第28話 差別の氷解
「ノーム君っ!」
決闘場を抜けてギルドのロビーへと戻るや否や、アリナが駆け寄ってきた。
顔一面で抑えがたい喜びを顕にしながらも、俺と両手でハイタッチを交わした。
捕らわれていた呪縛から解放された彼女の瞳は、どこまでも輝きで満ち溢れていたのだった。
「約束通り。勝って、帰ってきたぜ?」
「うん……! ありがとう……っ、本当に……ありがとう!」
「ハハハッ。こちらこそ、ありがとうな。ここまでやり切れたのは――アリナ達のおかげだから」
昼の強い日差しが注ぎ込む中、俺は歯を見せて笑うと、おもむろに拳を突く出した。
一瞬戸惑いを見せた彼女だったが、肩を震わせて苦笑すると、優しく拳を握って、俺の右拳と重ね合わせた。
時が止まったかのような静寂が流れる。
しかし、どこか温かいその感覚は、居心地の良い物だった。
俺は――勝ったんだな。
改めて湧いてきた実感を噛みしめると、更に身体の奥底から、思わず酔ってしまうような興奮が溢れ出してくる。
「ノームさぁーん! 決闘勝利、おめでとうございますッ!!」
突然、どこからともなく現れたキエラは、受付嬢の制服から取り出したクラッカーを鳴らし、止まっていた時間を動かす。
ふと見ると彼女の隣では、物凄くガタイが良い強面のオッサンが、呵々大笑して俺に称賛の眼差しを向けていた。
「ガッハッハ! 少年ノームよ。お主の勇猛たる戦い、しかと見届けさせてもらったぞ」
「あ……、その、ありがとうございます」
「ガリスさん。怖がられてますよ……?」
「おっと、すまねぇ。ワシはこのギルドの長を務めるガリスちゅう者じゃ。君の噂は度々、キエラから聞かせて貰っていたぞ」
ギルドの長って、自分の目で確かめるのがモットーなあのギルド長か?
実を言うと俺の等級は、アリナとデッドオークを倒した後も、未だに鉄級四位のままだ。
それは、ギルド長が昇格を認めていなかった事と施設利用制限が相まって、俺の冒険者等級昇格は保留状態となっていたからだ。
この決闘が終わった後にでも、ギルド長に自ら直談判するつもりでいたのだが……。
まさか、見ていてくれたとはな。ありがたいことだ。
「まず初めに……、すまなかった。ワシは正直に、お主の実力を信じてはいなかった。何せ異端者は成長できない職業、ステータス変動が起きない職業だからな。だが今日の試合を見て確信した――その常識は間違いじゃったとな」
ギルド長ガリスは、キエラの隣から前へ進み出ると、その威圧的な態度とは対称的に、深々と頭を下げたのだった。
そして顔を上げ、俺の姿をジッと見下ろして、続ける。
「倍以上のレベル差があるにも関わらず、お主は自身の技術と類まれな才能で、侯爵の側近冒険者、灼熱のバーゼルに勝利した。お主は自らの強さをワシらに見せつけたのじゃ。そして、お主の持つ2つの奥義は真の強さの証明、大量の汗と涙から生まれる結晶じゃ」
ガリスは涙ぐんでいた。
見間違いかもしれないが、彼の瞳に映る色が揺れ動いて見えたのだ。
「ワシは感動したんじゃ――レベル差をも、物ともしないお主の戦いっぷりに。バーゼルの猛攻を必死に躱し続ける姿は、恐ろしさを覚えると共に見事だった。……何故じゃろうな、お主が命懸けで戦っている姿を見ていたら……、心打たれたんじゃ。自分が間違っていたと、気付かされてな……」
突如、ガリスは地に足をつけると、勢いよく土下座をした。
何か起こったのか分からずに見つめていると、ガリスはゆっくりと口を開く。
「すまなかった……! 少しでも異端者を嘲笑ったワシを許してくれ……ッ!」
「えっ、ちょっ……、ガリスさん?」
「ちょっとガリスさん!? 何やってるんですか!?」
キエラが急いでガリスの顔を上げさせようとするが、彼はそのごっつい腕で彼女の動作を制した。
