第27話 決闘 後編
昨日と同様、何かしらの戦闘曲を聞きながら読むと、良いかも……。
「ど、どうなっているんだ……!?」
「あの子、本当に異端者なの?」
「異端者は……、せ、成長しないんじゃないのか?」
観客席では、ノームとバーゼルの試合の一部始終を見守っていた者達が、唖然とした表情でどよめき合っていた。
なぜノームがあそこまで素早く動けているのか、なぜ銀級冒険者までもを圧倒しているか、理解できていない様子だった。
「こりゃ、噂以上じゃな……。まさか、異端者がこんな次元までに辿り着けるとは――」
キエラの隣で腕を組んで唸っているガリスも、人間離れした身のこなしを見せつけているノームに釘付けだった。
それほどまでに、彼の戦闘は光るものがあったのだ。
一撃も攻撃に当たらず、必死に避け続ける姿はまさに韋駄天そのものだった。
舞台の魔法製スコアボードには、現在のノームとバーゼルのHPバーがリアルタイムで描かれている。
ノームの最大値は5から一切動かず、対してバーゼルは猛烈な勢いでバーが動き、試合終了となる残り1割に近づいている。
「……当たり前よ」
「ん……、なんだって?」
「それだけ、ノーム君は必死に特訓していたのよ。寝る時間すらも惜しんで、日中はダンジョンで敵と死闘を繰り広げ、夜は魔法を5000もあるMPが切れるまで撃ち続けていた」
「そうですね……。ノームさんは本当に必死でした。侯爵命令のもと、奴隷にされそうになっていたアリナさんを命懸けで守るために」
不意にガリスの表情が急変した。
それは彼の中で、辻褄が合わなかった事柄とバラバラになった歯車が、全て組み合わさった瞬間にも思えた。
「キエラ、ワシはそんな話――」
「言いませんでしたよ。だって、言ったらガリスさんは、こんな理不尽極まりない決闘を開こうとはしなかったでしょ?」
「…………」
彼は懸命に戦っている。
一度でも攻撃を受ければ、死んでしまうという極限状態の中で、必死に戦っている。
何度も地べたを這いつくばりながらも、彼は急成長を遂げた。
そして、今この場で私を守る為に、奴隷制を裏社会に蔓延させている貴族を潰す為に、彼は一切の躊躇を捨てて戦っている。
魔法詠唱の速度は明らかに彼の許容範囲内を超え、その上で未来予測までも実行しているのだ。
きっと今の彼の脳内では、悍ましいほどの並列思考と処理が、目まぐるしい速さで行われているのだろう。
常人にできる能力ではない。そもそも、そんなに脳を酷使することなど、普通はできない。
そんな彼に私がしてやれる事は――唯1つだった。
「頑張れぇ――ッ! ノームゥ――――ッ!!」
私の叫び声が舞台を木霊した。
守られている側の私がしてやれる事なんて、これぐらいしかない。
既に諦めた私を救おうとしている彼に掛けてやれる言葉は――心からの声援しかない。
「頑張ってッ! ノームさぁ――――んッ!!」
隣で戦いを見守っていたキエラも大きな声を出して、ノームを応援する。
するとどういう訳か……、客席はひどく静かな静寂に包まれた。
そして――止まっていた時が動き出すかのように、とある冒険者が声をこぼす。
「異端者は……、成長しない無能じゃ……、なかったのか?」
「私たちは間違っていた……、のかもしれないわ。……だって、あの子はあんなにも――頑張っているんだもの」
「あんなに頑張っているのに、俺たちは……。俺たちは……っ」
「……頑張れ、ノーム! 頑張れぇッ!」
いつの間にか、周りの声はどよめきから、ノームを応援する声へと変わっていた。
何者かに洗脳されたかのように異端者を忌み嫌う声は、もう聞こえない。
