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第14話 貴方はその行為を許せますか?

「まさか、デッドオークだけで80000ペルも稼げるとは、思わなかったな」


「あの時、素材を回収しに取りに帰って正解でしたね!」


 討伐報酬を受け取り、素材換金を終えた俺たちは互いに破顔し合いつつ、ギルドの入り口をくぐった。

 辺りは既に藍色の闇に包まれていて、街はオレンジ色の魔法灯の輝きで照らされている。


 もう慣れてしまったことだが、村だと魔法灯も殆ど普及していなかったから、夜はとても暗かった。

 その中で、今では馬鹿馬鹿しい開墾作業をせっせと日付が変わるまで続けていた日々が、遠い昔のように懐かしく思えた……。


「さて、報酬配分も出来たし、ここでお別れだな」


「はい。……今日は、本当にありがとうございました!」


 アリナは丁寧にお辞儀をした後、優しく一笑した。

 しかしなぜか、俺にはその笑顔がとても悲観に塗れているような気がした。

 激闘の時――デッドオークに突進されかけた時に見せたあの恐怖に染まった表情。それが、今の笑顔とダブって見えたのだった。


 ただでさえ俺の嫌な勘は当たるのに、身体力を上げてから更にその精度が上がってしまった気がする。

 まるで……、回避技術と危険察知を極めたために、未来までも見通してしまっているようだった。


「俺は帰りがけにパンを買って帰るから、方向は逆になるかな……」


「そっか……。何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。これでも銅級三位だし、少しくらい役に立てると思うから!」


「分かった、その時が来たら頼ってやるよ。それじゃあな、アリナ」


「ええ、またどこかで会いましょ!」


 俺は彼女に手を振ると、その妙な違和感を残したまま、閉まりかけているパン屋へと急いで向かう。


 ――俺にはいつでも頼ってとか言っていたが、頼らなきゃいけないのは君の方なんじゃないか?


 鼓動がいつもより強く感じ、時折無性に苦しくなる。

 まるで心臓に、重たい何かが張り付いているようだ……。いや、張り付いているというより後ろから引っ張られている感覚に近いかな。


「何もなきゃいいけど……」


 念の為、探査魔法で感じた彼女の魔力の波長をその身に刻み込み、いつでも彼女を見つけ出せるようにしてから、俺はパン屋に入店するのだった。


 ☆ ☆ ☆


「ちぇっ、結局ソルトパン売り切れかよ……」


 やっぱり村と違って、街はパンの売れる速度が尋常じゃないな。

 この様子だと閉店間際に行っているようじゃ、俺の欲しいパンは手に入らなさそうだ。

 明日は少し早めに仕事を切り上げてから、パン屋に行って一番コストパフォーマンスの良いソルトパンを買うとしよう。


「……眠い」


 俺は大きな欠伸をして目をこすると、最後まで売れ残っていた代用のピザパンの入った袋を肩に担いだ。

 脂っこいっものは、あまり好きじゃないんだけどな……。空腹には代えられないか。




「…………なして」




 ふと何やら苦しそうな声が聞こえた。

 どっかの家で何か、揉め事でもあったのだろうか。声の大きさからして、家の中かあるいはそこらの裏路地から発せられた声だろう。


 夜中に喧嘩とは感心しないな、全く夜ぐらい静かに過ごして欲しいものだ。




「…………はなしてっ」



 ――放して?

 夜に乱闘騒ぎとか、迷惑もいいところじゃないか。

 意識してしまったせいか妙に気になるし……、ちょっとばかし様子でも見に行こうかな。


 そう思って、眠気を振り払いつつも集中力を高めて、探査魔法を発動させたその時――俺の脳裏に閃光が走り抜けた。


 おい、なに呑気なこと言ってんだよ……。

 全然他人事なんかじゃなかった。この魔力の感じ、間違いない。



「アリナ……ッ!」



 理性が命じるよりも速く、俺は彼女がいるであろう路地裏へと駆け込んでいた。

 朝食のピザパンが入った袋を持っていることすら忘れるほど、俺は全身全霊で彼女を探し出そうと奮闘していた。


 声が近づくに連れて、追い詰められた彼女の苦し紛れの声が聞こえてくる。

 恐怖に捕らわれて、今にも泣き出しそうなアリナの表情が、幾度となく脳内に映し出され、全身から汗が吹き出し、焦燥感が心を覆い尽くす。


「どこだ、どこにいる……っ!?」


 彼女の気配が最も強く知覚できるようになった所で、俺は脚を止めた。

 動揺と狼狽で手放しかけていた理性を今一度引き戻すと、俺は建物の影からその現場の様子を伺った。

 もしこれで、彼女とその友達の悪ふざけだったら洒落にならないからな……。


 だがそこにいたのは、彼女の腕を力強く掴んだ、茶色い短髪でかなり強面の巨漢。そして、建物によりかかり、腕を組んだまま冷酷な眼差しを彼女に向けていた貴公子然とした金髪の男だった。


「放してっ、放してよぉ!」


「放すわけがないだろ? 放したら、また逃げ出すんだろ、ああ?」


 低くドスの聞いた声で巨漢は、見下した目で彼女に顔を近づけた。

 涙で汚れた顔が更に強ばるアリナだったが、それを金髪の男が冷然とした態度でその巨漢の動きを制した。


「バーゼル、それ以上彼女を怖がらさないで。取引できなくなるでしょう?」


「も、申し訳ありません。スチュワート侯ザイザル様」




「……フルネーム呼びは控えろと言ったはずだが。まあ、いいでしょう。ともかく、僕が聞きたいのは答えです。君が僕の奴隷になるか……、あるいは君の家族を焼かれるか……」




 ――何だと?

 その侯爵と呼ばれた男から発せられた衝撃の一言に、俺は凍りついてしまった。

 だが次第にその硬直は、腹の底から湧き上がってきた凄まじい怒りによって氷解していく。知らぬうちに爪で血が出てしまうほどに、拳を強く握りしめていた。


「僕の奴隷になれば、貧しい生活から解放してやることを約束しよう。しかし、断ったら――分かってるよね?」


「やめて……、妹だけは――リンナだけは……っ!」


「ハッ……。獣人風情に与えられるはずのない、貴族に仕えられるチャンスを、スチュワート侯爵様が授けてくださったんだ。勿論、オッケーと言ってくれるよなぁ? お嬢ちゃん」




 ――ふざけんな


 何が仕えるチャンスだ……。

 奴隷になれと脅している時点で、死ぬまでこき使う気しかないだろうが……ッ!


 貴族だからって、権力があるからって、そんな事して許されるとでも思ってるのか!?




「ざっけんじゃねぇ!!」




 居ても立ってもいられず、大声を上げた俺はアリナと貴族たちの間に割り込んだのだった。

第2章の前座は整いました。

次回からいよいよ本題の開始となります。

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