「61!」
「トーマス殿下、何故皆んなを騙すような形で動いていたんですか」
「……別に騙してないよ、ただ、話しても無駄だと思っただけで」
殿下は私の淹れた紅茶を飲み終えると席を立ち上がった。
「紅茶はカップなどを温めてから淹れるんだ。淹れた紅茶が冷めてしまうからね。それと、お湯は、なるべく沸騰直後がいい」
魔石で作られたポットを温める道具を使って、自らの手で紅茶を淹れ始めた殿下に、マリーが慌てて立ち上がって側に寄った。
「トーマス殿下、私が淹れますから」
「いや、紅茶は美味しい物を飲みたいから私が淹れるよ。座って待っててくれ」
殿下はその場を譲る事なく、お湯が沸くのを待つようだった。遠回しに私の紅茶が美味しくなかったと言われた気がしたが大目に見よう。
「それで……繰り返す世界と転生について知っていると伝えたが、何が知りたかったのかな」
「殿下は乙女ゲームを作成した、高林俊哉という人物だった、というのは良かったでしょうか」
「まぁ……そうだね」
「…………にごしますね」
「いや……作成秘話とやらを取られている以上、嘘は付かないよ。そもそもリテーリアはほとんど分かった上で私に聞いているのだろう」
紅茶を淹れ終えた殿下が席に戻ってくる。
とてもよい香りが周りに漂い、それだけで淹れ方が全く違うことがわかった。
私は殿下が紅茶で対抗してくるのを煙という形で浴びながら自分の意見を述べ始める。
「ええ、でも私は殿下と、高林俊哉……様の意見を聞きたいのです」
「はは……その名前に様付けは、どこぞやの高級レストランを思い出すな」
「……?」
「サラサも、分かるだろ?」
「ええ……分かるわ」
サラサ様に意見を聞き終えるとトーマス殿下は改めて私を見つめ、そして私が聞きたかった答えを答え始めた。
「とりあえず、なんで私が……こんな事をしているのか、だろうね」
「はい」
「……7人の好感度を100%にすると、私はクリア報酬が貰えることになっている」
「7?」
「そうだよ。先程キリトのイベントを終えてきたから、あの2人の好感度もクリアしているはずだ」
「…………」
「 あと1人なんだ……。それが達成できたら。そうしたら香織に会える」
「それは、」
「そう、前の世界での彼女の名前だ、私は、彼女に会うためにクリアを目指してきた」
高林俊哉には、とても愛している女性がいた。
それは、人生の全てを彼女に捧げていると言ってもおかしくない位の溺愛っぷりだったらしい。
そして、大人気になったあの乙女ゲームも、初めは趣味で作り始めたプリンセスを救うRPGのゲームだった。
勇者を自分にして、プリンセスを彼女にして。
でもそうすると彼女の出てくる幕がとても少ない。性格も分からない。しかし、彼女を戦わせて危険な目に合わせることはできない。
だからその時に流行り始めた、乙女ゲームというジャンルを選んであのゲームを作成したらしい。
初めは趣味のフリーゲームとして出していたが、とても人気となった為、小さい会社を立ち上げて販売を始めた。
「香織はね、忙しくなってしまった私に文句も言わず、ずっと結婚を待ってくれていたんだ」
「…………」
「だから、あの日、プロポーズをしようとしていた日に、戻ることができれば一番良いと願った。でも、それはできないと言われてしまった」
「プロポーズをしようとした?」
「…………仕事が長引いて少し慌てていてね。いつもなら注意していたのに、車に……こちらで言う馬車のような物に引かれてしまったんだよ」
「え、」
「相手の不注意だったんだ。本当は走ってはいけない時に走ってきて、それに私は気がつかなかった」
そう言うと殿下は目を伏せて少しだけ口を閉じた。
すぐに死ぬ事は無かった高林俊哉だが、意識だけで病院のベッドの上で目を覚まさない自分を見つめていたらしい。
そうすると側に死神がやってきてこう言う。
『このまま植物状態か、ある世界の手伝いを任されて香織とやらとまた再会できるチャンスを得るか、どっちがいい』