人々に掛かっていたその呪いは、彼の命懸けの努力によって、粉々に打ち砕かれていた。
「皆……、どうして?」
「感動したんじゃねぇか? あんなにも真剣な表情で、勝てるわけがないと思われていた強敵をも、圧倒しているあの少年の底知れぬ熱意に。アイツは今まさに、命の灯火を燃やして、不可能を可能にしようとしている」
ガリスは緩んだ涙腺をごまかすように、太い腕で目を擦り、面白そうに笑みを漏らした。
「所詮差別なんて、氷みたいな物だったんだよ」
たった一人の異端者は、決闘を通して皆に教えたのだった。
最後まで諦めず、希望を持ち続けることの大切さを……。
☆ ☆ ☆
――奥義の存在がバレた後、決闘はより激しくなっていった。
恐怖を感じたことに怒りを覚えたバーゼルが、遂に妥協を捨てたのだった。
そこから……、めまぐるしい攻防が繰り広げられることとなる。
「クソガアァ――――ッ!!」
凄まじい怒気を放ったバーゼルによって、肌を焦がすような熱気が辺りに立ち込めている。
あちこちから湧き出る溶岩に、居場所を奪われつつも、俺は弧を描くサーベルの猛攻を躱し続けた。
隙きあらば、毒の雨を降らし、毒の針や刃で迎撃を図った。
しかし本気を出したバーゼルは、一筋縄ではダメージを与えられなかった。事あることにサーベルでガードしてくるからだ。
多少の毒雨によってHPを削れることはあっても、まだ試合終了まで200程残っている。
それにHPが少なくなることで、強化されるスキルでも持っているのか、バーゼルの攻撃は次第に脅威となってきていた。
避けと攻めを同時に展開するのは、不可能に近い。
先が読めていたとしても、攻めれば隙きを晒すことになるし、避け続けていれば一向に相手を倒せない。
その僅かなチャンスを読むのが、非常に難しくなっていた。
「奥義を2つ持ってるからって、図に乗んじゃねぇ!!」
奴はサーベルを横に振り抜き、衝撃波を発生させた。
それと同時に纏っていた魔法属性またはスキルの影響か、地面から5本にも及ぶ溶岩の噴水が出現し、俺に襲いかかってくる。
――この後が攻め時か!
俺は噴き出る溶岩を掻い潜り、バーゼルから間合いを取ると、膨大な魔力を両手に集中させて、虚空に大量の毒の塊を出現させた。
そして、それら全てを極太の毒針へと变化させ、詠唱作業を進めながら噴水が弱まるのをジッと待つ。
「逃げてんじゃ……、ねぇ!」
予測通り、バーゼルは噴水を突っ切って、こちらに迫ってくる。
そこを不意打つかの如く、俺は毒針の団塊を放った後、イザラギを構えて二段目の迎撃体勢に入る。
「ウオオオオオオ!!」
サーベルを360度振り回したバーゼルは、四方八方から飛んでくる毒針を全て斬り裂いた。
だが虚空に飛び上がった俺の姿までは捉えられず、渾身の上段斬りを右肩に受けてしまった。
「……が、ぐ……、ぐそ……!」
「ラウンドブレイドッ!」
バーゼルを中心とし、円を描くように出現した幾多の毒の刃。
それは俺の合図とともに中央に向かって滑り出し、俺が斬撃の反作用で高く飛び上がった瞬間に、バーゼルを斬り裂いた。
「アガ…………ッ!?」
跪いたバーゼルは荒い呼吸を漏らし、サーベルを手放した。
魔法詠唱によって生み出された魔法物体は、その魔法階級や威力と大きさによってダメージが変動する。しかしそれでも一発につき【多段攻撃】の効果を抜きにしても10ダメージは与えられるだろう。
それと先ほどの斬撃を加味して、与えたダメージはざっと170ダメージ以上。
――試合終了まで残りHPは約30、これなら決められる……!
