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第17話 別次元

「ヴェノムショット!」


 右腕を前に伸ばし、脳内で教わった呪文を詠唱しながら大量にある魔力を外に放出した。


 紫色の球体が一時的に具現化する。

 しかし上手くいったのはそこまでで、その球体は破裂し、毒々しいモヤを発生させて消えてしまった。


「ダメよ、もっと魔力を腕に集中させないと!」


「あ、あぁ……っ。ヴェノムショット!」


 態勢を整えて再び魔法詠唱をするも、先程と全く変わらず、毒の球体は破裂して消える。

 毒魔法で最も簡単な呪文すらも、成功させられない俺は長い溜め息を吐き出すと、頭を抱えた。


「駄目だ……、全然成功しねぇ」


 今までもそうだ。

 鑑定魔法や探査魔法はある程度、発動できたというのに攻撃魔法だけはなかなか成功しなかった。

 特に武器を使わず、素手や杖で使いこなす魔法は成功する兆しすら見えなかったのだ。


「やっぱり無理なのか……、俺が魔法を使いこなすなんて――」


 最大MPの暴力で、数時間ほど練習したのにも関わらず、初級中の初級である第10級魔法すらも発動できないようじゃ、今後やっていける気配がしなかった。

 しかし、眉を潜めて項垂れる俺の背中を叩いたアリナから放たれた言葉は、意外なものだった。



「……そんなに落ち込む必要はないわよ。正直、魔法詠唱の段階で、ここまで筋のいい人なんて中々居ないわよ?」



「え……? そ、そうなのか?」


「だって現にMPが減ってるじゃない。それは魔法詠唱()成功している証拠。スキルがあるとはいえ、普通の人ならやったこともない魔法の詠唱を成功させられるまで、1週間以上はかかるわ。ただ――」


 アリナは突如俺の腕を掴むと、ジッと中を見透かすような目でそれを注視した。

 そして「やっぱり」と頷いて納得すると、顔を上げ、その霞みのない碧眼で俺の双眸を見つめる。


「貴方の場合は、魔力操作のプロセスが絶望的なのよ……。要は魔力を上手く集中させられていないってこと」


「魔力操作……、てっきり詠唱してそれで終わりだと」


「魔法は詠唱すれば、後は勝手にやってくれるような便利機能じゃないわ。詠唱で型を決めて、操作で強さを調整する。それが魔法の基本なの」


 彼女は強張った顔を緩め、微笑みを口元に浮かばせると、何故か羨望の眼差しを向けた。

 それはまるで、俺に魔法の才能があるとでも言いたそうな雰囲気をはらんでいた。


「魔法の才能が問われるのは、詠唱のみ。操作は努力次第でどうとでもなるわ。もし、毒魔法を使いこなしたいなら、詠唱よりも魔力を操作することに集中して――そうすれば、きっと成功するはず」


「そうか。俺の欠点は魔法操作か。ありがとう……、長い間魔法を成功させられなかった理由が、今ちゃんとわかった気がする」


「ふふっ、良かった。……日も大分高くなったみたいだけど、どうする? まだ練習続ける?」


「いや……、ここからは実践演習だ。バーゼルに勝つためには魔法を成功させるよりも、レベル上げの方が必須条件だからな」


 魔法が使いこなせるようになった所で、相手の攻撃を避けられなければ勝てないだろう。

 余力を残している週の前半に多くの魔物を狩っておかなければ、たった1週間でレベルを倍にするのは厳しい。


「分かったわ。じゃあ今すぐ行きましょ、ダンジョンに……。時間勿体無いんでしょ?」


「そうだな」


 久々に大量のMPを使い、全身に倦怠感を覚えつつも、俺は立ち上がるとアリナと共にダンジョンへと向かった。


 ――できれば、最も簡単な第10級魔法までは使いこなせるようになっておきたい。

 そうすれば、剣豪に相応しくないあの奥の手(・・・)も使えるはずだから。


 俺は腰にぶら下がっている一本の名刀を、頼みにするのだった。


 ☆ ☆ ☆


 その転移結晶の先は墓場の様な場所だった。

 上空には薄暗い紫色の気味の悪い空が広がり、視界を遮るように白いモヤが立ち込めている。

 しかも辺り一面は暗緑色の草原。そんな中、幾多の墓が乱雑にたてられていた。


 入り口にかなり不自然な形で、蒼い転移結晶が佇んでいるのも驚きだったが――ダンジョンってこんなに不気味な場所なのか?

