第24話 〇〇型異端者
「……大体分かったわ」
「わ、分かったの!?」
2分ほど目を閉じて集中していたアリナが唐突に発した言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げていた。
アリナの真剣な眼差しを見る限りでは、恐らくERRORの解読に成功したのだろう。
「まず”ERROR:403”これは禁止のエラーコードね」
「禁止の、エラーコード……?」
「そう。要はHPを上昇させる行為自体、もともと禁止事項だったのよ。だから、貴方がたった今、HPを上げようとしたことで、エラーが起こった」
なるほど、HPにポイントを割り振る事自体が禁止事項だったのか。
でも、他のステータスは何のエラーもなく、自然と上昇させられたはずだ。
なのになぜHPは禁止されているのだろうか。いや、もしかしたらMP上昇も禁止されているのか?
「因みにどうやら、貴方にアクセス権が与えられている――要するに数値を上げられるステータスはHP以外全て……。本当にHPだけが禁止されているみたい」
「……それじゃあ、増々分からねぇな。HPとMP共に上げられないなら、まだ納得できるけれど」
「確かにそうね。けれど、それに関係するかどうかは分からないけど、もう1つ面白い発見をしたわよ」
アリナは得意げにニヤリを口元に綺麗な弧を作ると、俺のステータス画面に表示されているエラーのとある文字列を指差した。
workcode:mp.heretic
それは、俺が最も理解に苦しんだ部分だった。
まず言語の意味を知らない事から始まり、何とか推測したとしても、それは言葉として成り立ってすらもいないかった。
「”workcode:”は職業。”heretic”は【異端者】を表しているわ。つまり、この時点で単純に直訳すれば、職業【異端者】である貴方には、HPにステータスポイントを振り分ける権限がない、となる。ただ……、私が本当に言いたいのはそういう事じゃない」
アリナは俺の反応を様子見してコクリと頷くと、今度は爪で1つの単語を指し示した。
「これ、どういう意味か分かる?」
「”mp.”か。普通に考えればMPだけど……」
「正解。じゃあ、”mp.heretic”は?」
「え、えっと……、MPの異端者?」
「そういう事。つまり、貴方の職業は【異端者】の中でも、【MP型異端者】ということになる。現に鑑定結果にもこの文字列は【MP型異端者】であると表示されたわ」
MP型異端者――なるほど、そういう事か!!
ずっと頭の隅に引っかかていた事ではあったが、確かに俺は職業を与えられたその時から、既にMPは5000だった。
ただ5000と簡単に言うが、普通ならばあり得ない値だ。
勇者や賢者ですらも素の値でMPを5000超えるには、レベル500以上は確実に必要となる。
つまり、現実的な値ではなかったのだ。
「もし、仮説を立てるとすれば、俺は【MP型異端者】であり、MPの値が異常である代わりに、対となるHPにステータスを割り振ることが出来ない。ということか?」
「そうなるわね。そこまでは私の鑑定魔法でも分からなかったけど……」
「いや、充分すぎる程だ。本当に凄いな、君の鑑定魔法は――」
するとアリナは驚いたように物凄い勢いでそっぽを向くと、「そ、そんな事ない」と小声で呟いたのだった。
ただ獣耳が揺れ動くテンポが速まっているのを見るに、内心はとても喜んでいる様でもあった。
「でも……、何でそんな事まで分かるんだ? 鑑定魔法って、普通ステータスだけじゃないのか」
「ノーム君はステータスの仕組みって分かる?」
「い、いや、あまり意識した事ないけど……」
彼女はほんのり桜色に染まった頬を見せつつも、突然嬉しそうに笑ってみせると、語り始めたのだった。
「そもそもステータスというのは、ありとあらゆるデータ集合体の内、1つの事柄に関する情報の小さな集まりなの。膨大なデータの内、ノーム君に関する情報群はノーム君のステータス、私に関する情報群はアリナのステータスって呼ぶ。勿論、対象は人間だけじゃない。そこに転がっている石やこのダンジョンにもステータスは存在する」
「へぇ……、じゃあ武器であるイザラギだけじゃなく、この服や靴にもあるってことか?」
「そう、ただそれを魔法で表示するのは至難の業よ……。だって常にステータスとリンクしている武器などの例外を除いて、物はステータスにアクセスする意志がないもの」
クスクスと面白おかしく笑った彼女は流れるような手付きで、彼女のステータスを表示させる。
