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第22話 成果の表れ

 《SIDE : Alina》


 ここ数日間――私の身の回りでは、とんでもない事ばかり起きた。

 滅多に存在しない変異体のデッドオークに捕まっては、突如現れた救世主(ノーム)に助けられ、そして夜に数年間に渡って追われ続けていたスチュワート侯爵と遭遇してしまった。

 更には、再びどこからともなくやって来た救世主(ノーム)に庇われ、私と彼の運命が掛かった決闘が行われる事になってしまった。


 そして、決闘までの一週間にも及ぶ特訓が始まったのだった。


「はぁ……、どうしてこうなっちゃったんだろ?」


 窓から顔を出し、銀色に輝く髪を風に揺らしつつ、私は登りゆく陽の光を眺めていた。


 ノームが命懸けで私を庇おうとしてくれる事は、素直に嬉しいし、彼の誠意には心から感謝している。

 けれど、この約20年間の人生で、ここまで人に良くして貰ったことがなかったせいか、私はこの上ない罪悪感に悩まされていた。


「私、このままでいいのかな……?」


 最初は後ろからついて来ている様にも思えた彼は、たった数日間で私を追い越し、今では私が彼の背中を見ている。それほどまでに、彼の成長は目覚ましいものだった。


 今日で特訓は5日目。実質3分の2が経過したわけだが、この時点で彼のレベルは29まで成長していた。

 勿論、それだけではない。技術力も戦術も、特訓前とは見違えてしまっている。


 化け物――彼の才能は、その一言に尽きる。

 何を隠そう、彼はこの数日間の特訓で、まだ1回もまともに攻撃を食らっていないのだから。

 余波などで偶にHPを減らしてしまう事はあるかもしれないけど……。いいえ、もう現時点では余波すらも、躱してしまっているかもしれない。


 まさか、ノームがこの時点でアレ(・・)を習得してしまうと、誰が予想しただろう。

 ただでさえ、彼の欠点を帳消しにするほど、強力なEXスキルを手にしているのにも関わらず、まだ彼の成長は衰えることを知らない。



 そして、その事実は【異端者】が最弱職ではないと、証明しているかの様だった。



 それに、成長はステータスだけではない。

 ここ数日間、彼と一緒に過ごして、私が痛々しいくらい、感じ取ったことだ。


 それは――こんな朝っぱらから、いえ、真夜中ずっと魔法を撃って、MP切れで地面に突っ伏している彼を見ればわかること。


 キエラの家に泊めてもらい始めてからずっとそうだ。

 そういう性癖を持っているんじゃないかしら? と疑ってしまうほど、ボロボロになるまで夜もずっと、彼は特訓を続けている。


 勿論、彼の体は特訓についていけていない。

 身体のキャパシティを遥かに超える負荷を、彼は延々とかけ続けている。


 ――そんなに真剣になって、馬鹿じゃないの。

 そこまでして守られるほど、私に価値なんて……。



「……仕方ないわね」



 私はおもむろに立ち上がると、まだソファーで寝息を立てているキエラの横を通って、静かに外に出た。

 赤い朝日が地上を照らし始めている。その紅に埋もれながら、私は地面にうつ伏せで倒れて、荒い呼吸をしているノームの傍らに跪いた。


「はぁ……、はぁ…………。あぁ……、おはよ……。リンナ」


「アリナでいいって、あれほど言ったのに」


「人前じゃないんだから……、本名で呼んだって、いいじゃないかよ」


 ノームはぎこちない笑いで白い歯を見せると、身体を転がして、ゆっくりと起き上がった。

 MP0の状態でここまで動ける人間など、そうそういない。普通なら、酷い頭痛と倦怠感で動くことすら、ままならないはずだ。


「今夜は何発撃ったのよ……」


「さぁな……、少なくとも3000発以上は撃ってる」


 彼のズボンのポケットからキエラが買い溜めてくれた、MP回復ポーションの瓶が4本ほど転がり出た。

 1日にポーションは5本ほどしか効力を発揮しないというのに、ダンジョンに行く前から4本も飲み干すなんて、余程回避に自信があるのだろう。


「はぁ……、ヤバい。頭がガンガンする。なぁ、アリナ――今日も頼めるか?」


 ヘラヘラしつつも、いつもの調子で恐ろしいことを懇願してくるノームに、私は呆れたため息を零す。




「貴方……、どれだけ女の子を泣かせたら、気が済むのよ」




 私は緩んだ涙腺から1つ、水滴を零した。

