだ! 身体力が1の【異端者】でも、これぐらいはできるんだぞッ!!」
脱力感からか、俺はイザラギを投げ捨てその場に座り込むと、死なずに済んだ安堵と敵を倒した興奮から笑顔をこぼした。
今日一日戦ってみて分かった【異端者】でも、頑張ればまともに戦えるってことを。
今日をこうして生き残れたんだ、きっと明日も生き残れるさ。
「ハハハ……、気持ちがいいなぁ。開墾が終わったときよりも遥かにね」
そう言えば、仕事を辞めるなど、一切言わずに出てきちゃったけど……、大丈夫だよな。
どうせ俺なんてアイツらからしてみれば、邪魔者同然だし、返って清々するんじゃないかな。
けれど……、いつかアイツらも驚かせてやる。最弱職の俺でもできるってことを強くなって証明してみせるんだ!
そうだ、俺は強くなる。例え、ステータスが変わらずとも強くなってやるッ!
《レベル条件を満たしました。SP100Ptを獲得しました》
「…………あっ?」
『余談』
今作品のスキルは、剣術や魔法といった能力を取得するものではなく、耐性やステータスを強化したり、剣術などの上達を早めたり、攻撃や防御等を補助する技能となっています。
(ex.『炎耐性上昇Ⅰ』,『剣術鍛錬Ⅰ』,『消音効果Ⅰ』)
なので剣の扱いや魔法の詠唱は自分自身で鍛えなければいけません。なお、主人公がスキルなくして刀や様々な魔法を扱えるのはその様な理由からです。とはいっても、スキルなしでは、ステータスが低すぎるので威力は非常に弱くなってしまいますが……。
――ただ、ステータスが低いのは最初の内だけだったり……?