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第15話 護る事の決断

「な、何だテメェは!?」


 茶髪の巨漢、バーゼルは驚愕の表情で怒声を発し、突如現れた俺の姿に鋭利な視線を突き刺す。

 一方、スチュワート侯爵も少し口を開けて、目を瞬かせたがその冷酷な面持ちを変えることなく、寧ろ冷たい笑みを浮かべたのだった。


 勢い余って影から飛び出したのは良いが、ここから先のことは全く考えていなかった。

 だが、せめてその意表をついた事に意味を成そうと、俺は彼女を庇うようにアリナの前に立ち、怒りを露わにした。


「貴様……、このお方が誰だか分かってんのか!?」


「それくらい知ってるよ、この地方を治める領主の名前ぐらい……!」


 スチュワート侯ザイザル――アストレア帝国の北西辺境の地を治める領主である。

 表社会では隣国である魔族国家フェスタラートと、機械軍国サベルザードからの侵略を牽制し、帝国の領地を守る防衛の要とまで言われている実力者だ。


 だがその一方で、唯一帝国内で奴隷制を実行する裏社会の奴隷商貴族とも嘯かれていた。特に亜人族には一切の容赦をしないと……。

 それは所詮根も葉もない噂でしかないと今まで思ってきたが、この現場を見てしまった今、それはどうやら真実のようだった。


「黙って聞いてりゃ、妹を殺されたくなければ、奴隷になれだ? こんな少女相手に脅し使って、恥ずかしくねぇのかよ!」


「の……、ノーム……君」


 背後からか弱く震えた声が聞こえた。まるで鈴を鳴り響かせたように。

 肩に触れる手の感触だけでも分かる、アリナがどれだけ怖がってるかぐらいは。


「ほぉ……? 言ってくれんじゃねぇかよ、この世間知らずのクソガキが。どんなつもりだか、知らねぇが、スチュワート侯爵様の交渉の邪魔をするな。じゃねぇと、痛い目見るぞ?」


 そう言って、遠慮なしにバーゼルは腰からサーベルを抜いて、俺の喉元に突きつけた。


「渡さねぇよ、お前らなんかに」


 しかし――俺は動じなかった。ここで俺が殺されたら、彼らがどんな運命を辿るかぐらい理解しているからだ。


 確かに赤い満月(ブラッド・ムーン)の夜、【異端者】は容赦なく殺される。だがそれは本来であれば違法だ。


 過去の慣習からか、その赤い月の下で行われる盗賊やマフィア首謀の殺人、または治安の悪い街での殺戮は、五大国の政府は目をつむっている。

 しかし況してや、普通の日に街で何の罪もない人を殺せば、その罪は重く死罪級だ。


 そしてそれはコイツらも同じだ。

 俺を殺せば、十年前の宣言から【異端者】の死亡に敏感となっている帝国を、刺激することとなる。

 権力者とは言え、世界に数人しかいない職業柄の俺の死を揉み消すのは、非常に難しいだろう……。



 だから、俺を殺しはしないだろう……。



 攻撃くらいはしてくると思うけどね……っ!



「ふん……っ、動じずか。少しは度胸があるみたいだなぁッ!」



 そう言って、バーゼルはサーベルを振りかぶると、容赦なく振り下ろしてきた。


 ――後ろにはアリナがいる、避けるわけにはいかないっ!


 俺は直ぐ様、刀を抜き一歩前へ出ると、サーベルを受け止めた。

 しかし筋力の差は歴然、瞬く間に俺は押し切られそうになり、冷や汗が額から吹き出す。


「ノーム君、やめて……っ! 貴方のHPじゃ、死んじゃうよっ!」


 必死の叫び声が鼓膜を震わせたが、俺は引こうとはしなかった。

 当たり前だ……。無謀かもしれないけど、こんな奴らに彼女を渡すわけには……ッ!



「止めろ、バーゼル。これ以上、騒ぎを起こすな」



 意外にも、彼女の叫び声で血相を少し変えたスチュワート侯爵が、唐突に始まった戦闘を制止した。

 なるほど……、彼女の”死んじゃうよ”の言葉にでも反応したか。


「おい……。君、【異端者】だな?」


 鑑定魔法で俺の職業でも覗いたのか、スチュワート侯爵は威嚇するような冷え切った目つきで、バーゼルの前に進み出た。


「……だったら、どうした?」


「どうもしないよ。ただ、哀れだと思っただけさ。力もないのにその子を守ろうとするとは、身の程知らずも大概にしたほうがいいと思うよ?」


「身の程知らずなのは承知の上だ。アンタがかなりの権力者で、俺は社会の底辺であることぐらいな。でもな、だから許せねぇんだよ。そんな交渉(・・)を、平然と持ち出すアンタがな」


