第13話 その少女、聖導師につき
「改めて、さっきは助けてくれて、ありがとうね」
瓦礫を取り除き、何とか洞窟から出てきた少女の第一声は、俺への感謝の言葉だった。
夕焼けの光が照らす彼女の眩しい笑顔に、俺は思わず顔を背けて頭を掻いた。心臓が早鐘を打ち、どういう訳が顔から火が出そうだった。
「いや、俺こそ助かったよ。君がいなければ、あのデッドオークに勝てていなかっただろうし」
「……でも、貴方が来なければ、私は間違いなくオークの餌になっていた。本当に死を覚悟してたから、まさか助かるなんて思ってもなかった。本当にありがとう、貴方は私の命の恩人よ」
「は……、ははは。どう致しまして」
俺は深呼吸すると、岩の上に腰を下ろしてクタクタになった身体を休ませた。
デッドオーク討伐と瓦礫の始末、かなりの重労働だったせいか、全身は既に限界を迎えているようだった。
「ちょっと疲れから、俺は一旦休憩するよ……。君はどうする?」
「貴方がそうするなら、私も休もっかな。はぁー、生きてるって最高ね」
少女は俺の隣に腰掛けると、身体を少し反らせて大きく背伸びをした。
それから紅く染まった空を見上げて、沈みそうな夕日をジッと眺めたのだった。
そんなどこか幸せそうな彼女の姿を見ていた時、脳裏に朝の光景が蘇ってくる。
巨漢に突き飛ばされ、散々罵られたのにも関わらず、最後は口をつぐんで何も言い返さなかった。
あの時、やり場のない怒りを瞳に込めていた彼女の表情が、鮮明に頭の中で映し出されたのだった。
「なぁ……、君は何でそんなに優しく接してくれるんだ?」
「えっ?」
「出会った時点から分かってたんだろ? 俺が【異端者】だって。なら何故、嫌悪するどころか、驚きもしなかった。虐げられて当然の存在が目の前にいるというのに……」
少女はうーん、と考える素振りを見せる。しかし、直ぐにその熟考を中断し、ケロッとした笑顔で言い放ったのだった。
「別にそんなの、どうでもいいじゃない」
「は……?」
「別に職業で人の性格が決まるわけでもないでしょ? ならそんなの考えるだけ無駄よ。大事なのは、相手にどんな思いを持って接するか……。現に貴方は私の命を救ってくれた、一緒に戦ってくれた。優しく接せられる理由なんて、それだけで充分じゃないかしら?」
ふと少女は、白い騎士服のようなジャケットからあの白いカードとペンを取り出して、何やら書き始める。
そして「できた」と呟くと、俺にそのカードを両手で手渡してきたのだった。
――――――――――
種 族:獣人族(亜人間)
名 前:アリナ=ギヴァーソン
職 業:聖導師
レベル:52
H P:303/303
M P:612/612
攻撃力:122
防御力:106
魔 力:359
魔耐性:307
身体力:41
精神力:82
《スキル》
省略
《EXスキル》
【聖なる雫】
《奥義スキル》
【鑑定の極意】
――――――――――
「自己紹介が遅くなっちゃったわね……。私、アリナ=ギヴァーソンって言うの、よろしくね。これ……、私だけ貴方のステータスを知っているのも、不平等でしょ?」
名刺でも渡すように、ステータスの書かれたカードを渡された俺は、一瞬その職業と数値に見入ってしまう。
聖導師って、魔術師系統の職業でも上位に位置する職業だったはずだ。
複雑な戦況を把握して戦略を練ったり、怪我人を治癒したりする後方支援職業、それが聖なる力の導き手、聖導師の特徴だ。
ハッキリ言って、ステータスが高い……。魔法のみで戦いを挑めば、あのデッドオークにも勝てたのではないかと思えてしまうくらい強い。
「……もう分かってるかもしれないけど、俺はノーム=アテナムだ。こちらこそ、よろしくな」
「うんうん、よろしくね! それにしても初めて見たわ、レベル20未満でEXスキルを2つも持っている冒険者」
あぁ、そうだった。
既に知られているんだよな、種族からEXスキルまで俺のステータス全部ね。キエラにすら、EXスキルの名前と効果は言っていないというのに……。
とんでもない鑑定力だとは思ったが、それも奥義スキルを見れば納得だ。
特定の技術を極めに極め、限界まで鍛え上げた時に取得するスキル、それが奥義スキルだ。
奥義スキルは唯でさえ極めた技術を更に強化するという、EXスキルと大差ない強力すぎるスキル……。
そんな恐ろしい物をレベル50代で手にしている冒険者など、見たことも聞いたこともないぞ。
