第2話 当たらなければどうということはない
翌日――普段なら一日中寝て過ごす休日なのにも関わらず、俺は朝早くから飛び起きて行動を開始していた。
ボロボロの服を羽織り、薬草三昧の朝ご飯を済ませると、俺は小さな家の裏庭にある倉庫へと向かった。
保管されていた殆どの物は生活費に当てられ、中は空も同然だった。
けれどたった1つ、そこに置いてある物があった。
「……久しぶりだな。『名刀イザラギ』」
農家であり、冒険者であった父が、大枚をはたいて俺に買ってくれた一本の刀だった。
俺が15歳になり、剣豪への道を歩むことを見据えた父はこの刀を使って俺を特訓してくれたのだ。
勿論、生半可な修行ではなく、物凄く辛かった。けれど――その反面、上達するのがとても楽しかった。
毎日ずっと二人で練習していたさ。
両親が魔物に殺されて他界するその時までね……。
「また、俺に力を貸してくれないか?」
黒い鞘から抜いた刀は未だにギラギラと輝き、その鋭利さを失っていないことを俺に教えてくれた。
これを握るのは一体何年ぶりだろうか、父が死んで悲しみに暮れていたその時からずっと……、俺はこの名刀から目を背け続けてきた。
だからなのかな――俺が【異端者】なんかになってしまったのは。
けれど……、もう諦めたりしない。
最弱職【異端者】が授けてくれた2つのEXスキル、これが俺を再び突き動かしてくれた。
俺は再び、剣豪への道を歩み始めようとしていたのだ。
【防御貫通】――例えどんなに攻撃力が低かろうと、絶対に敵にダメージを与えてくれるスキル。
【多段攻撃】――手数によって、俺の攻撃の威力を何十倍にまでも強化してくれるスキル。
帰り道に改めて自己確認したが、【異端者】にとって、攻撃面でこれ以上最適な状況はない。
後は防御をどうするかだが……。
『いいか? 防御は回避が基本だ。攻撃を回避できなければ、何も始まらない!』
父の教えが脳裏でフラッシュバックする。
現在の俺のHPは5、加えて防御力は1、そこらに落ちている羊皮紙よりもペラペラだ。
けれど、防御の大鉄則は、どう攻撃を受けるかではなく、どう攻撃を避けるかにあると思うんだ。
つまりは――
「当たらなければどうということはないッ!!」
攻撃なんぞ、全て避けてしまえばいいのだ。
これは命の掛かった避けゲーだ。一回でも攻撃が当たれば死亡という、最難関のゲームなんだ。
「よし……、まずは隣町のギルドだ」
俺はこれまでにないほど、決意で心を固めていた。
職業を授かってからというもの、俺はずっと【異端者】として村の人々に踊らされていた。
虐げられ、理不尽な扱いを受け、どうすることもできなかった。
けれど、それも今日で終わりだ。
一晩考えて俺はとうとう決めた、【異端者】として生きていくことを恐れず、この理不尽な現実に立ち向かっていくことを。
EXスキルが与えられるぐらいなのだ、最弱職とはいえど【異端者】も職業としての働きは行っているはず。
職業は魔物に対抗するための力、魔物に勝てないような力ではそれは真に職業とは言えない。
そもそもよく考えてみろ。なんで【異端者】だけ、ステータスが変動しないのか?
いや、正確にはレベルという値があるのにもかかわらず、なぜ【異端者】だけ、ステータスが変動しないのかだ。
だったら、初めからレベルなんて、余計な物はついていないはずだと、俺は思う。
この世界は上手くできている。ありとあらゆる存在と事象が綺麗なバランスを成している。
だから絶対に何かしら意味があるはずだ。【異端者】という職業にレベルがある意味が……。
その真実を暴くためにも、俺はもう一度夢を追いかけようと思う。
今までずっと躊躇していた俺の夢――そう、冒険者になる夢がこの時から再始動したのだった。
「じゃあな……。父さん、母さん。俺、行ってくるよ」
小さめのバッグを肩から掛け、俺は家に最後の挨拶をすると、ドアに鍵を締めて外へと出た。
下手したら、二度と帰ってこないかもしれない。それほどまでに、俺の決心は硬い……。
仕事を放り投げてすらも、俺はこの家を、村を出ることに決めたのだ。
「じゃあな、クソッタレな故郷……!」
誰一人として理解者のいない村を離れ、俺は隣町へと向かったのだった。
☆ ☆ ☆
「ハ……ッ!」
イザラギを薙ぎ払い、目の前で跳ねるスライムを斬りつける。
すると身体を半分斬り裂いた所で、スライムは破裂して、バラバラに砕け散ったのだった。
久しぶりに握った刀だったが、扱い方は自然と理解できた。
やはり幼い頃から死ぬほど特訓してきたのが、今でも身にしみているのだろう。
そして【多段攻撃】の扱いにもようやく慣れてきた。
本来は斬撃、魔法といった攻撃は一回につき、一度までしかダメージを与えない。
しかし、このスキルはそのダメージを与える効果を複数回、重複させるらしい。
その複数回が要するに0.1秒毎なのだろう。
攻撃0.1秒間につき、一回の攻撃効果を重複させる。だから1秒間だと10回効果が重複して、本来1ダメージしか入らない攻撃も、重複効果だけで10ダメージとなったのだ。