「こうやってステータスを表示させられるのは、私たち自身がどこかにある膨大なデータから、自分の情報を読み取る――すなわちアクセスしているから。そして鑑定魔法はそのアクセスを傍受する魔法よ」
「傍受……か。つまり、俺らがその膨大なデータとのやり取りを勝手に覗く魔法なのか」
「そういう事。データとのやり取りはステータスを表示させる時だけでなく、常に行われている。スキルを使用する際や、魔法詠唱の過程、相手に攻撃する瞬間、全てにおいて、やり取りが行われている。それを魔力なしで完全に傍受するのが私の持つ【鑑定の極意】の真の力よ」
なるほどな、道理で相手の次の行動をいともたやすく読んだり、俺がSPを手に入れた瞬間までも察知した訳だ。
「個人情報全て網羅するとか、気持ち悪い能力だな……」
「何よ人効きの悪い。別に何もかも傍受している訳じゃないわよ、情報量多すぎて頭がパンクしちゃうわ……。それに、気持ち悪い能力って、貴方も人のこと言えないからね!」
そう言って、冗談交じりにアリナは何の前振りもなく、俺の顔面めがけて拳を突き出してきたが、俺は平然と首を傾けてそれを躱してみせた。
「ほらっ、気持ち悪い!」
「意味のわからんことを口走るな! 回避は戦闘必須技術だろうが」
結局その後、俺は残りの80Pt全てを身体力のステータスに入れる羽目となったのだった。
――――1/2――――
種 族:人間
名 前:ノーム=アテナム
職 業:異端者
レベル:31
H P:5/5
M P:5000/5000
攻撃力:50
防御力:180(30)
魔 力:55
魔耐性:30
身体力:251
精神力:40
《ステータスポイント》
0Pt
(以下省略)
―――――――――――
さて……、困ったな。
HPが上げられないと分かった今、本格的にHP5のまま生き残る方法を探さなくては。
☆ ☆ ☆
――決闘2日前、スチュワート侯爵家にて
スチュワート侯ザイザルは、ソファーで寛ぎつつ、赤ワインを静かに呑んでいた。
「もう直ぐだね……」
彼は部屋の入口にて跪いているバーゼルを一瞥して、ゆっくりと凍りついた唇を動かした。
それは部屋に留まる猛吹雪の如く、辺りに張り詰めた空気をもたらしている。
「手筈は整っているよね? バーゼル」
「はい。必ずや決闘で【異端者】を殺して見せます」
「ふっ、期待しているよ。あの健気な少年の死体を、あのお方に献上すれば、さぞ喜ばれるだろう。僕たちの昇格も確実な物となるはずだ。……ただ、あり得ないとは思うが、もし失敗したら――分かってるよね?」
「……はい」
押し殺して出されたその息は、どこか弱々しく部屋を反響していった。
跪くバーゼルの目は虚ろで、心の内側から迫る物恐ろしいげな圧迫感に、彼は息苦しさを感じていた。
敗北を危惧するというよりは、目の前の対象を恐れているのだろう。
「そうだね。折角だし、良いことを教えてあげるよ。あの時、鑑定でMPまで確認できたのだけれど、恐らくあの少年はMP型だね」
「MP型、と言いますと?」
「MPが異常に高い異端者の事だよ。あの少年のMPは5000、けれどその代りにHPは永遠に5のまま。要は一度でも攻撃を当てれば、こっちの勝ちという最弱職の中でも最弱の型だ」
ザイザルは不気味な笑みを浮かべて、ワインの入ったグラスを回した。
「しかし……、注意はしないといけない。冒険者として活動している所から察するに、彼も本来ならあり得ない”成長する異端者”だ。絶対に気を抜くなよ……」
「”成長する異端者”……、アイツと同じって事ですか」
「ああ、あの少年からは、赤い満月の夜を2度生き延びた唯一の異端者と、同じ匂いがする。だから……、早めに消さなければならない」
――今から十年前
赤い満月の夜、最強とも謳われている機械軍国サベルザードの軍隊に包囲された一人の少年がいた。
彼はその国で生まれたその世代で、ただ1人の異端者だった。
軍隊にまで囲まれ、絶体絶命と思われた。
だが、彼は1人で勝利を収めた。数万もの武装兵相手に――
たった1人で敵を戦闘不能状態まで追い詰めたのだ。
それこそが五大国が必死になって隠蔽している十年前の大事件である……。
「奴は防御型かつ、魔法を喰らう術と攻撃反射を操る化け物だった……。あのような奴を、2人もこの世に生み出してはならない。カードの名にかけて」
「はい、カードの名にかけて……」
ザイザルは虚空を睨みつけて、ワインを呑み干した。
次回――いよいよ決闘の時




