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第10話 最悪な偶然

 のどかな湿原は、心地よい静けさに包まれていた。

 自然に包まれた森の中を歩くのとはまた違った癒やしに、身体をリラックスさせつつも、俺は上級薬草を探す仕事を続ける。


「後1本でとりあえず、ノルマは達成なんだけどな……」


 湖畔を歩きつつ、俺は目を凝らして辺りを見回した。

 すると、蓮の花に紛れて、黄色い花を咲かせた1本の上級薬草が、岸辺に生えているのを見つけたのだった。


「おっ、あれだな。これで10本目発見だ!」


 気持ちの高ぶり故に、俺は足元も見ずに駆け出した。

 そしてそれが災いとなり、地面から生えていたツタに足を引っ掛け、物凄い派手に転んでしまったのだった。


 傍から見れば、これ以上にないほどダサい光景だろう。しかし不幸中の幸いか、この恥ずかしい瞬間を見た者は誰もいなかった。


「いってぇ……。何であんな所にツタがあるんだよ」


 恨み言を言いつつも、俺はいつもの癖からかステータスを起動させてしまった。

 転んだくらいでHPが減るわけないのにな。俺は”5/5”の文字列を見て安堵の溜め息をついたのだった。


 そもそもHPとは、身体の状態や体力の事を表しているのではない。

 魂の力、生命力――それがHPの本当の意味なのである。

 だから、HPが変動するのは魔物や人間に攻撃されて、生命力が削られる時だけなのである。


 しかし、例外的にHPを削らない攻撃がある。

 いや正確には、そもそもその行為自体が攻撃ではない。


 例えば人間が馴れ合いで友達の肩を叩いたとしよう、それは攻撃に入るのか?

 答えは否だ。何故なら、それは人間が友達を敵とみなしていないから、つまり職業の力が発動していない状態にあるからだ。


 この時、人間がいくら攻撃しようとHPを削ることはできない。

 ただし相手に対して、明確な殺意がある、もしくは相手を倒すという揺るぎない意志があった場合は、職業の力が発動し、HPこと生命力を減らすのだ。


 基本的に生命力の値であるHPが0になれば、人間は死ぬ。言わば生命的死亡だ。

 しかし、それ以外にも死ぬ事例がある――それは、生命力が残っていても、身体が耐えられない状態にある時だ。


 要するにHPが残っていても、心臓が止まったり、脳が死んでしまったりした場合、人間は死ぬ。

 これを身体的死亡というのだ。


「いつ殺意を向けられて、攻撃されるか分かったもんじゃないから……。いつもステータス見ちゃうよな」


 知らぬ間にHPが1になっていたりしたら、大変だし……。

 まぁ、1まで減っていれば全身に激痛が走るだろうし、気づかないわけがないんだけどね。


「よし……、後は適当にそこら辺の魔物でも狩って、素材稼ぎでもしようか」


 ぶつけた膝を優しくさすって、立ち上がると俺は早速、探査魔法を発動させて、辺りの探索を始める。

 探査魔法は魔法の中でも唯一、身体力に若干依存する魔法なのである。

 身体能力が向上することで感覚も鋭くなり、その感覚を更に魔法で強化することで、その分遠くまで探査できるようになっているのだ。



 しかし――そこで俺は妙な違和感を感じ取った。

 ……魔力が揺れ動いている。曖昧ではあるが、それが魔物と何かであることぐらいは分かった。


 冒険者が魔物と戦っているのかな?

 その程度の感覚だ。他の冒険者がこの湿原に来て、魔物と出くわして戦う、別に珍しいことではない。


 けれど俺が感じた違和感はそれではなかった。

 その魔力の動きが明らかに妙だった。

 本当ならもっと激しく動いていてもおかしくないのに何故か、ブルブルと震えている。

 色々な魔力が合わさって、そう動いているように感じるだけかもしれないけど――



「色々な魔力が合わさってる……?」



 つまり、そこには複数の人間、もしくは魔物が集まっているということだ。

 いや、この湿原程度の場所で複数の人間が合わさって行動しているのも稀だ。だとしても、魔力量が完全に見合っていない……。



 やっぱり、嫌な予感がする。



 俺はバッグを背負い込むと、急いでその気配がする方へと向かったのだった。

 勿論、ツタに引っ掛かって転ばないように足元を注視しながら……。



 ☆ ☆ ☆



「この辺りだと思うんだけどな……」


 魔力の集まりを追って、俺はとある丘の上に辿り着いていた。

 あの魔力は震えるのを止めた後、間違いなくこの丘に向かって動いていき、そして静止した。だからこの近くにいるはずなんだが……。


 探査魔法の感知だけで掴みきれないなら、後は五感に託すしかない。

 俺は辺りを見回した後、目を閉じると耳を澄まして、近くの音と匂いを確かめた。


 仄かだけど『小鬼の森』と同じ匂いがする。

 そして、近くから呻き声というか、何かの野太い鳴き声が聞こえてきた。


 ゴブリンはこの近くに、生息していないよな。

 湿原付近に生息している魔物で、この僅かな情報に当てはまるのは――



「そうか、オークか!」



 なるほど、オークは群れで行動するのが多いっていうし、この辺りにオークの住処があっても何ら問題はないよな。


 …………。


 ………………。


 じゃあ、アイツらは誰と戦ってここに戻ってきたんだ?


 基本的にオークは女性を襲う習性が多いと言われている。

 何故なら、オークは非常に性欲が強い魔物とされているからだ。


 加えて、オークの総数のうち、メスのオークはいるにはいるが一割にも満たない。

 よって、人間の女性やゴブリンのメスを、繁殖媒介として利用することが多いらしい。

 そして利用した後は、無残に殺して焼いて食べてしまうという……。



 ゴブリンロードの経験を生かして、自ら危険な争いへと首を突っ込むのは止めることにした。

 しかし――もし誰かが魔物に捕らえられているとしたら、それは別の話だ。

 流石に目の前に殺されそうな人間がいるのに、見捨てるなんて残酷なことはできない。



 それが例え、【異端者】を差別するような人間であってもだ……。



 俺は敵に気付かれないように、出来だけそーっと丘を降りていき、近くに寝床がないかを確認する。

 すると案の定――そこには洞窟の中で焚き火を囲って、座っているオーク達の群れがいた。


 オーク5体と、普通の個体より図体がデカいオークの強化亜種、デッドオークが1体。



 いや……、デッドオークがいるなんて聞いてないぞ。

 アイツ、ゴブリンロードとほぼ同じくらいの強さを誇る魔物じゃないかよ。


 焦燥感に駆り立てられつつも、俺はそのオークの近くに捕らわれた奴がいないかを確認する。

 いなければ……、こんな場所はいち早くおさらばして、ギルドに報告だ。



 けれど俺の予想通り――



 デッドオークの横には、一人の少女が手足を縛られ、転がっていた。



 しかも、その少女は銀髪かつ碧眼。おまけに頭にはあのチャームポイントである獣耳、彼女の履いているスカートからは狼種と思われる尻尾が出ていた。



 なに捕まってんだアイツ……。

 よりにもよってお前かよ、と突っ込んでしまいたいほどの偶然だった。


 だったら、尚更見捨てるわけには行かねぇじゃないかよ!


 俺は名刀イザラギを抜くと、隠れていた草むらから飛び出したのだった。

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