 スチュワート侯爵は何も言い返さず、俺の瞳をジッと見つめた。

 だがその傲然たる態度は、俺の内なる覚悟を見極めているようでもあった。


「ノーム君、もういいよ……。私が奴隷にならないと――」


「――妹さんが焼かれるんだろ? だったら、その子も守ってやればいい。迫害されている身分だが、他の奴隷よりは自由度高いからな【異端者】ってのは……」


 ただし、俺のように抵抗する術があればの話だが……。


「何故止めるのです? こんなクソガキ今すぐにでも――」


「相変わらず、脳筋っぷりだねバーゼル……。【異端者】を正当な理由もなく殺して、無事で済むと思っているのかい?」


「……チッ、そういうことか」


 舌打ちを響かせたバーゼルは、悔しそうにサーベルをしまうと、スチュワート侯爵の背後で静かに事を見守り始めた。

 ……どういう訳か分からないが、戦いだけは避けられたようだ。


「面倒な事になったものだ……。ノーム、といったな。君のその確固たる度胸は認める。だが、私も諦めるわけにはいかない、その子の才能は非常に稀なものだからね」


「……鑑定の極意、だな?」


「その通りだ。その能力には戦力としても、商売にしても、利用価値がある。彼女を渡してくれれば――帝国もより安泰に近づくだろう」


 それは確かに言えているな。

 彼女の能力は――間違いなく、戦闘面ではかなりの力を発揮する。何せ、次に相手がどんなスキルを使ってくるかまで、見通せるのだから。


「けれど……、だからって百歩譲っても、彼女を奴隷にするのは間違ってる! アリナは戦争の道具なんかじゃないんだよ!」


 獣人だからっていいように扱われても、何も問題はない……。

 そんな腐った考え、嫌でも認めない。例え、俺の思考がどんなに幼いと、反社会的だと思われても。



 俺は俺自身の正義を貫き通さないといけない――そうじゃないと、世界を変えることなど不可能だ。



「ふぅ……、その様子だと幾らたどっても平行線だね。折角、妹さんの場所を見つけ出してやったのに」


「り……、リンナは――」


「大丈夫。まだ(・・)手出しはしていないよ? ただ、その【異端者】が君の前で立ちふさがってくる限り、僕も迂闊に手出しできなさそうだけどね」


 肩を竦めたスチュワート侯爵は感情の籠もっていない愛想笑いを浮かべると、俺の姿を見下ろした。

 表情は勿論、その冷淡な瞳を見ても、何を考えているのか、さっぱり分からない。とんでもなく恐ろしいポーカーフェイスだ。


「どうしても守りたいなら……、その護る意志を見せてみろ」


「護る意志だと?」




「そうだ。君に決闘を申し込む。7日後、ギルドの闘技場にて、僕の後ろにいるバーゼルと戦ってみせろ。その試合にもし勝ったのなら、今回の件からは手を引こう」




 7日後といえば、この街で盛大な収穫祭が行われる日だったな。

 そうか、コイツ俺がボコボコにされる姿を大衆の前に晒すつもりなのか……。


 だがもしそれで手を引いてくれるのなら、これ以上の得策はない。

 アイツらは絶対に油断している……、俺が成長できない【異端者】であると見くびっているはずだ。

 ならその隙を突いて、倒せるかもしれない。




「分かった、その決闘引き受ける」




 俺の返答を聞いたスチュワート侯爵は、長い溜め息を付くと静かに頷いた。


「の……、ノーム君!?」


「……言うじゃねぇかよ、クソガキが。どうやら、余程ボコボコにされたいみたいだなぁ」


「黙れ、バーゼル。……その意志、尊重するよ。決闘の手配は僕がしておくから、君はただ7日後の10時にギルドへ来るだけでいい。ただし――もし決闘から逃げたりしたら、その時点で君の後ろにいる彼女の妹の首はないと思っておくといい」


「ああ、分かった」


「……自分の言葉に責任を持つんだな。それじゃ、今日のところは君の威勢に免じて、見逃してあげるよ」


 そう言うと、白い貴族服のジャケットを翻したスチュワート侯爵は俺たちに背を向けて、歩き始めた。

 バーゼルは地面に唾を吐き捨てると、いそいそと侯爵の後ろについていくのだった。



 俺とアリナはそんな二人の大きな背中を、只々見つめることしか出来なかった……。

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