第18話 その特訓は命懸け
『カタカタッ!』
筋肉どころか皮すらもついていない骨で剣を巧みに操りながら、猛攻を仕掛けてくるスケルトン。
そのあまりにも強力で素早い攻撃と隙のない立ち回りに、俺は防戦一方へと追い詰められていた。
それに相手は硬い骨しかないのだ。
俺の攻撃の性質上、単なる斬撃では太刀打ちはできない……。
「超寸刻加速――」
肉体と感覚を超加速させ、俺はワイズケルトンの背後へと回り込み、接近ではなく敢えて距離をとった。
後方へと大きく飛び、空中で身体を大きく回転させて、刀を斬り上げるように振り切った。
刹那――魔力により衝撃波が発生し、ワイズケルトンの肋骨に見事命中する。
「効いている……、みたいだな」
「あのスケルトンは、魔法の方が比較的怯みやすいわ! 斬撃よりも魔法を主戦力に立ち回って!」
「あ……、あぁ!」
と言われても俺が使える魔法は、今の衝撃波魔斬くらいしかない。
強いて使える可能性がある魔法は――今まで練習していた毒魔法くらいか……。
クソッ、今の俺はできる気がしない魔法に、頼らなくちゃいけないのか?
『カタカタカタ……』
突如、ワイズケルトンは激しく身体を震わせ始めた。
右腕で握っている剣の刃に金赤色の豪火が纏わりつき、紫色に包まれた空間を明るく照らす。
「アイツ……、魔法も使えるのか、よっ!?」
言い終えると同時に左斜め前へと身体を倒しつつ、飛び出し、スケルトンの魔法斬撃を寸前で躱す。
炎の刃が地面に叩きつけられ、燃え上がった草が凄まじい上昇気流を作り上げた。
渾身の攻撃を躱されたスケルトンは骨を震わせることなく、ギロリと頭蓋骨の奥に宿る蒼い瞳で俺を睨みつける。
「スラッシュッ!!」
主に下半身を狙って、俺は態勢を低くし、刀を下段の構えから三回ほど薙ぎ払った。
ワイズケルトンは急いで飛び跳ねて俺の放った衝撃波を躱そうとする。
しかし、そこまで器用に身体を動かせるわけではないらしく、3回目の波動で足元を取られ、地面に転ぶ。
――今ならッ!!
その思いだけを胸に、俺は右腕を前に伸ばし、脳内が素早く詠唱を済ませた。
右手から毒々しい紫色の球体が出現し、徐々にその大きさは増していく。
「魔力を……、魔力をぉ……っ!」
歯を食いしばりながら、全身を循環する魔力を振り絞るように腕へと集中させた。
練習時よりも一回り大きい毒の球体が出来上がり、それは破裂することなく、その美しい形を保ったまま、弾丸の如くワイズケルトンの脳天へと発射された。
パシャッ!
