第19話 その少年はドM疑惑
「なるほど……、レベル10毎にそのステータスポイントというのが割り振られ、ステータスを上昇させられるようになると」
壊れかけた石の墓に寄りかかって休んでいたアリナは、若干怪訝そうに頷いた。
突拍子もない話に少し疑念を抱いている、という様子だった。
普通の職業では信じられない出来事だが、【異端者】に関しては常識で法則を導き出そうとしてはいけない。それはここ数日間、【異端者】の本当の力を目の当たりにして分かったことである。
「ちょっとぶっ飛んだ話かもしれないけど……、今言ったことは全部本当だ。現に――今ので再びSPを得たみたいだしな」
「いえ、ノーム君の話が信じられない訳ではないの。ただ……、辻褄が合わないなと思っただけ」
「辻褄……?」
「だって、成長が確認できるのはたったのレベル10なのよ? 職業【異端者】が初めて確認されたのは、ここ数十年前……。ならノーム君以外にも誰かしらレベル10を超えて、その事実を知ったとしてもおかしくはないと思うわ」
「…………確かにな」
自分の事ばかり焦点を当てていたから気づかなかったが、確かにそうだ。
レベル10を超えた俺が現れた時点で、他にもレベル10を超えた人がいる可能性は、無きにしもあらず。
俺のような人間が過去に存在していたかもしれない、ということだ。
「……案外、いるかもしれないな。この世界のどこかに、レベル10超えの【異端者】が」
だがもし俺が初めてでなかったとしたら、【異端者】が最弱職と呼ばれる理由が分からない。
嘘の情報を皆に信じ込ませる……、というのも非現実的な気がする。
いやそもそも、最弱職と呼ばれるようになったきっかけは、何なんだ?
本当に成長しないから――なのか?
「ごめん、考え込ませちゃったかしら?」
「い、いや……、大丈夫だ。おかげさまで少し、違和感が晴れた気がする」
一体何なんだろう――【異端者】という職業は。
でも、ここで考えていたところで、埒が明かないな。ともかく今はバーゼル討伐に向けて、強くなることに集中しないければ。
【異端者】の考察など、戦いの後で幾らでも出来るだろうから。
俺は蒼い画面を目の前に表示させると、前回と同様に欲しいステータスの文字列に触れ、ステータスを振り分けていった。
――――1/2――――
種 族:人間
名 前:ノーム=アテナム
職 業:異端者
レベル:20
H P:5/5
M P:5000/5000
攻撃力:7
防御力:96(1)
魔 力:55
魔耐性:21
身体力:171
精神力:1
《ステータスポイント》
0Pt
(以下省略)
―――――――――――
内訳は以下の通りである。
―――――――――――
攻撃力 +2Pt
魔 力 +50Pt
魔耐性 +20Pt
身体力 +78Pt
―――――――――――
相変わらず、HPにポイントを入れるのを勿体無いと思ってしまい、1ポイントも振らなかった。
攻撃なんて全部躱しちゃえばいいんだろ? そういう脳筋思考が度々頭をよぎる。
この様子じゃ……、人に殴られただけでも死んでしまいそうだな。
ただ、鑑定魔法を使える多数の人間はHPまでしか見れないため、相手を油断させるにはもってこいなステータスとも言えるかもしれない。
「それで、どんな感じに振り分けたの?」
興味津々のアリナは、俺に了承を得ることなく、勝手に俺のステータスを覗き込んできた。
だが次の瞬間……、その表情は少し険しいものへと変わる。
「え……っ、なんでHPに振り分けなかったの?」
何がそんなにも驚きだったか、完全に硬直した彼女に俺は淡々と答える。
「いや、入れるの勿体無いなと思ったから」
「……ごめん、ちょっと意味わからない」
顔を上げたアリナは、殆ど冷酷そのもののような面持ちで、俺に冷ややかな視線を送ってきた。
その視線には「死にたいの?」と、言わんばかりの唖然の意が込められていた。
「150Ptもあったんでしょ? だったら、数ポイントくらいは振り分けても、良かったんじゃないの?」
「HPを上げたら、自分が無駄な安心感を覚えて、攻撃回避のキレがなくなる。そんな甘えを欲しているようじゃ、最弱職【異端者】として、今後やっていけないだろ」
少しでも当たったら終了。
そんなギリギリの極限状態に自分自身を追い込むことで、人間はさらなる進化を遂げられる。
戦闘は回避中心で動くと決めた以上、HP5という精神修行を耐え抜かなければ、強くなどなれない。
「ノーム君って、”M”なの?」
「えっ、Mってどういう意味?」
「はぁ……。もういいわよ、理解しなくて。要は貴方の異端じみた性格が、垣間見えたってこと」
呆れを通り越して何故か怒り気味になっていたアリナは、盛大な溜め息を吐き出すと、チャクラムを手にして立ち上がった。
「休憩はおしまい。ここまで来たんだし、2階層入り口までは進んでおきましょ。そこの転移結晶で地上のダンジョン入り口まで戻れると思うから」
「……分かった。じゃあ、俺ももう少し頑張るとするか」
彼女に同意を示し、俺もイザラギを腰につけ直すと、墓の影から這い出し、再び紫色の世界へと足を踏み出したのだった。
ここからもまた命懸けの戦いだ、気を引き締めて進まなければ……。
「……ったく、ヒヤヒヤするこっちの身にもなってよね」
出発間際、アリナは俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、そう呟いたのだった。