「なぁ……、バーゼル」
俺はコートのポケットから赤く染まった林檎を取り出すと、バーゼルに見せつけた。
そして、堂々とその林檎を皮ごとまるかじりして、口に広がる酸味と甘味を味わうと、恍けたようにバーゼルを見つめた。
「林檎って、美味しいと思わない?」
「あ……、あぁ!? ば……、馬鹿にし、てんのかぁ?」
バーゼルは必死に起き上がろうとする。
しかし、MPがもう殆ど残っていない影響もあってか、上手く立ち上がれなかった。
更に数秒先の未来まで、彼は立ち上がれないだろう。
「やるよ。アンタにも――」
そう言って、俺はかじった林檎を空高く投げ、魔力を大量に込めた右腕を掲げた。
回転しながら鉛直方向へと弾かれた林檎は、魔力によって生み出された毒に包まれ、赤紫色に変色していく。
「――最高の毒林檎を、ね?」
イザラギを抜刀し、飛び上がると、俺は虚空を舞いつつ、林檎を綺麗にカットした。
そして更にいつもより数倍濃縮した毒の刃でカット林檎を刺し、強烈な衝撃波と毒の雨を加えて、見上げるバーゼル目掛けて発射する。
――『毒林檎はいかがですか?』
それはかつて、父親が編み出した最高難度の毒魔法剣技。
魔法階級はまだ第7階級と未熟だが、それでもトドメを刺すには充分すぎるほどの威力のはずだ。
強力な衝撃波1発と毒魔法3種。
それらが猛威を剥き出しにして、動けぬバーゼルへと襲いかかったのだ。
奴は抵抗しようとするも、無残に衝撃波で地面に叩きつけられる。
その直後――カット林檎は全てバーゼルの口にシュートされた。
そして、口腔を酸で焼かれて悲鳴を上げようとするも、その声が形となる前に、後から来る魔法攻撃の大群の餌食となったのだった。
「お粗末さまでした」
俺は空から落ちてきた林檎の芯をキャッチすると、残りわずかについた果肉を全て平らげ、舞台に芯を投げ捨てたのだった。
「ば……、バーゼル=ガロニクスのHPが1割を切ったので、試合終了とします。よって勝者はノーム=アテナム!!」
――感謝してほしい。
毒属性は状態異常をもたらす、かつ触れただけでダメージを与える持続攻撃を可能にする反面、HPを完全に削り切ることは出来ない。よって、アンタは虚しくもHP1だけ、残されているはずだ。
俺はアンタを殺すために戦ったんじゃない。
アンタ達からアリナを守るために、異端者の力を証明するために戦ったんだ。
それだけは――敵であるアンタにも分かって欲しい。殺しから生み出される物なんて、何もないんだ。
大切なのは、俺がアンタを許すかどうかじゃなく、アンタが罪を償うかどうかなんだからさ。
湧き上がる歓声に笑顔で答えつつも、俺は舞台を降りたのだった。
本当なら、後8話ほど続けるつもりでしたが、区切りが良いので次回で第2章は一旦終わりにしたいと思います。
『余談』
後に設定集で纏めようとは思っているのですが、魔法のダメージについて1つ。
まず防御無視の計算なんですが、設定上ではこんな感じです。
防御無視ダメージ計算
{(攻撃力・魔力)+(固定ダメージ)}×(特技・魔法補正)
なのでラウンドブレイドの場合、毒魔法の刃一発に1/5の魔法補正が掛かっているという訳です。
(加えて伝え遅れましたが、防御貫通の表記もダメージ計算明確化の為に、若干の表記変更をいたしました。勝手ながら申し訳ありません)
PS.
コメントが来たので、こちらも遅ればせながら先手打ち。
観客の様子が急変したことに違和感を感じた人もいると思います。
しかし、この不自然さは、ちゃんとした理由があるので、おかしかったな程度で考えて頂けるとありがたいです。