本の少しだけ、液体が跳ねる音が鳴った。
だが次の瞬間、毒は肉を高熱で焼くような音を出しながら、骨を溶かして蒸発し始めたのだった。
『ガタガタガタガタッ!』
ワイズケルトンは大急ぎで、その顔に掛かった毒酸を払い除けようとするも時既に遅し。
見ると物凄い勢いでHPが見る見るうちに減っていき、あっという間に0になって力尽きてしまったのだった。
「終わったな」
思いの外、呆気なく終わっちゃったな。
計算通りとまではいかなかったが、やはり継続ダメージを与える魔法の場合は攻撃が当たった時だけではなく、その後も魔法で攻撃中と認識され続ける限りはダメージが入るらしい。
更に推測では毒の状態異常に掛かるか、掛からないかの判断――いわば判定も、何度も繰り返されているだろう。
つまり、一回の魔法でもほぼ確実に毒を負わせることができるはずだ。
どこまで効力が続くかはある程度、検証しなければ分からないが、ダメージが入ると分かっただけでも収穫は大きい。
「やった……、出来たっ! ちゃんと、魔法打てたじゃない! やっぱりやれば出来るのよ!」
まるで自分の事のように、興奮して喜ぶアリナに驚きつつ、俺は左手を差し伸べてハイタッチを交わした。
まさか――こんなアドバイス1つで、あっさりと出来るようになるとは、全く思っていなかった。
長年ずっと練習しても全く出来ず、半分諦めていた攻撃魔法の発動――その感覚をしっかりと噛み締め、俺は緩みきった頬から笑みを漏らした。
「あ……、ありがとな、アリナ。君のアドバイスがなければ――」
「礼は後でじっくりと聞いてあげる。今は気を緩めないで……」
喜びから一転、再び集中モードへと切り替わったアリナは、静かにチャクラムを構えた。
すると茂みが揺れる音と共に、弓、斧や槍などの武器を持ったワイズケルトン達が飛び出し、あっという間に俺らを取り囲んだ。
「え、えぇっ!? こんなに出てくるもんなのかよ!?」
「当たり前じゃない、ここをどこだと思ってるの? 銀級冒険者すらも、中層に立ち入った者の半数以上が死に絶える――地獄よ! その過酷さは、初層でも何ら変わりはない」
ワイズケルトンは一斉に各々の武器を振り回し始め、俺とアリナへ突進してくる。
攻撃一つひとつを見切りながら、躱し続ける俺に対して、アリナは氷魔法で相手を足止めし、チャクラムで頭蓋骨を叩き割っていった。
「避けだけに徹しないで……っ! じゃないと、死ぬわよ?」
「わ、分かったっての!」
さっき成功したばかりだっていうのに、また使う羽目になるなんて……
しかも体勢は最悪な状態、この状況で魔法を放つなんて幾ら何でも無茶ぶりすぎるだろ。
だけど、やるしかないんだろ? 強くなるためにはな……ッ!!
俺はワイズケルトンの槍を回避しつつ、魔法を詠唱し、相手の肋骨に毒酸の塊を叩きつけるのだった。
☆ ☆ ☆
「はぁ……、はぁ……」
ようやく侵攻の波が収まり、俺は刀を地面に突き刺して、跪いた。
ナンダコレハ……。ダンジョンってこんなにも悍ましい場所なのか?
アリナが言うには、まだ第1階層の中盤にも辿り着いていないという。
いや、それもそうだな。だって数十歩進む毎にあのワイズケルトンが飛び出し、襲いかかってくるのだ。
それも一体ならまだしも、数体同時に出てくる。
確か、初めの戦闘で俺は調子に乗って、アリナに手を出すなとか言った気がするが、そんな余裕をかましていられる状況ではなかった。
寧ろ彼女の助けなくしては、今頃俺もあのワイズケルトンの仲間入りとなっていただろう。
「な、何体倒したんでしょうね……。アリナさん?」
「ふぅ……、ざっと30体ぐらいじゃないかしら?」
――30体も倒していたのかよ。
じゃあそろそろ、来てもおかしくはない頃だと思うんだが……。
《レベル条件を満たしました。SP150Ptを獲得しました》
「来た……」
「えっ!? もしかして、また――」
「いや、こっちの話だ。敵じゃない」
「な……、何よ、もうっ! 脅かさないでよ……」
息切れで上気した頬を膨らませたアリナは、ジト目でこちらを睨みつけると、構えたチャクラムを再び下ろし、その場に座り込んだ。
レベル50を超えている彼女ですらも、ここまで疲労しているとはな。
だけど、もしかしたらこれで、少しは彼女の負担を減らせるかもしれない。
「なぁ……、アリナ」
「……なによ。もう騙されないからね!」
「違う違う、そうじゃなくってさ――教えてやろうと思ってな。【異端者】の秘密って奴を」
こめかみの汗を拭ったアリナは、俺の言葉に目を見開き、無言ながらも興味津々の様子でこちらを見つめたのだった。