「止めるなキエラ! ワシらは間違っていたんじゃ。異端者も……、結局は同じ一人の人間なんじゃよ……。それをワシらは――」
ガリスの土下座に感化されたのか、話の一部始終を静かに聞いていた冒険者達も、何故か頭を下げて謝り始めたのだった。
「す、すまねぇ……! 俺もずっと、異端者は何の努力もしない無能野郎だって……、思い続けていたんだ! 本当にすまねぇ!」
「ごめんなさい……。私も影でずっと異端者のことを……、本当にごめんなさいっ!」
その時――俺は自ずと、涙を流していた。
もしかしたら……、自分がずっと探し求めていたのは、これなのかもしれない。
反撃、仕返し、復讐、俺にも手段は一杯あったはずだ。
でもどうしても、実行しようという気にはなれなかった。
手に入れた力は本当に守りたいものの為に使いたい、その一心で俺はこの一週間と数日を過ごしてきた。
大きな目標を掲げたとはいえ、未だに俺は命を懸けてまで探していたのかもしれない。
俺が本当にしたいこと、俺が夢見た世界を……。
そうだったんだ。
これこそが……、俺が本当にしたかったことなんだ。
「すまなかった。本当にすまなかった……!」
「もう大丈夫ですよ……。分かってくれただけでも、俺は嬉しいから――」
命を懸けた甲斐があったかもしれない。
アリナの笑顔を守れただけではなく、差別までも氷解できたなら、俺はこれ以上の物を求めない。
「良かったね、ノーム君」
ハンカチを差し出したアリナの晴れ渡った最高の笑顔は、俺には少々眩しすぎたようだ。
☆ ☆ ☆
「結局、最初から最後まで使えない屑だったな……」
誰もいない裏路地に佇む白い貴族服を身に着けた青年は、酷い冷笑を浮かべてその言葉を吐き捨てた。
その青年の右手は、決闘で無残に敗北した巨漢の襟元を握りしめている。
「が……、ガァ……。こう――様ァ……!」
「黙れ。屑の声はもう聞きたくない」
そう言うと、青年は巨漢の頭を裏路地に叩きつけた。
舗装されていない地面は赤く濡れ、巨漢は意識を失ったのか動かなくなってしまう。
また地面に投げ飛ばされた衝撃からか、巨漢の懐から一枚のカードが滑り出た。
それはハートが2つだけ書かれた、とてもシンプルなカード――だがシンプル過ぎる故に、返って気味悪さを覚えるカードだった。
「それにしても、予想外だったね……。まさか、術式までも解かれてしまうなんて。慈悲なんて与えず、潰しておくべきだった」
青年は巨漢が落としたカードを踏みにじると、内ポケットから小さな魔法石を取り出し、喋り始める。
「おい、聞こえるか? ……あぁ、奴がしくじった。よって、プランBへと移行する」
足早に裏路地を去ろうとする、青年は魔法石から流れ出る声に一瞬足を止める。
苦虫を噛み潰した顔をするが、止むを得ずその言葉に頷くと、言い放った。
「構わない……。どんな手段を使ってでも、殺すぞ。何なら……、僕自ら参戦する。…………あぁ、頼んだよ」
その言葉を最後に、魔法石でのやり取りは終わりを告げた。
再び石を元ある場所へと戻した青年は、更に顔を歪め狂気を顕にすると、いずこからか一枚のカードを出現させる。
それはあの巨漢が落とした物とは少しだけ違い、ハートが7つ描かれたカードだった。
だがそれ以外は空白……、一切の濁りのない白が周りに広がっていたのだ。
「どんな手を使ってでも、君の息の根を止めてやる。……2人目を生み出すわけにはいかないんだ!」
冷酷さの裏に紛れた憎悪と怒気は、彼を覆っていた化けの皮を徐々に剥がし始めていた。
これにて第2章は終わりです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
第3章は予定では10話ほどになると思うので、乞うご期待くださいませ。