それにちゃっかりと【聖なる雫】とかいう、戦闘スタイルを一変させる強力なEXスキルまで、持ってるじゃないかよ。
再使用まで20時間以上かかる単発スキルだが、一度使用すれば自分以外の対象者のHPとMPを全回復した上に、HPとMPを除いた全ステータスにバフを掛ける、正真正銘のぶっ壊れスキルだ。
難点があるとすれば、対象に自分を設定できないところぐらいだろうか……。
「俺としては、君のスキルの方が只者じゃないと思うんだけど……」
「そうかな? 貴方の【防御貫通】と【多段攻撃】の方が恐ろしいと思うけど……、だってデッドオークのHPをあっという間に削りきっちゃったし。奇妙な減り方をしているのも特徴ね」
「はは……、だろうな。0.1秒に一回、5ダメージずつ与えているんだから」
普通なら、攻撃した時点で大きくHPが減るところ、俺のは徐々に減少していく感じだ。
リアルタイムで敵のHPを見てみたら、それこそ彼女の言う通り、ある意味気持ち悪いだろうな……。
「それと【HP犠牲強化】も通常のスキルにしては、かなり強力ね……。特にHP5の貴方の場合、恩恵がかなり大きいもの」
「え……っ、そんなに凄いのか?」
俺はステータスを目の前に表示させ、軽く確認してみる。
――――1/2――――
種 族:人間
名 前:ノーム=アテナム
職 業:異端者
レベル:17
H P:5/5
M P:5000/5000
攻撃力:5
防御力:81(1)
魔 力:5
魔耐性:1
身体力:93
精神力:1
《ステータスポイント》
0Pt
《スキル》
【HP犠牲強化】
【魔法習得Ⅰ】
―――――――――――
確かに、防御力が気持ち悪いほど増加している……。
あんなにSPを注ぎ込んだ身体力と、大差ないじゃないかよ!
「【HP犠牲強化】――最大HPが現在のレベルの5倍より少なかった場合、それら2つの値の差だけ、防御力、魔耐性、身体力、精神力の4つの内、どれかの値を上昇させるみたい。今は防御力が対象になっているけどね」
「えっと、じゃあ俺の場合は5×17ー5で80。80もステータスを上昇させられるのか!?」
「ええ、それに最大HPが変わらなければ……、レベルが上がる毎に恩恵も強化されていくわよ」
強いな……、俺のような頭のおかしいステータスの振り分け方をしていればの話だけど。
それともう一つ【魔法習得Ⅰ】というスキルも、俺にとってはありがたい。
きっと戦闘中にスプリントダッシュという、数秒間だけ身体の速度を倍増させる魔法が成功したのも、このスキルのおかげだ。
スキルごとに設定されているレベル、スキルレベルはまだ『Ⅰ』だが、スキルを何度も発動させていけば、きっとスキルレベルも上がって、更に複雑な魔法も習得できるようになるはずだ。
これなら……、俺もわざわざ物理攻撃に徹する必要はない。
ようやく、あまりにあまったMPの使い道が、見出されたといったところか。
「それにしても、見たことないスキルばかり……。あっ、そうそう、【異端者】ってレベル上がってもステータスが成長しないことで有名だけど――」
「――それはちょっと伏せさせてもらうぞ」
俺は人差し指を口に当てて、ニヤリを笑ってみせた。
「えー、なんでよ! 教えてくれたって、いいじゃない!」
「お前は俺のことを、知りすぎなんだよ。少しくらい分からないことがあっても、いいんじゃないか?」
「むぅーっ、ノーム君のけちんぼッ」
「ふっ。まぁ、いずれ知ることになるだろうよ……。俺が有名になればな」
最弱職だって成長することを世間に知らしめれば、きっとこの世界は変わるはずだ。
あの冷え切った目で俺たちを見る奴らも、きっといなくなる。そして例え【異端者】でも、きっと皆と同じ平和な生活を送れるようになるはずなんだ……。
だから……、そのためにも。もっと強くならなくちゃな。
「よしっ、そろそろ休憩切り上げて帰るか。アリナはどうする?」
「私も帰ろっかな……、本当はまだ幾つか採取依頼残ってるけど、今日はなんか疲れちゃった」
「分かった。じゃ、そこまで一緒に行くか」
「うん、いいわよ」
こうして俺たちは夕焼けに背を向けて、ギルドへと向かったのだった。
「あ――ッ! デッドオークの素材回収するの忘れてたわ!」
「そう言えば……っ! 今すぐに戻るぞ、あの金の山だけは何としても持ち帰るんだ!」
どうやら……、帰るのはもう少し後になりそうだ。
HP犠牲強化の対象を防御力、魔耐性、身体力、精神力に変更しました。