つまり剣や刀の場合は、できるだけゆっくりと動かして、刃が敵に当たる時間を長くする。
そうすると、ダメージ量も自然と多くなる。
むやみやたらに刀を早く振り回さず、ゆっくりと確実に敵にダメージを与える。それが今の俺に求められている戦闘スタイルのようだ。
「見ろよ……あいつ【異端者】だぞ」
「あんな雑魚を狩って、冒険者にでもなったつもりかよ。頭おかしいんじゃね?」
村を出た所で、扱いは変わらないよな。
俺自身が変わらなくては、永遠にこの扱いのままだ……。
頭おかしくて結構、こっちは頭おかしくなるほどもがかなきゃ、生きていけないんだからよ。
「……せぃっ!」
再びイザラギを適度な速さで振るい、スライムの身体を斬り裂た。
そんなこんなでスライムを見つけ次第、狩りながら、隣町への道を急いだのだった。
☆ ☆ ☆
日が高く登り、時刻は昼頃。
俺は平原を真っ直ぐに進み、何事もなく無事に隣町にたどり着いた。
村人から物騒な格好をした冒険者や、物を売りながら歩いている商人、色々な人々が行き来する中を俺は歩いていた。
身なりが身なりであるために、若干視線がキツかったが、村で生活していた時のように、暴言を吐かれたり、急に殴られたりはしなかった。
この町のハズレには、冒険者ギルドが存在する。
人々に害をなす魔物を討伐するため、ありとあらゆる国や組織から独立した慈善団体だ。
そこに登録をすれば、俺は晴れて冒険者になれるというわけだ。
魔物と戦うわけだし、常に危険とは隣り合わせ、かつ死亡率が最も高い仕事であるが、その分得られる金も結構多い。言わば、最もギャンブル性の高い仕事なのだ。
血の気の多い奴らが集まるような場所だ……、あまり騒ぎは起こさないように気をつけよう。
俺は自身に申し訳程度に鑑定遮断系の魔法を唱えると、ギルドの中へと足を踏み入れた。
昼頃ということもあってか、中はガラリとしていた。
ちらほらと依頼を探している冒険者がいたが、俺に関心を持つつもりもないらしい。
よし……、これなら面倒事は起きないだろう。
さっさと、冒険者登録を済ませて、今日のやるべきことをやってしまわなくては。
「あの……、冒険者になりたいのですが……」
カウンターで何やら作業をしていた受付嬢に話を聞くと、彼女は営業スマイルを浮かべて答えてくれた。
「はい、登録でしたらこちらで承っております。ではこの紙に必要事項を記入願いますか?」
「分かりました」
俺は言われたとおりに、名前、年齢、性別、出身地など記入していく。
けれど職業という欄までペンが進んだ所で、完全に動きが止まった。
だよな……、登録の際に聞かないわけがないよな。
受付嬢の顔が歪む未来を覚悟しつつ、俺はそこに【異端者】の三文字を恐る恐る書き、彼女に手渡したのだった。
暫くの間、俺が書いたその情報を眺めていた彼女、ふと一瞬その顔に驚愕の表情が現れたのだった。
百万人に一人、いるかいないかの珍しい最弱職――恐らくそれに目が留まったのだろう。
「あの……、失礼ですが、職業にお間違いは――」
「いいえ、ありません」
「そう、ですか……。大変申し上げにくいことではありますが、貴方様の職業柄上、冒険者は非常に危険で不向きかと思われます。その……、事情もお察し申し上げておりますが、私たちはこの仕事をお勧めできません。それでも、大丈夫でしょうか?」
若干、敬語があやふやだったが、その誠意の籠もった表情から、彼女が本当に心配しているのが伝わってきた。
意外だった――まさかここまで真摯に向き合ってくれる人がいるとは、思いもしなかった。
「いえ、大丈夫です」
「……分かりました。では登録手続をさせていただきます」
受付嬢は丁寧に頭を下げると、冒険者証明書の発行手続きに取り掛かった。
その凄く手早い動きに圧巻されてると、いつの間にか彼女は笑顔で俺に証明書となるカードを差し出していた。
そこには鉄級四位の文字とともに、俺の個人情報が記載されている。
「完了しました。冒険者の仕組みに関して、何か分からないことはございますでしょうか?」
「あっ……、大丈夫です。登録ありがとうございました」
「どういたしまして! では、今日から冒険者として頑張って下さい。ノームさんのご健闘をお祈り申し上げます」
頭を下げる受付嬢に俺も愛想笑いで応えると、ギルドの外へと向かった。
鉄級四位冒険者――ここから全てが始まるのだ。
冒険者は働き応じて等級、ランクという物が存在する。一番上から金級、銀級、銅級、そして鉄級である。
そしてその等級の中でも、4つのランクに細かく分類され、上から一位、二位、三位、四位だ。
これらは全て、俺たちの働きによって変動し、等級やランクが高くなるほど、受けられる依頼の数も増えていくらしい。
勿論、登録したばかりの俺は一番下の鉄級四位、だがゴブリンを数体でも狩れば直ぐにでも三位ぐらいには昇格できるはずだ。
「よし……、それじゃあ、早速狩りに行きますか」
俺はイザラギの柄を握りしめると、町の外にある森へと向かった。
そこに多く生息する魔物――ゴブリンを討伐するために。