彼は結局チャンスを得る機会を選んだ。
香織と再会できるかもしれない未来がいい。
この手でもう二度と触れることが出来ない世界は耐えられない。
こうして、この繰り返している世界にやってきた。
始めに説明を受けた時にはもう、この世界での生活が始まっていたらしい。
説明とは_この世界が残る条件がある。それは、この元となったゲームの登場人物たちの好感度を全体で90%にするか、7人の人物の好感度を100%にすること。
そうならないと、この世界は、この世界としての機能を果たさないものとみなされて消滅する。
それは魂ごと消されてしまうらしかった。
つまり、成功させないと自分ごと消える。
準備期間は繰り返す世界の2回分。
今まで世界を作り出す神たちを待たせすぎたため、その回数しか出来ないと言われたらしい。
「世界を作り出す神って……なんですか」
「さあ、それは私にもよく分からない。でもとりあえず2回世界を過ごして、どう歩んだら良いのか掴めばいいと言うことだけ理解した」
「それで、何かしたのですか?」
「ほら、今サラサの手元にある、それらの本を何冊か作ってとりあえず本屋に置いたんだ、そして、エリサだっけ?彼女に教えた、リテーリアにうまく流れるようにね」
「……その時殿下っておいくつでした」
「いや、私はその時は殿下ではなかった。高林俊哉としてこの世界にいたんだ、なるべく干渉しないように生活するのはなかなか大変だったよ」
「歴史の本は?」
「ああ、あれは初めからあった。ゲームを作った時にどこかに自分の名前を入れたくて作ったんだ、多分ゲームをやり込んだ人は気がついたと思う」
サラサ様を見るとなにやら不満そうな顔をして殿下を見ていた。
きっと彼女は気がつかなかったんだろう。
でもだから、歴史の教科書の筆者は読める文字で書いてあったのか。
「そのあとは、そう……トーマスとして生まれ、サラサや、ルータス達を巻き込みながら、全体の好感度を高めるための行動をしたんだ。リテーリア達の考えている通りにね」
「サラサ様は登場人物ではないのではと……思っていたのですが」
「そこは良く分からなかったんだが、重要人物だったからという枠組みらしいよ」
「曖昧すぎでは……」
「それは……私に言わないでくれ」
苦笑いをしながら殿下は、私に伝えてくる。
目的は、わかった。
「それで」
「ん?」
「姉様の事はどうするつもりだったのですか」
「…………アネモアは」
「姉様は?」
「アネモアは……香織なんだ」
「…………」
「だから、……大切な、んだよ……」
そこまで言うと彼は、手で顔を覆って俯いてしまった。
ああ、なんて。
なんてイライラさせるんだ。
「…………」
「…………」
「あーもー。殿下はなんなんです」
「え」
「なんでこんなに簡単に私に話したんです」
「それは、君が作成秘話なんかを取り出したからだろう」
「そんなの後付けでしかありませんよ、殿下が私に話そうとした時はもう少しだけ早かったはずです」
「………この部屋に来た時か?」
「いいえ、違います。私が香織様の事を知ってるかもしれないと思った時じゃないんですか」
「…………え?」
「私があかり様のこと、どこで知ったと思います?」
「そうだ……なんであかりちゃんを」
「あかりさ……あかりちゃんは、」
「…………」
「こほん。あかりちゃんは、姉様の寝言で聞きました」
「アネモアの?」
「そうですよ」
私が頷くと殿下はガバッと顔を上げてこちらを向く。
今私を見ているこの人物は、初めて目に光が灯ったような顔をしていた。
「今……アネモアは?」
「裏庭に、居るはずですよ」
「そう。ねぇ、リテーリア」
「なんです」
「私のこと、嫌いだろう」
「……さあ、そんなの知りません」
「ははっ、私は君のこと、とても気に入ってる」
「………………それは、どうも」
お読みいただきありがとうございます。
これで殿下も、自らでイベントへ向かった訳なのです。