 そして、頬を流れ落ちるそれを指で受け止め、彼の頬に優しく当てる。



 その瞬間、ノームの全身は光り輝き、枯渇していた魔力は全て回復したのだった。



「ふぅ……、ありがとう。大分、楽になったよ」


「普通なら、【聖なる雫】はこんな使い方しないんだけれどね。――でもどうせ、MP0でも行こうとするんでしょ? ダンジョンに……」


「まぁ、そうだな。ただ君のおかげで、レベル上げの効率が良くなっているのは事実だ。感謝するよ」


 ――感謝しているのはこっちの方よ。

 そう言いかけ、私は咄嗟に喉元まで出かけていた言葉を飲み込んだ。


 本当に感謝するのは、彼がバーゼルに勝った後よね。

 今ここで、彼に気持ちを伝えても、きっと彼は流してしまうだろうから。


「……よし。朝ご飯食ったら行こうか、第5階層とやらに」


「ええ! 5の倍数の階層は、ダンジョンでも大きな区切れ目となる階層、奥地には今までとは比べ物にならない程、強力な魔物――通称階層主が潜んでいるはず」


「確かそういう階層は、中盤に転移結晶があるんだったよな? ともかく最低限、そこまでは行けるようにしておこうか」


 直径十数センチの毒の球体を作り上げ、それを握り潰したノームは、ニヤリと口角を吊り上げたのだった。



 ☆ ☆ ☆


 《SIDE : Norm》


『ヴァアアアアア!!』


 異臭が漂うほど全身が腐り、皮膚が赤黒く変色した人間型の魔物――ゾンビが駆け寄ってくる。

 俺はイザラギを構えると、迎撃体勢に入り、目を静かに閉じた。


 刹那――ゾンビの腕を斬り落とし、ドロドロの血液をばら撒いた。

 そのまますれ違い際に、身体を回転させつつ、酸毒の塊をゾンビの身体に叩きつける。


『アァァ…………!』


 ゾンビは激しく身悶え、HPがなくなった瞬間、ピタリと動かなくなり、そのまま本物の死体として紫色の草原に倒れ込んだのだった。


「鮮やか……、何一つと動きに無駄がないわ」


「それはどうも。ただ、今のは回転の速度がイマイチだった。頑張れば、もう少し速くゾンビの身体に酸毒を当てられたはずだ」


「そ……、そうかな? 私は今のでも充分良かったと思うけど……」


 アリナは褒めてくれたみたいだが、駄目なものは駄目だ。

 もう俺の見る世界は1秒とか、そういう次元ではない。

 一瞬でも遅くなれば、死に引きずり込まれる。その上、少しでも動きにブレが生じれば、死に身体を蝕まれる。俺が渡り歩いているのは、そんな世界なのだ。


 この数日間、ダンジョンの魔物の攻撃を躱し続けて、ようやく理解したことだ。

 常に完全を求めなければ、回避専門などやっていけるわけがないのだ。


「もしかしなくとも、今日も付けているんでしょ?」


「あぁ、リストバンド(・・・・・・)か? 当たり前じゃないか」


 俺は袖を捲ってその黒いバンドを見せると、アリナは呆れたように首を振った。

 キエラの父の形見なのにも関わらず、きっと特訓に役立つからと彼女は貸してくれたのだ。使わないわけにもいかないさ。


 それに……コイツを付けていれば、感覚だけでも強くなれると錯覚できる。そうすれば、自然と身体も強くなるはずだ。

 偽薬効果などを筆頭とした人間の錯覚は、恐ろしいからな。



『ウガァアアア!!』



 突如、地面から這い出てきたゾンビが俺の首を掻き切ろうと、覆いかぶさってきた。

 予期するもの難しい奇襲――だが、俺は集中するまでもなく、その攻撃を躱した。


 そして、虚空に作り上げた巨大な毒の針で、ゾンビの腐った体躯を貫いたのだった。



『ア……、アガ……ッ』



 動かなくなったゾンビはパタリと倒れ、目玉を地面に転がした。

 持続効果を及ぼす魔法の場合、その継続時間は魔法の大きさに比例する。だから、相手に知能が全くない場合は大きな酸毒でも投げつけておけば、大抵は倒せるのだ。


「アリナも気をつけろよ? この辺り、地面からゾンビが湧いてくるからな」


「い、言われなくても分かってるわよ」


 アリナは少しビクリと身体を震わして、そう言い放った。

 たがその直後、俺にギリギリ聞こえる程の音量で――



「奇襲まで効かなくなるなんて……、ズルい」



 ――そうボヤくのだった。


 仕方ないだろ? 習得しちゃったんだからさ。

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