 現世と乖離しすぎている別次元の空間に、唖然としていると、神妙な面持ちで腕を組んでいるアリナがポツリと呟いた。



「亡者の灰土(かいど)――このダンジョンの名前よ。世界で数十箇所しか見つかっていないダンジョンの中でも、屈指の難易度を誇り、最後まで辿り着いた者は誰一人としていない」



「灰土って……、地面に一杯草生えているじゃないかよ」


「……な、名前の由来を聞かれても、私、答えられないわよ?」


 少し慌てた様子を垣間見せるアリナは、咳払いをすると、いつも以上に気を引き締めていた。

 目つきが険しくなると同時に、獣耳は後ろに倒れ、少し潰れたような形になっている。


「そう言えば、君は第5階層までしか進めないとか言っていたが、第1階層を突破するには最低どれくらいの実力が必要なんだ?」


「さあね。まさか、ダンジョンに来ることになるなんて思ってもなかったから、そんな事、調べてないわ。ただ……、正直下位職ならレベル60は下らないわよ」


「た……、確かに高難易度だな」


 要はゴブリンロード並みの魔物が雑魚扱いとして、大量に出てくるような場所というわけか。

 行こうって言ったのは俺だけど……、ちょっと骨が折れそうだな。



「ノーム君、左背後ッ!!」



「は…………っ!?」



 唐突に背後から迫ってきた斬撃の気配に、俺は身体を反らせつつ前へ大きく飛び、ギリギリで回避する。

 鋭い切っ先が俺の目前数センチで通過していき、空気を斬り裂く音が骨の髄まで響いた。


 危ねぇ……。もう少しだけ反応が遅れていたら、今頃俺の首から先は綺麗に無くなっていただろう。



『カタカタカタッ!』



 見るとそこには不気味に骨を震わせる骸骨の魔物――スケルトンが腕をだらんとぶら下げて立っていたのだ。


 右手には赤黒く錆びた剣が握られている。

 どうやら今の悍ましいほど正確で隙のない奇襲は、コイツによって放たれたようだ。


「ノーム君、ステータスよっ!」


 態勢を整えつつ、俺は後ろから飛んできた白いカードを人差し指と中指で受け止め、一瞬だけ目を通した。



 種 族:ワイズケルトン

 名 前:なし

 H P:341

 M P:45

 攻撃力:190

 防御力:103

 魔 力:122

 魔耐性:73

 身体力:30

 精神力:30



 ちょっと、スケルトンにしては身体力が高すぎないか……!?

 現世の墓場や沼地に現れるような一般のスケルトンの身体力は、高くとも10いくかいかないか程度と聞く。


 だがこのワイズケルトンの身体力は、精神力と共に30――道理であんなにも素早い奇襲を俺に仕掛けられたのか。



『カタカタッ、カタカタッ』



 ワイズケルトンは笑ったように顎の骨を動かすと、だらんとした手で剣をゆっくりと持ち上げ……、猛然とこちらとの間合いを詰めてきたのだった。


「アリナは飽くまでも援護のみで! ヤバいと思った時だけ手を貸してくれ!」


 恐ろしく正確な剣筋を読み、躱しつつ俺はアリナに指示を送った。


「ええ、分かったわ!」


 アリナは他の敵を警戒しつつ、チャクラムのみを構えて俺の戦闘の行く末を見守り始める。


 一瞬でも気を抜いたら死亡――とてつもない崖っぷち感に、妙なやる気を絞り出し、俺はワイズケルトンと対峙したのだった。

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